File15:奥の手

「……シャロームを倒す前に、今は侵攻を止めないと。シィちゃん。みんなと連絡は取れそう?」


 出逢った種族には通信装置を渡しているので、それを用いて連絡を取ろうと思ったのだが――シィは首を横に振る。


「ダメです、先ほどと同様、通信が妨害されていますね……私たちも相手の通信を阻害する働きかけはしたので、向こうも連携や情報共有はしづらくなると思いますが……」


「さっきの口ぶりだと、侵略を進めてるのはここだけじゃない気がするんだよね。……とりあえず、手分けして各種族のところを回るしかない、か」


「わかりました。どこへ向かいましょうか?」


 ソフィアはしばし考える。こちらの戦力は二名。ドラゴンと精霊はそう簡単にはやられないだろうから後回しで良い。相手勢力が機械兵士であるなら、海中への進行はそう簡単ではないだろうからこちらも後。


「対象はバードマン、ラミア、獅子獣人、エント、か。――私がラミア、シィちゃんはバードマンの集落にお願い」


 獅子獣人が住むのはこの草原だから、すでに手遅れの可能性もある上、集落を持たず、戦闘脳力に長けた彼なら逃げだすことも可能だろう。エントに関しては、植物であるがゆえ、対象から外されている可能性と、最悪ソフィアが実を育てているので、絶滅はしないことが決め手だ。ラミアとバードマンは集落に仲間と住んでいるため、卵や子を守るためには戦わざるを得ず、下手すると全滅のリスクさえある。


「わかりました。通常無線は使えませんが、私と先輩の間での通話は可能ですので、何かあれば連絡をお願いします」


「了解。……大丈夫だと思うけど、やられないでね」


「はい。先輩も」


 その言葉と同時に、ソフィアはシィと別れ、ラミアの集落がある洞窟へと飛ぶ。草原からはそれなりの距離があるが、スラスターを使えばそう時間はかからない。


 洞窟の周辺には見張りなのか四体の機械兵士が立っていた。銀に光る金属色の身体。人を模してこそいるが、目や耳のようなパーツはなく、ロボット、という言葉が的確だろう。手には銃を構えている。


「とりあえず見張りを処理して――よっと」


 ソフィアは機械兵士たちの背後から近づくと、ビームの刃を持つ剣で兵士の胸部を次々に貫く。彼らの核は胸部の奥にあり、そこを破壊すれば機能は停止するのだ。


「……結構固いな、これ、ある程度の攻撃力がないと倒すの厳しいかも。数も多いだろうし……」


 ソフィアは急ぎ、大声で呼びかけながら洞窟の奥へと進む。――ラミア達の無事を祈りながら。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 機械の兵士たちが集落に押し寄せてきたのは突然のことだった。


 ざっと見る限り三十体ほど。感情の読み取れない銀色の肉体を持つそれらは、抑揚のないノイズ交じりの声で、服従を促した。


『――イノチガオシケレバ シタガエ』


「はぁ? イヤですけど。アタシ達、自由に暮らしたいし。ソフィアちゃんたちともそんな感じで話してるしさー、帰って帰って―」


 リビュアがしっしっ、と追い払う仕草をしながら回答する。


『キョヒヲカクニン。シンリャクモードヘイコウ』


 三十体の機械兵士が、一斉に動き出す。ラミアの集落には十五名ほどが暮らしているが、ある程度以上の戦闘能力があるのは四名だけだ。ちなみに、最も強いのはリビュアである。


「アルゴス! アタシが先頭に立つから、子供たちを守ってー! ヨロ!」


 リビュアは夫に声を掛け、機械兵士たちを睨みつけた。そのまま先頭にいる機械人形に思いきり爪の一撃をお見舞いする――が。


「……くっそー、固い! 毒も効かないじゃんこれー、うぜー」


 攻撃を受けたとみなしたのか、並ぶ機械兵士たちが一斉にリビュアに向けて銃を構え、発砲した。


「イタタタタタタ!」


 幸い、そこまで威力が高いわけでもないのと、リビュアが魔力で肉体を強化しているので、大きな怪我はしていない、が、当たった個所は内出血する程度のダメージはある。食らい続ければ命も危ないだろう。


「このっ!」


 先頭の一体に下半身で絡みつき、絞め落とそうとする……が、呼吸をしていないのか、首を絞めても動きが止まらない。仕方がないので地面に何度も叩きつけると、ようやく動きが止まった。――ダメだ、このペースでは、守り切れない。リビュアは覚悟を決めた。


