Appendix:お嬢様ロボと耳長族

「道に迷いましたわー!!!!」


 シャロームは森の中、大声で叫んだ。


 別に何も考えず迷っているわけではない。新たな知的生命体発見の報を受け、きちんとアウトドアルックに着替えた上で自らの足で歩いてきたのだ。他の機械人形と同様、ブーツをはいた足と手袋を付けた手だけで、脚部と腕部はない。


「でも、ソフィアさまもシィさまも冷たいですわよね。一緒に行こう、って誘っているのに、忙しいから一人で行ってきて、なんて」


 ソフィアもシィも、国造りのためのルール整備に忙しいらしい。


「はじめてのおつかい、とかなんとか言ってましたけれど……ちょっとわたくしを子ども扱いしすぎではありますわよね。これでも旧時代の最新型なのですのに。……まぁ、ちょっと、道には迷ってしまっておりますが」


 シャロームは、出発前にソフィアから手渡された紙の地図と、方位磁石を睨みつけた。


「せっかく自分の足で旅をするなら、衛星からの位置情報に頼らず自分の感覚で進んでみると面白い、なんてそれっぽいことをおっしゃるのでお借りしましたが……自分がどこにいるかが全く分からないですわ」


 都市であれば、何らかの建物や通りが目印になるが、広がっているのは百パーセントの自然である。地図上に示されているのも、海、森、川、崖、草原、といった地形情報でしかないので、常に方角を確認しながら、自分の地図上の位置を把握する必要があった。……そのことに気づいたころには、完全に迷っていたのだが。


「衛星と通信をすればこの迷子状態からは解放されますが……わたくしがアクセスしたことはシィさんにバレるでしょうし、おつかい失敗、と思われるのも大変癪ですわね……よし。恐らく、目的地からそう離れてはいないはずですから、できることはすべてやりましょう」


 シャロームは周囲を見回すと、大きく息を吸い込んだ。そして――。


「ご近隣にお住いの皆様ー! わたくしシャロームと申しますー! ご挨拶に伺ったのですが、どなたかいらっしゃいませんかー!!!」


 森の中大声で叫びながら歩く。言葉が通じない可能性もあったが、とりあえず相手に自分の居場所を伝えるのが先決だ。


「わたくしは、皆さまと仲良くしたいと思っておりますのー! お土産も多数取り揃えておりますので、どうか怯えず、出てきてくださいまし―!!!」


 その言葉の直後、がさり、と木の上から明らかに生き物が立てるような音が聞こえた。


「まぁ。わたくしに会いに来てくださったのかしら?」


 その直後、シャロームの頭に矢が突き立った。


「――はぁ!? いってーですわ!!! ちょっと! わたくしが普通の生き物だったら死んでましたわよー!!!!」


 シャロームは基本的に機械であり、重要部品は少々のダメージでは損傷しないよう周囲がしっかりと補強されれている。矢が突き立ったのも体表から少しだけで、そもそも矢のような原始的な攻撃ではさしたるダメージは受けないのだ。


「――――!!!???」


 矢を放った者は平然と話しているシャロームに驚いたのか、声なき声を上げると、さらに矢を放ちつつ、彼女から距離を取るように樹上を逃走していった。ひとまず、人型をしていることは確認できた。


「ちょっ、やめてくださいまし! 矢がめっちゃ刺さってるんですけどー! 矢お嬢様になってしまいますわー!」


 逃走者の矢の腕前は確かなようで、初撃でこめかみ、二発目に喉、三発目に心臓と、すべて急所を的確に狙っている。普通の人間だったら三度死んでいるところだ。


「埒が明かないですわね。追いかけましょう。足を持って、身体を浮かせて――お待ちなさい! わたくしに矢を射ておいてただで帰れると思ったら大間違いですわよー!」


 シャロームの足は実質ほぼ飾りのようなもので、基本的は浮遊している。身体に浮遊装置が組み込まれているほか、背負っているリュックにスラスターが内蔵されており、ある程度自由に飛行が可能なのだ。高速機動が求められる際は別で大型のスラスターを装着するが、今回は未装備である。


 シャロームが頭上の逃走者に向けて飛行すると、相手は驚いたようでさらに加速した。樹上を飛び移りながらだというのに驚異的な移動速度だ。何らかの工夫をしているのだろう。


