第3話 アクシデント


「……メイド服に……掠りも…………出来なかった」


 今、私がいる場所は最高難易度ダンジョン「富士」の深淵1階層。

 目の前にする少女、とはいえ私よりも年上ですが、彼女の名前は、夜天やてんネオさま

 日本ランキング9位。二つ名は【魔姫まき


 彼女の生い立ちは少々特殊で、特殊体質の持ち主である。

 まず彼女の両親は高位探索者であり、子作りをダンジョン内で行い、出産もダンジョン内で行った。

 その結果、ネオさまはダンジョン内でしかほぼ生活できない身体で生まれてくるという悲劇が起きた。

 早い話、水がないところでないと魚が生きられないという性質と同じだ。

 ネオさまは高難易度以上のダンジョンの魔力の素――魔素があるところでないと、普通の生活が出来ない。

 ただ高難易度の深層以下のモンスターを斃した際にドロップする魔石があれば、魔石の質にもよりますが数時間は地上でも活動できる。

 しかし今まで生活したのがダンジョンということもあって、それほど不便はないようです。あまり地上には行くことはなく、行くとすれば探索者を引退した両親に逢うためか、ダンジョンを移動するぐらいしかない。


「いえいえ、ネオさまも十二分に強いです。なんと言っても私に勝ったのですから、自信を持って下さい」


「……嫌味?……私が……勝ったのは……最高到達点の私……冥王……貴女じゃない……」


 悔しそうに項垂れるネオさま。

 表情があまり動かい方ですが、メイドからすれば分かり易い部類です。

 ネオさまが言っているのは、ランキング一桁台へ昇位する際の戦いのことだ。

 いつも通りに対戦相手の最高到達点を『アカシック・レコード』で読み取り、自身に投影して戦った末に――私は負けた。

 まあ? 負けたのは最高到達点の夜天ネオであって、十六夜冥夜は負けていませんがね?


「……13歳相手に……手も足も……でなかった………」


「ネオさまも十二分にお強いですよ。20歳前後でその強さは、驚嘆に値します。このまま強くなっていけば、30歳の頃には日本ランキング5位以上になっていることでしょう」


「……だから……嫌味?……10位の貴女に……手も足もでない……のに」


 ジト目で抗議の視線を送ってくるネオさま。

 ――私は心の底から思っている事を口にしているんですけどねぇ。

 夜天ネオと十六夜冥夜。どちらに才能があって強いと聞かれれば、間違いなくネオさまだ。

 もしも夜天ネオと十六夜冥夜が、同じ年齢の時に戦えば、100戦すれば10勝出来るかぐらいの差。


 ただし、それはあくまで『メイド』ではなく『探索者』として成長した私ですが。


 『メイド』として数多の世界にアバターを送り、この世界と異世界の時間の流れの違いもあって、今の時点で数えることが面倒なぐらい人生を周回した経験を得ている。

 異世界に送った私が更にアバターを生み出しているので、オリジナルである私ですら、もう全てのアバターの把握はできなくなっていますが、メイドとして経験を得られるので無問題です。

 早い話。

 狡いですが、20年程度の経験しかないネオさまと、数多のメイド生を送ったアバターが得た経験とスキルを持つ私とでは土台が違う。

 ご主人様より弱いと、ご主人様より強い敵が出てきた場合、最悪、ご主人様ごと殺されてしまう可能性がある以上、そもそもメイドたるもの仕えるご主人様より弱いとか論外です。


