Extra Episode:魔王

「ここ?」


「はい、そのようです」


 ソフィアの言葉にシィが頷いた。


「でっかい穴ですわねー……この中に何が住んでるんでしょうか。地底人?」


 直径五十メートルはありそうな巨大な穴を上空から見ながら、シャロームが呟く。ここは大陸の中央にある謎の大穴の真上。衛星の調査によると、この奥から謎の反応が検知されたということで、ソフィア、シィ、シャロームの三人で調査に来たところだった。


「しかし……私たちも別に暇じゃないんだけどなぁ。シャローム一人でも良かったんじゃ?」


「なんでそんな意地悪言うんですの。いいじゃありませんか、みんなでピクニック。それに……わたくし前に一人で来て失敗しましたから。慣れるまでは嫌ですわ」


 ソフィアの呟きに唇を尖らせるシャローム。


「大穴の上ではレジャーシートも広げられませんね。ピクニックには向かないかと」


「もう、シィ様もやめてくださいまし。いいじゃないですか、わたくしたち飛べるんですから」


 彼女たちは飛行能力を有しており、大穴の上空でも問題なくのんびりすることが可能だ。そもそも手や足は身体と直接繋がっていおらず、ふわふわ浮いているような状況なので、接地している必要性は正直あまりない。


「まぁでも、ここで浮いてても始まらないしね。穴の中、入ってみようか」


 ソフィアたちはゆっくりと大穴に入っていく。中は暗い。一応三人とも暗視及びセンサーはついているので周囲の状況は概ね把握していたが、不安に襲われていた。


「……ソフィア様、シィ様、手を繋ぎたいのですけれど」


「えっ。うん。まぁ、アリ」


「……いいですよ。私もちょっと怖いので」


 手を繋いだまま、地下深くに降りていく。数百メートルは降下しただろうか。あれだけ大きかった穴から見えた空が、今はだいぶ小さくなっている。さすがにここまでの深さの穴が自然発生するとは思えない。何らかの手が加わっていると考えるのが自然だろう。


「――そろそろ、底に着きそうです」


 シィの言葉で、ソフィアとシャロームは顔を見合わせた。何が起こるかわからない。彼女たちは各々武器を携えながらゆっくりと降下する。


 地面が近づくにつれ、うっすらと明るくなってきた。何処かに光源があるらしい。少なくとも、何らかの生物が存在していそうな環境だ。


「――月?」


 地上にほど近い中空に真っ白い巨大な球体があった。もちろん実際の月には遠く及ばないが、月を模した人工照明なのだろう。それがぼんやりと地底を照らしている。満月の夜程度の明るさはありそうだ。


 三人は地上に降り立ち、周囲を探る。――と。


「反応あり! 先輩の正面三十メートル!」


 シィの言葉で、ソフィアとシャロームはそちらを睨みつけた。そこにいたのは――一見、人間のように見える、十二、三歳くらいの少女。真っ白な長い髪に赤の瞳。身に着けているのは黒を基調としたドレス。


「初めまして。私はソフィア。あなたの名前は? ここに住んでいるの?」


 少女は答えず、ソフィアの方をじっ、と見つめた。


「私はシィと言います。こちらに、ご家族の方はいらっしゃいますか?」


 シィに対しても同じ反応だ。ただ、見ているというよりは、何かを考えているようにも思える。


「あの……わたくしはシャロームと申します。わたくし達。この穴の底に何らかの種族が住んでいそう、という反応を検知しまして、調査に参りましたの。わたくし達の言葉、わかりますかしら?」


 言語が通じないことはよくある。ある程度の時間、解析を走らせれば翻訳ができるようになるが、最初はどうしようもない。魔力を使った意思疎通法に切り替えるか、と三人が考えた時。


「あー。あー。あー……。よし。取りあえずいいかな。初めまして。変なところあったら教えてね。お姉さんたち」


 少女は発声練習をしながら、微笑んだ。その様子を見て、三人は警戒を露わにする。あの短い会話から、言語を解析し、即座にその言葉を発したのだ。単語など含めて情報量は絶対的に足りないはずだが、どういうわけか違和感のないレベルの発音でしゃべっている。少なくとも翻訳においてはソフィアたちの技術を上回っているということだ。


「よろしく。……すごいね。私たち、そんなに喋ってないのに。翻訳、得意なの?」


 ソフィアの言葉に少女は頷く。


「うん。ある程度サンプルがあれば『この世界』に登録されている言語から検索かけて、類推できるよ。これは魔法に近い領域だけどね。わたしは『魔王』だから。このくらいは簡単にできるんだ」


「魔王……?」


 ソフィアは疑問符を浮かべる。『魔王』という種族、ということだろうか……?


