第3話 アイドル系DTuber


 無心で木刀を振る。

 何度も、何度も、何度も――。

 振っていると背後から何かが飛んでくる気配する。

 振り返ると同時に木刀で、飛来したものを切り落とした。


「流石ぁ。背後からのテニスボールを、木刀で真っ二つ! すごいすごい」


「ヨルツー……」


 パチパチと拍手をしている、テニスボールを飛ばしてきた犯人は、幼馴染十六夜いざよい冥夜めいや

 名字と名前に「夜」が重なって付いているから、親しい人からは私が呼んだように「ヨルツー」と呼ばれていた。


 ここ「高天原学園素戔嗚分校」は決まった制服はなく、服装は常識の範囲内で自由だ。

 一応、貧富の差を考慮して、幾つかの学園公認の制服はあるものの、ヨルツーは常にメイド服を着用している変わり者である。

 服装自由で自宅からそう遠くないから選んだぐらいだ。

 因みに気分によってスカートはロングだったりショートだったりする。

 ヨルツーが言うには、『私はロングスカートのメイドも、ショートスカートのメイドも両方好きだからね。どちらか一方を選ぶなんて、私には出来ないッ』とのこと。


「舐めないで。私はランキング1226位よ。これぐらい出来て当然」


「DTuberで実力もある。うんうん、私の幼馴染はすごくカッコいい~♪」


 私、紫桜しざくらりんは、桜花リンという名前でDTuberをしている。

 DTuberというのは、ダンジョン配信を行う者たちの総称。

 配信するに当たって必要となる機器のドローン等は高額であるため、中学生の私には中々揃えるのは難しかったけど、企業や事務所に所属することでサポートを受けることが出来た。


「ヨルツーもその気になれば、DTuberになれると思うわ」


「あははは。私は、メイド道を極めてメイド王になるのが目標なので、DTuberをする余裕はちょっとないなあ。

それにメイドは主の影に徹することが第一だから、DTuberで目立つのは本末転倒だよ」


「……」


 幼馴染だけでメイド王はいつ聞いても理解できない。


「それで、用事はなに? いつも放課後は忙しそうにしてるでしょう」


「ふっ、私の圧倒的メイドパワーは、世間が放っておいてくれなんだよね。メイドにオーダーをしてくる人が多いこと多いこと。まあ? メイドとして良い経験させて貰ってるからいいけどさ」


 そんな事を言いながらヨルツーは、鞄を漁りながら一冊の本を取り出して私に差し出した。

 思わず一歩下がってしまう。


「これにサイン頂戴♪」


「な、なんで、それをッ」


「え。リンのZをフォロワーしてるもの。写真集の発売ぐらい把握してるに決まってるじゃん。安心して? 「保存用」「鑑賞用」「配布用」「使用用」と電子を使用しているサイト全部で購入したから!」


「どこをどう安心しろっていうの? 使用用ってなに」


「サイン頂戴♪」


「いや、だから、使用用って何に」


「サイン頂戴♪」


 笑顔で詰め寄ってくるヨルツー。

 あ、これは無理ね。

 絶対に答える気がないヤツだ。

 ため息を吐くと、写真集と一緒に出してきていたマジックを手に取りサインをした。

 ……幼馴染に写真集を買われるって、こんなに恥ずかしいんだ。


「……因みに、ヨルツーが好きな写真はどれよ」


「46ページ。お尻に食い込んだ競泳水着を両手の指先で直すところ。撮っている人「分かって」るよね」


「聞かなければ良かったわ」


 他にも色々撮ってるんだから、もうちょっとマシな所を言いなさいよ。

 ヨルツーは鞄にサインした写真集を入れると、今度は銀色の胸当てと刀を取り出した。


「サインありがとう、リン。これはそのお礼だから受け取って」


「……お礼って」


 素人目に見ても分かる。

 どう見ても量産品ではなくて、職人がきちんと作ったものだ。

 とてもじゃないけど、自分でいうのも何だけど、人気と知名度が中の下程度の私のサインのお礼で貰えるものじゃない。


「Zで見たけど、青木ヶ原樹海に挑むんでしょ。だから、絶対に受け取って」


「……」


「この時代、ダンジョンなんてものが出現して、命の価値はもう大暴落。ラノベに出てくる異世界のモブ並みに安くなってる。今日、普通に話していた隣人が、明日にはもう二度と会うことができなくなっている事だってありえる。

だから、さ。私は大切な幼馴染と一緒に長く居たいんだ。リンはタダで受け取るのはイヤでしょう。だから、写真集のサインと等価交換」


「等価交換って――。価値が見合ってないわよ」


「価値を判断するのは私。それは私が制作した武具防具なんだから、リンの写真集でも釣り合いが取れるよ」


「これ……ヨルツーが作ったの?」


「うん。私はメイドだからね。武具・防具はオーダーされる事がある以上、自分で制作するぐらいは出来ないとね。

――どうしても気になるなら、一つだけ約束してほしい」


「なによ」


 ヨルツーは私を真剣な眼差しで見つめて来た。


「無事に帰ってきて。それが何よりの報酬だよ」


「――心配し過ぎ。私はまだ中学生よ。これから先、やってみたい事だって沢山あるんだから。簡単には死んだりしないわ」


 その後、ヨルツーと明後日か明々後日にファミレスで集合する約束をして分かれた。


 ヨルツーから受け取った刀を鞘から抜く。

 ……キレイ。

 さすが武器職人の鉄心さんの娘だけあるわ。下手な職人よりも上手いんじゃあないかしら。

 私は刀の重さなどを確認するため、受け取った刀を何度も何度も振る。思った以上に手に馴染んだ。

 きっとヨルツーが私に合わせてわざわざ制作してくれたんだと思う。

 ……ほんと、無事に帰ってきて、改めてお礼を言おう。

 後はなんかお返しもあげないと。――借りっぱなしは、もしも返せなくなった時に困る。


 私はしばらく刀を振り続け、手に馴染む感触を得たことで、今日は家へ帰ることにした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る