「いつか……こえて……やる……」


「でしたら、私がメイドとして仕えましょうか。更に強くなることができますよ」


「…………いい……自分で……強くなって……超えてやる」


 睨みながら宣言してきた。

 しかし、私としてはダンジョンの寵児と言われる夜天ネオさまは是が非でも仕えたい相手なんですがね。

 ここは古来の軍師よろしく、本丸を攻める前に、外堀と内堀を埋めていくことにしましょうか。


「……ん……。あ……そろそろ……「富士」と「青木ヶ原樹海」……ダンジョンの空間が……繋がる」


「では、そろそろ帰ります。また何かございましたら、オーダーを下さい」


「……分かった……冥王……次こそは……超えてやる……」


 ダンジョンの申し子とも言えるネオさまは、ダンジョン内の感知能力はずば抜けている事もあり、普通では感知できないような事まで知り得ている。

 最高難易度「富士」と高難易度「青木ヶ原樹海」は、近隣ということもあって、たまに空間が繋がるバグのようなものが発生する。

 だいたい「富士」側の上層が、「青木ヶ原樹海」の方に中層繋がっている感じだ。

 上層から中層に繋がるので、逆に遅くなると思われるかも知れませんが、富士側からは下山して移動の事を考えると、壁抜けを「青木ヶ原樹海」の方に出たほうが、時間短縮に大いに役立つ。

 タイム・イズ・マネー。

 メイドにとって時間とは黄金に匹敵するほどのことなのです。


 ネオさまに教えられた感知方法を使い、繋がっている場所まで辿り着いた。

 見た目は岩盤。触れても、岩の感触しか無い。

 しかし壁に触った状態で感知を最大にすることで空間の揺らぎ及び空間の繋がりを認識することで、移動が可能となる。

 私はこれぐらい手間がかがりますが、ネオさまは普通に歩く感じでやったりする。

 ――さすがダンジョンの寵児。是非にもメイドとして仕えて知り尽くしたい。


 ただの岩盤は水面のように揺らぎ出したので、私はその中へと飛び込んだ。

 空間移動はなんとも言えない感覚に陥る。

 おおよそ5秒も経ってない移動でも、乗り物酔いをしたような感覚に襲われた。

 クッ。メイドたるものこの程度で気分を悪くするなど、まだまだ修行足りませんッ。

 こういう時に限って無理をした場合、高確率でイレギュラーなイベントが起きる。私はリアルラックの低さはスキルガチャの際に散々味わったこと。

 酔覚ましの間、時間つぶしにダンジョンBBSで「冥王」……つまり私のスレを見ていたので、真実を書いたら嘘つき呼ばわりされた。


 反論を書き込もうとした時だった。


 ダンジョン全体が地震のように揺れた。

 ありえない。

 異次元に存在しているダンジョンは、大規模地震が起きたとしても影響を受けない。

 つまりダンジョンが揺れるということは、ダンジョン自体に何かが起きたということ――。

 天井に亀裂が入り、光と雷が無数に降り注ぐ。


「――ッ。何処のバカですか! ダンジョン上層部で、戦術級の広範囲術式を使ったのは!!」


 使用したバカに恨み言を念じながらも、降り注ぐ黒い光と雷は、ヤバイものだった。

 たぶん直撃すれば、数発で私の周りに展開している対物理・対魔力障壁を破壊しかねない。それほどの威力だと見た。

 普通、深淵クラス討伐でないと使用しないレベルの術式。

 舌打ちをした私は、自分自身の姿を変化させる。


 変化する相手は、レイラ・J・ドラゴン。


 慌てて周りに【END・THE・WORLD】を展開する。

 この術式は、攻撃にも、防御にも使用できることから、よく使用させてもらっていた。

 周りの世界の色が反転。

 降り注ぐ雷と光は、私に届くまでに消滅していく。――って、【END・THE・WORLD】で消滅させるよりも早く私に光と雷が届きそうになる!