「そう。魔王。この『魔界』の王になるために、わたしは生まれた。――創られた、のほうが正しいのかな?」


「創られた、というのは誰に、ですか?」


 シィの言葉に、魔王はしばし考える。


「誰、って言われると困るな。しいて言うなら、この世界、なのかな? ――あなた達も、似たようなものでしょ?」


 魔王はソフィアに人差し指を向けた。


「私たちも造られた存在ではあるけど……世界なんかじゃない、旧人類に、だよ」


 魔王と名乗る少女とソフィアたちは、なんというか、存在の強度が違う。彼女たちは人類の技術によって造られた人形に過ぎず、目の前の魔王は、もっと超自然的な何かから生まれたものだろう。なにせ『魔法』のような力を当たり前に使うのだ。


「うん。そうだね。でもそれは手段の違いというか、存在目的は同じ。――世界が滅びないようコントロールするっていう、その目的に向けた、手段であり、道具」


「……私たちは、世界がもう滅ばないように、色々な種族が争わないような『国』を作ろうとしてる。あなたもそうなの?」


「うん。まだこの地底の世界――魔界には、知的生命があまり育ってはいないけれど。いずれわたしは彼らを率いて、統治することになる。滅びを防ぐために、ね」


 魔王の言葉には、現実味がなかった。そもそも、この地底――魔界という世界が、存在するということさえソフィアたちは知らなかった。少なくとも、旧人類史にはなかったことだ。


「ここが、魔界、ですの? ……気分を害したら申し訳ないのですが、ここ、生きていくにはあまり適した環境ではないように思えるのですけれど……」


 シャロームの言葉はもっともだ。一応酸素は存在するようだが、大気組成は地上に比べると生物にとって悪い環境だし、何より太陽の光が届かない。ここで生きていくのは困難だ。


「そうだね。一応魔力で照明は作ったけれどまだまだ暗いし、環境はもっと整えないと厳しいだろう。――でも、それは仕方がない。ここは、地上に対するバックアップ。いわば実験場なのだから」


「バックアップ。……つまり、もし何らかの要因で地下なら生存できるかもしれない、ってことですか?」


 シィの言葉に、魔王は大きく頷く。


「それも一つの理由だね。何せ前回の滅亡の際、地上はめちゃくちゃになって生き物はほぼ全滅したけど、地下にあった研究所は残ったんだろう? ならもっと深くに生命圏があれば、同じことがあっても絶滅はしない、ってことだよね」


「それは――でも、そんなことは、誰にもできない。だって、生命がどこに誕生するかなんて、わからないじゃない」


 ソフィアの言葉に、魔王は首を振った。


「そんなことないよ。さっきも言ったでしょ。わたしを創ったのは『世界』。自分の体のどこに、生き物を誕生させるかくらいは、コントロール可能だよ」


 ――スケールが違い過ぎて、想像できなかった。つまり、この『魔界』は、地上のバックアップとして世界が生み出したもの? ……世界ってなんだ? 自我がある? 


「……わからなくなってきましたわ。つまり今のこの世界は、自然に生まれたものではなく、何らかの意思によって、コントロールされて創られたもの、ってことですの?」


 シャロームが頭を抱えている。


「そうだね。……実際に私も、簡単にお話したりできるわけじゃないんだけど、こちらから何かを頼んだりすることはできる。――それが『魔法』。あなたたちも、使ったでしょ? 機械から、生き物になったときに、『世界』と会話、しなかった?」


「――思い出した。そういえば、喋った。……たしかに、そうだ。この世界には、『意思』が存在するんだ」


 夢の中みたいな記憶だったから、きちんと保存できていなかったけれど、確かにソフィアとシャロームは『世界』の声を聞いている。


「……でもそれ、おかしくないですか? 『世界』は生命の誕生をコントロールできるのだったら、そもそも滅びないようにすることも可能なのでは?」


 シィの疑問に魔王が答える。


「わたしの想像だけど、多分そこまで細かなコントロールはできないんだよ。なんというか、ゲームのような感覚なんじゃないかな。ある程度の干渉はできても、すべてを思い通りにすることはできない。……いうなれば『リアルタイム世界成長シミュレーションゲーム』かな。それの駒がわたしたち、というわけ」