「まてこらぁー! ……あら、はしたない言葉が。でも、言葉も通じていなさそうですし、このままでは撒かれてしまいますわね。仕方ないですわ。これをっ!」


 シャロームは得意な武器である鞭を取り出した。鞭と言っても最大二十メートルほどに伸びる上、スラスターと自動追尾装置が装着されている。要は長い腕のようなもので森の中でも相手を追尾することが可能だ。


「たあっ!! ――捕まえましたわ! わたくしまずはお話をしたいのですが――あぁ、ダメですわね。覆面で表情は分かりませんが、抵抗の意志が満々です。仕方がないですわ。えい」


 鞭で巻かれながらも、何らかの手段で攻撃を試みようとする逃走者に対し、シャロームは鞭に内蔵されている電磁波発生装置を使った。これにより、相手を麻痺させて戦闘不能に追い込むことが可能である。


「――さて、捕まえはしましたが、こんなところじゃ、お話をゆっくり伺うことも難しいですわね。取りあえず、集落をさがしましょう」


 覆面をして、ぐったりした様子の逃走者を鞭でぐるぐる巻きにしてぶら下げながら、シャロームはふよふよと浮かび、周囲を探索する。逃走者が向かっていた方向や、木の様子などを見ていれば、彼がどちらの方向から来たかはは概ね想像がついた。


「センサーの感度を上げておきましょう。……平和的に、お話ができると良いのですけれど」


◆◇◆◇◆◇


「――ᛋᚺᚢᚢᚵᛖᚴᛁᛋᚺᚪ!」


「ᚺᛁᚴᚤᛟᚢᛗᛟᚾᛟ!」


「ᛒᚪᚴᛖᛗᛟᚾᛟᛗᛖ!」


 シャロームは、逃走者が住んでいた集落らしきところを発見し、できる限り穏便に入口から入っていったものの――取り囲まれて謎の言語で罵声らしきものを浴びせられていた。


「鞭でぐるぐる巻きにして、意識を失った住人を連れているのだから仕方がないとは思うのですけれど……でも、わたくしも矢がいっぱい刺さっているんですわよ。ほら見てくださいまし」


 頭に刺さった矢を指さすシャローム。……冷静に考えれば、仲間を縛り付けたあげく刺さった矢をアピールするというのは、報復行動に来たようにも見えるかもしれない。ただでさえ、彼女は腕や脚がない異様な風体なのだ。


「というか、今気づきましたけれど……皆さま、耳がとがってらっしゃる。これはつまり、エルフ! あの、ファンタジーの代名詞である! エルフ族の皆様でらっしゃるのね!」


 鞭で縛っている相手は覆面と帽子で顔を隠していたため容姿が良くわからなかったのだが、この集落にいる住人は全員耳が尖り、金髪碧眼で、ほとんどが若く美しい風体をしている。伝え聞くエルフの特徴そのままだ。


「ドラゴンに会えた時も感激しましたけれど……エルフ族までいらっしゃるんですのね。素晴らしいですわこの大陸。興奮が抑えきれません。きっとソフィア様たちも喜びそう。早速交流を試みたいところですけれど……敵対心ばっちばちですわね。まずコミュニケーションを取らなくてはなりませんから……ソフィア様に教わった、ドラゴン式意思伝達法を使ってみましょうか」


 名前の通りドラゴンに教えてもらった言語を用いない意思疎通法なのだが、実は、魔力を使って発現する一種の魔術らしい。ただ、大気中に存在する魔力を使用して発動するため、魔力がないものでも使用可能なんだとか。


『皆さま、こんにちは。わたくしは敵ではありません。どうか武器をお納めくださいまし。この方は攻撃されたのでつい無力化してしまいましたが、怪我は負わせておりませんわ』


 できる限り柔らかく伝わるように意識をする。ソフィア曰く、この方法はとても便利だが、考えたことがストレートに相手に伝わってしまうので、思考のコントロールが大切だと言っていた。……シャロームは正直あまり得意ではない。連想ゲームのように思考がポンポン飛ぶタイプなのだ。