「アルゴス! ――絶対に、誰もアタシの方は見ないようにしといて!」


 この間も絶え間なく銃弾が降り注ぐ。もう無理だ。普通に戦っては、負ける。だから――。


「――あんた達、アタシの目、見える?」


 リヴィアが機械兵士に呼びかけると、彼女の長い髪が、まるで意志を持つかのように、うねった。


「アタシら色々な特殊能力があってさ。毒とか、目で熱を感知できたりとか。――アタシだけが使える能力もあってね。本気になると、髪がね、の」


 うねうねと、ざわざわと、リヴィアの髪が起き上がり、機械兵士たちを睨みつける。そして――。


「――石になれ」


 およそ三十体、金属の光を放っていた兵士たちが、動きを止める。全員同時、おそらく何が起きたかを理解する間もなく、機械兵士たちは石の彫像と化した。


 ――これは、リヴィアの種族に伝わる呪い。蛇の髪を持つ怪物に変えられ殺された、とある少女の持つ力の再現だ。


 その直後、少しずつ近づいてくる馴染みの機械人形の声に安堵しながら、リヴィアは髪の毛を元に戻した。――間違っても、友を石にするわけにはいかないから。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 三十体ほどの機械兵士による宣戦布告。当然受ける気などなかったので、バードマンのアクィラはあっさりと突っぱねた。――次の瞬間、臨戦態勢になる銀の兵達。


 集落にいるバードマンたちはその様子を見ると、全員空中に避難した。これで矢を射れば一方的に倒せるかとも思ったが――。


「……飛行が可能なのですね」


 そこにいた機械兵士は全員飛行用のパーツを持っていた。さすがに翼を持つ種族相手に地上からでは不利と認識していたか、次々と地上から飛び立ちバードマンたちに向かって来る。――このままではまずい、とアクィラは大声で仲間たちに呼びかけた。


「ここは私が引きつけます! 皆さんは避難を!」


 大人ならまだしも集落にはまだ生まれて間もない子供もいる。相手は遠距離武器を持っていて、流れ弾も警戒しなくてはならない。早々に距離を取りたいところだ。


 だが当然、機械兵士たちもそうはさせないよう、散開し、逃げる鳥人間たちを追いかけようとしている。当然、それを許すわけにはいかない。


「――風よ!」


 アクィラは集落周辺の風を操り、飛行する機械兵士たちにぶつけた。飛行はあくまでオプションパーツなのだろう、強風に翻弄され、機械兵士たちは追跡を止める。


「さすがに、先日の戦いでは見せなかったですが、ここは戦場。奥の手を披露しましょう」


 アクィラがその場で目を閉じ、祈る。その直後、どこからともなく現れたのは、上半身裸の、緑の肌をした、大きな男性。――前にパーティで出会ったイフリートと同じ、精霊だ。


「久しぶりですね。ジンよ。早速ですが、力を貸していただいても?」


『あぁ。契約に従い、貴殿に力を貸そう。対価として魔力をいただくがな』


「もちろん。私のものだけで足りなければ、集落の大人全員から持って行ってください。――そういう『契約』ですから」


 この風の精霊は、アクィラの集落全体を相手に『契約』を行っていた。力を貸す代わりに、魔力を渡す。イフリートを含む精霊たちはこういった仕組みによって魔力を得、成長していく存在なのだ。


「では……あの銀の兵たちを、退治してください」


 アクィラは風に翻弄されながらも徐々にこちらへ向かって来ようとする機械兵士たちを指さす。


『承った。生来の空の民ではないし、精霊の加護も受けていないな。――機械の兵どもよ。残念ながら、この世界で空を飛ぶにはいささか準備不足のようだ。その分不相応な翼を取り上げよう』


 ジンが機械兵士たちに右腕を突きつけると――その瞬間巨大な竜巻が発生し、三十体の兵士たちを巻き込んだ。しばらくの間、成すすべなく高速回転をさせられたと思うと――竜巻が消え、全ての機械兵士が空中に投げ出され、地上へと落下していく。飛行用のパーツが破壊されたのだろう。


「あっさりでしたね。感謝します」


『ふん。この程度ではつまらんが、魔力がもらえるならば問題はない。――そういえば、イフリートと会ったらしいな? 何やら会合のようなものがあったとか……次は私も連れて行け。契約者になれそうなやつがいないか探したい』


「あ、そういう情報連携あるんですね。まぁ主催者の一人に聞いてみますか。――ちょうど、もうすぐ会えそうですし」


 遠くから、馴染みのスラスターの音がする。機械兵士とは違う、力強いその音を聞きながら、アクィラは集落のみんなに手を振った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


レポートFile15:必殺技


・ラミア

 種族の中に稀に特殊能力を持つものが現れる。起源すら定かではない、化け物に変えられた少女が有した、見たものを石にする能力だ。能力を使用する際は少女がそうであったように髪が蛇へと変貌する。

 石化したものは魔力を注ぐことで元に戻すことも可能だが、治療には長い年月がかかると言われる。また、石化中に破損した部位は戻らない。

 見たものを問答無用で石化させるが、視界を塞がれれば当然ながら効果は失われる。また、ある程度以上の魔力を持つ相手には、石化まで時間が掛かったり、そもそも効力がない場合もある。――天敵は鏡。


・鳥人間(バードマン)

 風に関する魔術を使用するが、その補助のために『精霊』の力を借りている。簡単な強化以外の魔術の発動は難易度が高いが『精霊』に魔力を渡すことにより、半自動的に望んだ魔術を発動させることが可能となる。これを『契約』といい、バードマンは個人ではなく種族単位で契約を結び、その力を借りている。個人で発動するには魔力の消費量が高いため、基本的には種族の危機的状況において、リーダーの権限で発動させることが多い。風の精霊はジン、といい、イフリートと同格の中級精霊である。


 



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