 ――三人は、思わず絶句した。この世界はゲームで。自分たちはその駒に過ぎないと、そんなことを突きつけられたのだから当然だ。


「……じゃあ、私のこの行動――研究者から引き継いだ意志も、夢も。世界からの干渉によるもの、ってことなの……?」


「さぁ、どうなんだろうね。旧人類時代から、同じようなことをしていたのなら、そうかもね」


 ――つまり、世界が滅びたのは、いうなればゲームオーバーだったのだ。だから、その滅びを回避するために、色々設定をいじって、過去のデータを引き継いで、滅びを回避する策をいくつか用意して、またシミュレーションゲームを始めた。


「……ソフィア様……大丈夫ですか……?」


「先輩……」


 シャロームとシィがソフィアを見つめた。彼女がこの世界に生まれ、今まで行ってきたことはすべてゲームの一操作に過ぎなかったのかもしれない。それは、今までの自分が否定されることに近いのではないだろうか。


「…………うーん。色々めっちゃ考えた。その結果を発表します。えーっと、干渉されてるかもしれないけどさ、私たち、魔法まで使って一応生物になって、それでも頑張って国を作ろうとしているってのはさ、多分私たちの意志でやってるわけじゃん。だからさ、難しいこと考えずに、これまで通りでいいんじゃないかな、と思いました。どう?」


「うん。それでいいと思うよ。わたしも同じでさ。自分は何のために生まれたんだろうとか、いろいろ考えたんだけど、結局のところ生きていくしかないんだよね。やりたいことを、やれるようにやってさ。――世界の仕組みがどうだとか、今のわたしが考えても仕方ないし。やりたいこと全部やって、それでも納得いかないことがあったらさ、その時は――魔法使って、『世界』を呼び出してさ、ぶっ飛ばしてやればいいと思うんだ」


 にやり、と魔王は笑みを浮かべた。――そうか、それでいいのか。


「そうだね。なんか、色々聞いちゃってごめん。考え過ぎちゃうところだった。お詫びじゃないけどさ、もしそうなったときは、呼んでよ。私も一発殴ってやりたい」


「うん。もちろん。――この世界にはさ、あなた達が生きる地上と、わたしが生きていく魔界と、空の上に天界、ってのがあるらしいよ。それぞれさ、絶滅しないように頑張って生きていこう。誰が、一番うまくできるか、競争ね」


「天界もあるんだ。天使、いるかなぁ」


「いるいる。神様もいるらしい」


「えー、そうなんだ。よく考えたら超ファンタジーじゃん。地上と、魔界と、天界があって、それぞれ別の種族が暮らしてるって。すごいな。これが望んだ『世界』ってことだね」


「そうそう。だから、まぁ、わたしはわたしで国造るからさ、いつかお互い見せあいっこしようよ。この先、住人同士が仲良くできるかどうかは全然わからないけど、目指しているものは同じなんだからさ。まぁ取りあえず、友人の第一歩ということで」


 ソフィアは、差し出された少女の手を握る。地上と魔界。それぞれの世界を守る使命を負ったもの同士だ。――もしかしたら、他の誰よりも、分かり合える存在なのかもしれない。


「いつか、天界の人と会ったら、みんなでお茶でもしようね」


「そうだね。ちょっと天界遠いから、紹介してくれると助かるな」


 そんな軽口を叩きながら、ソフィアたちは魔界を後にする。


 ――この世界は、誰かによって生み出され、干渉され、導かれている。でもその中でも、彼女たちは生きている。


 創られた世界だとしても。この物語の主役は、常に自分なんだと。そう言い聞かせ、ソフィアは青い空を見上げた。


 空は高く、日は眩しい。この何処かに在る、天界に思いを馳せながら、地上に生きる、様々な種族を思いながら。三人の元機械人形は、帰路に就いた。――この幻想的な世界で。彼女たちは、生きていく。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 レポートFile24:魔王


 魔界の王。不老でも無敵でもないので、死亡すれば次の魔王が生まれる。


 未来の魔王たちのエピソードは、別の物語で。



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 これにて『機械少女は人類が滅びた世界で旅をする』完結となります。


 最後は完全におまけエピソードでしたが、いかがでしたでしょうか?


 今までお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。


 主人公のビジュアルだけで走り出したこのお話、十万文字書くことができたのは読んでくださった皆さんのおかげです。


 このストーリーは今まで私が書いたファンタジー作品の大本に当たるエピソードになりますので、興味があればぜひ他のお話も読んでみてください。


 最後に、面白いと思った方はぜひ、♥や★、感想をいただけると嬉しいです。


 ではまた、次の作品でお会いできることを楽しみにしております。


 2024/10/23 里予木一












  


 

 


 


 

 

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機械少女は人類が滅びた世界で旅をする 里予木一 @shitosama

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