「……ᚺᛟᚾᛏᛟᚢᚴᚪ?」


 エルフたちは仲間内で探り合うように会話をしている。やがて……一人の男性がゆっくりとシャロームの前に立ち、言葉を返した。――彼女と同じ、魔術を使った意思疎通法で。


『――あなたの言葉は伝わりました。そこの彼が少なくとも重大な怪我を負っていないことは魔力の様子からもわかります。……ですが、あなたの目的がわかりません。何のために、この集落を訪れたのでしょうか。見たところ、普通の生き物ではないように見受けられますが、何のためにこちらへ? 近隣でお見かけした覚えはありませんが』


 男性は落ち着いていた。この集落の長なのだろう。三十代前後に見えるが、エルフの特徴とこの落ち着きようを鑑みればもっと年上でもおかしくはない。シャロームはエルフに会えた興奮を押さえる努力をしながら、回答を紡いだ。


『その耳、めっちゃいいですね。あぁ、皆様お美しい。男性も女性もきれいですわー近くで見たいですわー。髪もつやつや。あと魔力もなんかすごそうですわね。じっくりと研究させていただきたいですわ。施設に連れて帰って調査させていただけるかしら? ……そういえばちょっとお腹すきましたわね。お肉が食べたいですわ。……エルフの皆さんってほっそいですわね。お肉、食べてらっしゃるのかしら。菜食主義者なのかしら? そういえば肉食動物より草食動物のほうがおいしいって話、聞いたことありますわね。――わたくしたちの目的は、皆さまと仲良くすることです! 害意はありません!』


 ――両者、しばし見つめ合う。


 興奮を抑えようとしたが全然うまくいかず、思考が垂れ流しにになってしまった。慌てて軌道を修正したがタイミングが最悪である。エルフを食べようとする化け物が慌てて取り繕うような話の流れだ。エルフの男性は、冷静さを保ちながら微笑むと、くるりと後ろを向いた。


「ᚴᚪᚾᛟᛄᛟᚺᚪᛏᛖᚴᛁᛞᚪ!  ᚴᛟᛏᛁᚱᚪᚥᛟᚴᚢᛟᚢᛏᛟᛋᛁᛏᛖᛁᚱᚢᛣᛟ! 」


『あああああああちょっとまってくださいませ今のは違うんですの言葉のあやというか思考のあやというかわたくしああいうのホント苦手でちょっとお話聞いてくださいましぃぃー!!!!』


『黙れ異常思考の化け物め! 我々を捕獲したあげく愛玩、実験、食用にしようというのだろう! 我々は抵抗するぞ!』


 かくして交渉は決裂した。こうなっては仕方がない。――後に遺恨を残さぬよう、怪我をさせず、無力化して改めて話を聞いてもらわなくては。


『くっ……仕方ありませんわね! ちょっと口下手なわたくしが悪いのですが、一番最初、そもそも攻撃を仕掛けてきたのはそちらです! 一度力の差を見せつけた後、ゆっくりとお話をさせていただきますわー!!!!!』


 シャロームは元々支配を目的に創られた機械人形なので、こちらの方が性にはあっている。……ファーストコンタクトとしては、最悪だが。


 ――ちなみに、エルフたちの魔力や戦闘センスは非常に高く、怪我を負わせないままの無力化は難しかったため結局ソフィアたちを呼び出し、共通の知り合いだったトレントに仲裁してもらうことで何とか誤解を解くことができた。


 シャロームはその後、ソフィアとシィにがっちりと叱られたうえで、思考コントロールの訓練を受けることになったのであった。


「もう、一人旅はこりごりですわー!!!!」


◆◇◆◇◆◇


レポートFile23:エルフ


 人間と似た容姿を持つがより華奢で美しい容姿を持つ。長い耳と白い肌に金髪碧眼の種族が多いが、住む場所や特性により髪や肌の色は変わる可能性もあるとか。主に森の中で暮らし、木々を渡って採集や狩りを中心とした生活をしている。獲物が見つかれば肉も食べるが、木の実や菜食のほうが多い。高い魔力を持ち、魔術の扱いに優れる。精霊との交渉も上手く、契約を結んでいることも多い。


 縄張り意識が強く、規律に厳しい。基本的に他種族との交流はあまり積極的ではない。魔術の他、弓を得意とする。寿命は人間と比べるとかなり長く、数倍以上である。半面、保守的で、変化を好まない。また生殖欲求も少ないため、人数もあまり増えない。ただ、人間とは遺伝子的に近いらしく、混血は一応可能なようだ。


 一言コメント:はじめてのおつかい、失敗ですわー!


 


 

 


 

 


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