 確かに【END・THE・WORLD】の消滅までは多少のタイムラグはありますが。なんて厄介なっ。


 ――降り注ぐ雷と光が収まる頃には、レイラ・J・ドラゴンの身体はボロボロになっていた。

 ため息を吐き、レイラ・J・ドラゴンから十六夜冥夜へと戻る事で、ダメージはリセットされる。

 あくまで先程の攻撃でダメージを受けたのは、レイラ・J・ドラゴンなので当然ですよね。

 視界がクリアーになると、先程の術式の威力が分かるように階層をぶち抜き、更に地上まで貫通していた。

 本来であればありえない地上の光が、ダンジョンに降り注ぐ。


「これ、一歩間違ったら、ここからモンスターが溢れてスタンピードの可能性があるじゃあないですか」


 ダンジョンには復元機能が備わっているらしいので、数日でも元に戻るでしょうが――。

 ただしダンジョンが破壊された以上、ダンジョンは元への回帰を優先させるでしょうから、モンスターの発生する可能性はだいぶ低いとは思いますが、想定していても想定外が起きるのがダンジョン。

 油断はできませんが、それはダンジョン省の役人たちの仕事なので、私には関係ありません。


 ただ、此処にいたことが発覚した場合、現場に居たのに何もしなかったと文句を言われたらたまりませんからね。

 念の為、感知能力を拡大して辺り一帯を索敵していると、生命反応が引っかかった。

 レイラ・J・ドラゴンに変化して【END・THE・WORLD】を使用した上に、ボロボロになるほどの高威力だった術。術者以外が生きているとは思えない。

 ひとまず文句を言ってやろうと思った私は、生命反応がある方へ飛翔する。


「――ぅ――――ぅ――――ぅ」


 地面に倒れていたのは、血塗れの女性だった。

 見た目通りの瀕死の状態。このまま何もしなければ、あと数分で間違いなく死ぬでしょう。

 本来なら自分自身の術式をコントロール出来ずに、どう見ても自爆して瀕死に陥るようなバカは、見捨てる所ですが――。

 私は「アカシック・レコード」で、瀕死の女性の可能性を見た。見てしまった。


「あは。あはははははは♪」


 私は歓喜した。

 こんな、こんなにも、面白い可能性を持つ人物をこんな所では見捨てる訳にはいかない。

 何が何でもメイドとして、このお方に仕えることにしましょう。

 それはメイド王を目指す私の糧に間違いなくなる!


 まずは日本政府やマスゴミから、この方の存在を隠さなければなりません。

 マスコミは兎も角、日本政府に渡したら、人体実験の末に人造人間へ改造されて兵器運用される可能性が高い。

 実際に私のメイドアバターの一人――冥土エクスマキナは、マッドサイエンティストに仕えたいという欲が強く、自らが人造人間へ改造を了承することの対価にマッドサイエンティストのメイドになっています。

 裏で冥土マキナの生体情報を元にした人造人間の量産が始まっているとの情報もある。

 ――人材が少ない日本において、人造人間の量産による戦力アップは願ったり叶ったりでしょうね。


 ただ気になることもある。冥土エクスマキナの人造人間へ至る改造技術情報を、冥土オルタナティブが回覧していたと他の私が言っていたので、冥土オルタナティブも人形ヒトガタの何かを造っているのかもしれません。

 まあ、そちらは気にしても仕方ない。オルタナティブはちょっと面倒くさいタイプの私でしたから気にはなりますがね。正直、「十六夜冥夜」に成り代わりたいという欲が理解できない。私達はほぼ同一存在だというのに……。


 とりあえず、破壊は私がしたという事にしましょう。

 怪しむかもしれませんが、それ相当の理由付けしたら大丈夫。日本政府には貸しも借りもある状況ですが、まだ貸しの方が大きい。

 「冥王」としての実績を考えると深くは追求してこないハズ。

 瀕死の女性をお姫様だっこをして、私はダンジョンを駆け上がった。

 途中、先程の術式によるダンジョン崩落に巻き込まれたパーティーを見つけた。

 捨て置いても良かったのですが、「アカシック・レコード」から得た情報によると、どうやらご主人様の因縁があるグループだったようで、助けを求められたので、御主人様の代わりに意識を失うほど軽く痛めつけておき、地上に出た際にダンジョン省職員へと引き渡した。

 あ、ご主人様は渡しませんでしたよ?

 下手に渡して治療という名の治験にされたらたまりませんからね。

 治療は私が自ら行いましょう。

 ご主人様の全てを識っているのは、仕えるメイドだけでいいです。



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