File14:呪う人形

 今からはるか昔、人類は絶滅した。


 領土を、資源を、技術を奪い合い、お互いを傷つけあった末、星さえ滅ぼしかねない愚行を繰り返し――星からの罰を受けた。


 『神の一撃』と呼ばれる星の落下は、大地に大穴をあけ、地表を生存不可能な環境へと変貌させた。人類は所有する知識や技術を活用し各所で細々と生き延びた。――だが、もう人類という種が長くないことは誰もが理解していた。


 滅びに向かう日々の中、とある人々はこう願った。


『私たちの後継には、同じ目に遭ってほしくない』


『争いのない、共に手を取り合って暮らす世界を描いてほしい』


 その願いを、未来にのこした機械人形たちに託し、彼らは滅びへと向かっていった。


 託された人形の末裔は今、遥かな時を経て、あらゆる種族が共に生きる道を探している。


 ――だが、それは滅びゆく人類の一端であり。


 刻一刻と迫るオワリの中、絶望と恐怖と恨みを抱き続けたものもいた。


『いやだ』『死にたくない』『なぜ我々がこんな目に』『失敗したのは上の世代なのに』『どうして』『どうして』『どうして』


『――私たちの後継がもしいるのなら、同じ失敗は、繰り返さない』


『争う余地などない、完璧な統治を』


『私たちの代わりに、お前らが世界を――支配せよ』


 そんな『呪い』を込められた、機械人形たちがいた。


 知的生命体の誕生をトリガーに、行動を始めた彼らは――真逆の願いを込められた機械人形たちの存在を知る。


 ――あぁ、なんて愚かな。


 同じ種族でさえ、争い、殺し合い、星を滅ぼしかけたのだ。


 ましてこんな多種族が共存する世界。星を守るためにはルールを敷く必要がある。


『私たちが、世界を支配する』


 遥か昔に掛けられた呪いは、今発動した。


 ――さぁ、世界征服を、始めよう。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 多種族合同パーティの開催から早数カ月、ソフィアとシィは国を興すための準備を進めながら、各種族との交流を深めつつ、新たな知的生命体の発見を行っていた。


「いやー、ネズミ型の獣人、かわいかったなぁ、ちっちゃかったし」


 モニターに撮影した画像を投影しつつ、レポート用の資料をまとめながらソフィアは言う。


「同じ獣人でも獅子型とは全然違いましたね。……アレ、完全に捕食者と獲物の関係性だと思うんですが、共存や交流って可能なんですかね……」


 先ほど会って来たネズミ型獣人は、遥か西にある草原で集落を作り暮らしていた。実はこの草原、獅子型獣人が暮らしている場所に近く、遭遇の可能性が十分にあった。もしかしたら草原自体に知的生命体が育ちうる環境があるのかもしれない。要調査だ。  


「その辺は私たちがうまくやらないとダメだね……実際、そういう関係性の種族って結構ありうると思うんだ。そもそもドラゴンからしたらみんなエサみたいなもんだろうし」


「難しいですね。……旧人類史においては、人間が頂点に立ち、あらゆる動物は消費される対象。ゆえに人間目線のルールだけ存在すれば良かったのですが」


 二人がそんなことを話していると――モニターが突如暗転した。


「えっ?」


 驚きの声を上げるソフィア。その直後。


『――愚かな機械人形の皆様ごきげんよう。わたくしはシャロームと申します』


 モニターに映し出されたのは、紫色の髪を縦ロールにした、絵にかいたような悪のご令嬢、という風体の女性。ぱっと見は人間のように見えるが――おそらく同族だと、ソフィアは瞬時に理解する。


「……どうも。私はソフィア。いきなり私の癒しタイムを邪魔したシャロームさん? 何かご用?」


「いきなり画面乗っ取りなんて、下品じゃないですか? あ、シィです。よろしく」


 文句を言いつつもきちんと名乗られたので名乗り返す二人。コミュニケーションの基本プログラムに含まれているのだ。


『あーらごめんなさい。セキュリティガバガバのネットワークがあったから、てっきり入ってよいものかと思いましたの。でも、うかつですわね。エドのナガヤみたいにオープンな空間を目指してらっしゃるのかしら?』


「シィちゃん。落ち着いて。挑発」


 明らかにピキピキしているシィをなだめるソフィア。そういえばレポートフォルダに変な文書が置かれてたことがあった。あの頃から侵入されていたってことか。


「で、要件を聞いてるんだけど? 私たちとお話がしたかったの? ならお茶会でも開きましょうか?」


 努めて冷静に、ソフィアは会話を続ける。どうも、まともに取り合ってはいけない手合いのように思えたのだ。


『いえいえ、それならわたくしがお二人をご招待させていただく方が良いですわね。こちらの研究所、ちょっとみすぼらしいんですもの。ほほほ。……まぁ、冗談はこのくらいにしましょう。単刀直入に申し上げると――わたくし、この大陸を、統一したいと思っておりますの』


 シャロームの言葉を聞き、ソフィアとシィは顔を見合わせた。


「……統一? 何だ、私たちと一緒じゃん。要はみんなで仲良くしようねーってことでしょ?」


 目的が一緒ならば協力し合うこともできる。会話する限りいけ好かない印象ではあるが、それこそお茶会でも開けばわかりあえるかもしれない。同じ旧時代の機械人形なわけだし。


