File17:相容れないモノ

「――ここだね」


 ソフィアとシィは合流を済ませ、シャロームが暮らしていると思しき施設の入り口付近に到着していた。先日研究所のシステムに潜入された際、逆探知を試しておおよその場所は突き止めていたので到達までの時間はそこまでかかっていない。


「皆さん、大丈夫でしょうか……」


 機械兵士による『侵略』を心配するシィの言葉。だが、最初に襲われたネズミ獣人は非力であったが、他の種族は一定以上の戦闘能力を持っている。


「みんな奥の手ありそうだし、信じよう。――それよりも、今はシャロームを止めないと。このまま彼女が存在していたら、敵戦力の追加もありうるからね」


「そうですね……はい。行きましょう」


 施設の入り口とはいっても、地上部分には巨大なマンホールのような蓋があるだけだ。旧人類の遺跡は基本的に地下にある。二人が入口を調べようとさらに近付くと、蓋がせりあがり、地下に降りるためのエレベーターが現れた。


「ちゃんと招待してくれるんだね。じゃあお言葉に甘えようか」


 二人が乗り込むと、エレベーターは地下深くまで沈んでゆく。扉の先に広がっていたのは、庭園だった。イングリッシュガーデンを彷彿とさせる、様々な花が咲く美しい庭。その中心に、真っ白なテーブルと紅茶が用意され、シャロームが笑みを浮かべ、椅子に座っている。


「ソフィア様シィ様ごきげんよう。よろしければご一緒に、お茶を召し上がりませんこと?」


 長いスカートを両手で摘み、うやうやしく挨拶をするシャローム。余談だが、彼女もソフィアたちと同様、腕や脚はない。機械人形の性能を考えると特に必要のないパーツだからだ。


「……そうだね。それくらいは、いいかな」


「はい。聞いておきたいことも、ありますし」


 ソフィアとシィはテーブルと揃いの真っ白な椅子に腰掛ける。ちなみに、彼女たちは一応摂取した食物をエネルギーに変換する機構を備えている。ただ、残存物の処理を考えるとあまりエネルギー効率が良くないので、基本的には食事や飲料は取らない。


「お二人ともごきげんよう。わざわざいらしてくれるなんて、考えが変わったのかしら? わたくしと同じように、世界の支配を進めてくださる気になりましたか?」


「そんなわけない。あなたのやったことは許せないし、その考えは全く同意できない。――でも、私たちが目指しているところは一緒だし、そのために協力することはできないかな、っていう最終確認がしたいの。私たちは、機械人形だけど、意思を持っている。あなたにも、好きなこと、やりたいことはあるでしょう?」


 ソフィアの言葉を聞きながら、シャロームはにっこりと笑う。


「そうですわね。わたくしは、お花が好き、紅茶が好き、様々な生き物も、大好き。でも――それすらも、設定された趣味嗜好ではないのかしら? わたくしたちが、自分の意志だと思っているのは、誰かに決められたことじゃなくて? だって――」


 そこで、シャロームは言葉を切った。


「だって、何?」


「いえ。それだけですわ。わたくしやあなた方の目指すものも、願いも、すべては創造主たる旧人類の誰かの意志を継がされているに過ぎない。――だからこそ、わたくしたちは相容れない。わたくしは今いる生き物たちを支配するため、まず武力でそれぞれの種族を制圧し、支配下に置く。その上で管理を行い、滅びのない世界を構築する」


 シャロームの言葉に、ソフィアは唇を噛む。……実際、その方が楽なのは間違いない。それぞれのルールを、話し合い、お互い納得の上で決めるよりも、勝者がルールとして敷いてしまったほうが、スムーズだしうまくいくだろう。だが、少なくとも今はそれができる状況ではない。


「でも、あなたがやろうとした侵略は、失敗しています。機械兵士の状況はご存じですか? 私たちが見た限りでも、いくつかの種族は機械兵士を撃退していました」


 シィが告げると、シャロームは少し驚いたように目を見開いた。


「そうなんですのね。……あなた方の妨害電波で、現場の状況がわかりませんでしたの。まぁでも、構いませんわ。今回は戦力の調査段階ですから、状況に合わせた様々な兵器を導入すれば良いでしょう。それに……が失敗したわけではないんですよね?」