『あらあら。ごめんなさい。わたくしの言葉が伝わりづらかったようですわね。統一。つまり、支配、と言い換えても良いですわ。要するに、この大陸に存在するあらゆる知的生命体を、わたくしの管理下に、支配下に、傘下に、置かせていただくと、そういうことです』


 笑みを浮かべながら、説明するシャローム。ソフィアは一瞬意味を測りかねた。そのくらい、衝撃的だったのだ。


「――はぁ? あんた何言ってんのそれ、それは、旧時代の人たちがやめようとしたことでしょ!?」


「人たち、と括らないでいただけますか? あなたに組み込まれた命令はそうなのでしょうが、わたくしには『世界を支配せよ』と伝えられています」


「……私たちと、伝えられていることが、違う? それどころか、真逆じゃないですか」


 シィの呟きに、ソフィアは少し冷静になる。そうか……当たり前だけど、旧人類も、別に一つの考えで統一されていたわけじゃ、ない、か。勝手に総意だと思い込んでいた。


『あなた達の作り手は、失敗を悔やみ、友愛と、調和を願った。わたくし達の作り手は、失敗を呪い、統治と支配を願った。受け取り方と手段の違い、ですわね』


 呪い、なんて。未来に一番、持ち越してはいけないものなのに。


「――この世界が再び滅ぶことを避けたいという目的は一緒でしょう? 協力の余地はないの?」


『わたくしは、機械人形です。そしてあなたも。命令を遂行することが、使命であり、本能であり――存在理由、でしょう? そこに解釈の余地がないことは、あなたもわかっているでしょうに。だって、わたくしたちは……生き物では、人では、ないんですから』


 微笑みながらシャロームに告げられた言葉がソフィアに突き刺さる。――そうだ、彼女たちは生命体ではない。人形だ。人を模した、機械なのだ。


『わたくしたちは相容れない、ということは理解しましたね。では、ご用件をお伝えします。これはソフィアさまとシィさまに対する宣戦布告。会話しても平行線だということは既に分かっていたので、わたくしの部下はもう動いています。具体的には――支配を目的とした、侵略を開始しております」


「――侵略?」


『ええ。わたくしの住居は、あなた方のお家からずっと西にあるのですけれど……近くには草原がございますね。様々な種族が暮らしておられます。例えば、先ほどの画像にあった、ネズミさま。ええ。とてもかわいらしいですわね。――彼らは、果たして支配を受け入れてくださるかしら? わたくしの部下が、その旨をお話した時、どう反応されるかしら? それ次第では――武力行使も、せざるを得ないかもしれませんね?』


「シィちゃん、行くよ!」


 シャロームの言葉を聞いた瞬間、ソフィアは画面を無視して立ち上がると、倉庫へ向かいスラスターを装着した。残念ながら今は歩いて向かう時間はない。他にいくつかの武装をシィと共に装着し、全速飛行で草原へと向かう。――間に合え。間に合え。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ネズミの獣人たちが暮らしていたのは、草原にある小さな森の樹上。草木を用いて作られた、小さな家々がたくさんあった。ネズミ人達は、立ち上がっても一メートル程度で小柄なので、地上の大きな動物から身を守るため、樹上に家を構えて暮らしていたのだ。


 ――そこには、誰もいなかった。家に残る無数の穴、地面に散乱している、家の破片。おそらく銃で撃たれたのだろう。そして――近くには、血痕と、機械の欠片と思しき金属片。何があったかは、なんとなく想像できる。


 ネズミ獣人たちは、戦ったのだろう。彼らは『人』だから。自分達の意思で、従えという命を拒絶した。結果、傷つけられた。――もしかしたら、死者さえ出たのかもしれない。血液の量は、ネズミ型の獣人一人からだとすれば、余りに多い。


 窮鼠きゅうそが噛みついた結果、あのシャロームの部下を倒したのかもしれない。金属片が物語っている。――おそらく、破片から見るに、これは機械兵士の一部。敵を倒すために造られた、無機質な殺人機械に襲われたのだろう。恐ろしかっただろうに、抵抗し、一矢を報いたのだ。


「――皆殺し? いや、それだったらこの血液量じゃ済まない。大半は捕らえられたか……」


「そうですね。周囲には完全に気配がありません。恐らく、連れて行かれたのかと……」


 ソフィアとシィは奥歯を噛み締める。昨日までの、幸せな世界が嘘のよう。


 国を、人を、そして星すらも滅ぼそうとした旧人類の呪いは、――悪意は。この新世界においても、まだ残っていたのだ。


「――必ず、倒す」


 ソフィアの、その創造主の、そして何よりこの地で暮らす全ての種族の願いのために。彼女は、シャロームを倒すと、心に誓った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 レポートFile14:獣人(ネズミ)


 身長は一メートル前後。人間によく似た二足歩行の身体に、ネズミの顔、毛と、尾が付いているような形だ。ネズミの特性を強く受け継いでおり、基本的には群れで生活する。鋭い前歯を持ち、固い木の実や木材すらもあっさりと削り切ってしまうほど。


 ネズミほど多くはないが複数の子を同時に産み、育てる。その分寿命はほかの獣人と比較して短め。基本的には草食で、果実や種子、穀類を食する。たまに昆虫などを食べることも。視力はあまり良くないが、聴覚や嗅覚に優れる。


 基本的に戦闘能力は高くないので、敵と会えば逃げの一手。ただ、鋭い前歯を使った噛みつきは非常に強力で、追い詰められた際に抵抗することも。


 推しポイント:小さくて、かわいくて。……守ってあげなきゃと、思ったのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る