 そう。最初に侵略を受けたネズミ型の獣人たち。彼らの家は銃により破壊され、現場には血痕が残されれていた。どういう結果になったかわかってはいないが、無事、というわけではないのだろう。


「これで、諦めてくれるかと思ったんだけど」


「まだ始まったばかりですわ。戦闘の状況もわかりませんが、こちらの機械兵士や兵器の生産は素材さえあればいくらでもできる。実際に今、各地の資源調査を行っていますから、枯渇するまでこちらの戦力は投入可能。物量差でわたくしたちの勝利は見えています」


 確かに、まだ未開拓のこの大陸なら、あらゆる資源を見つけることが可能だろう。それを用いれば、それこそ半永久的に兵士や兵器の導入は可能だ。そうなれば、生き物である各種族たちが疲弊するのは目に見えている。


「であれば、やはり私たちはあなたを止めるしかありませんね」


 シィは呟き、目を閉じると飲み終わった紅茶をテーブルに置いた。


「ありがとう、紅茶、美味しかったよ。――じゃあ、これからあなたを倒すね」


「初めての味でした。ご馳走、感謝します」


 ソフィアとシィの言葉に微笑むと、シャロームはゆっくりと、優雅なしぐさで立ち上がり、一礼した。


「お粗末様でした。――では、戦いましょう。この庭を傷つけることは避けたいので、下に広場を用意していますわ」


 シャロームに促されるまま、ソフィアとシィはさらに下へと降りる。エレベーターへ向かう途中、美しい庭を振り返った。――こんな庭を作れる人が、なんであんな考えを持たなくてはならないのだろうと、少しだけ悲しく思いながら。


◆◇◆◇◆◇


「二対一でいいの?」


 ドーム状の野球施設の数倍はある空間で、ソフィアはシャロームに呼びかける。


「ええ。構いません。その代わり、ここはわたくしの家ですから好きなように武装や兵器を使わせていただきます。――敵の住処に、攻め込んできたのだから当然ですわよね? RPGでも、敵の城には様々な魔物が住んでいるものですし」


 シャロームは言葉を紡ぎ終わると同時、右手の指を鳴らした。その響きに合わせるように、一体の機械兵士が現れる。真っ赤に塗装され、角の生えたその機体は、巨大なスラスターが装備され、持っている武装もデザインも一般の機械兵士とは明らかに違っていた。


「――指揮官機、ですか」


「そうですね。ですが、この戦闘に置いてはエース機として動いてもらいますわ。ぞろぞろ一般の機械兵士を連れたところで、あなた達相手には役に立たなそうですもの」


「先輩、この赤いのは、私が」


 シィが宣言する。機械兵士と侮れない。軽く解析をしてみた感じ、性能的にはソフィアやシィと遜色なさそうだ。むしろ感情回路など余計な機能がない分、戦闘脳力としては上かもしれない。


「わかった。気を付けてね」


 シャロームも右手に鞭のような武装を持っている。……なんか外見に似あい過ぎてちょっと羨ましいな、とソフィアは思った。


「そちらは、準備よろしいかしら?」


 ソフィアとシィは顔を見合わせ、頷いた。ここへ移動してくるまででエネルギーは消費しているが、戦闘は行っていないので特に問題はない。武装は十分とは言えないが、戦闘に必要な最低限は準備してある。


「――では、戦いを始めましょう。お互いの、願いを叶えるために」


◇◆◇◆◇◆◇◆


レポートFile17:機械兵士(指揮官機)


 他の個体と区別するため、特別な色に塗装されていることが多い。また、リアルタイムに兵隊と情報連携するため、通信精度強化のための角を付けている。通常の機械兵士と比較すると全体的にスペックが高く、特に人工知能については、機械人形のものと遜色ないスペックとなっている。感情機能などは基本的に搭載しておらず、戦闘面、戦術面等の処理能力に特化しているため、その点においては機械人形を上回る性能を発揮できる。


 シャロームが連れているのは赤く塗装された機体で、巨大なスラスターを背面に装備しており、高速機動が可能。また、いくつもの武装を保持しており、状況に合わせてライフル、マシンガン、バズーカを使い分ける。近接戦闘用のビーム剣や盾も持っており、各距離に対応可能。指揮官としても優秀で、機械兵士に一括で指示を出すだけでなく、状況によっては完全に『操作』することもできる。


 推しポイント:普通の機械兵士より三倍速いらしい

 


 

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