終幕 最高到達点
「冥、王、さま?」
思わず呟いてしまう。
待って。ちょっと待ってほしい。
もしも目の前にいるのが、都師匠じゃなくて、憧れの冥王さまだったとしたら、さっきまで、電気アンマを私にしていたのは、冥王さまってことに……。
〝あー、リンちゃん、顔、真っ赤だ〟
〝まあな。憧れの人に電気アンマされたら、そりゃあ赤くもなるだろうよ〟
〝――というか、本当にダンジョンにいるのは、冥王なのか?〟
〝ああ、信じられないけど、『月灯』が公式アカウントでも、怒鳴り散らしている状態だから、高確率でダンジョンにいるのは少なくとも『月灯』じゃあない〟
〝【月灯】:コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス〟
〝なんかbotと化してるのだが?〟
「■■■■■■」
オーガが咆哮すると、雷が天井に向けて昇っていく。
立ち上がったオーガからは黒色の雷を身体中に纏わりつかせている。
〝おいおい。マジかよ。ただでさえユニーク級なのに、進化までするのか〟
〝画面越しでも分かる。さっきまでと比べられないほど魔力が高まってる〟
〝これって『月灯』……いや『冥王』でも、ヤバイんじゃねーか〟
〝【月灯】:ふざけた事をぬかすんじゃねーぞ。進化してあの程度のヤツにオレが負ける理由ねーだろうがッ〟
息が苦しい。魔力濃度が一気に高まって、オーガの殺気も一段と増した。
目の前に冥王さまが居なかったら、失禁して失神いたかもしれないけど、冥王さまの前でそんな無様な姿を晒す訳には絶対にいかないわッ。
「このまま「月灯(オレ)」が相手をしてやってもいいが……。さっき「冥王」を呼ばれた以上、「月灯(オレ)」のまま戦闘すると、面倒くさい事になりそうだな。SNSを積極的にしていない「月灯(オレ)」なら、猪を斃すまでバレないと考えたんだが――。我ながら「月灯(オレ)」は七面倒だから……変わるか」
私の方を少し見た冥王さまは、左手を顔へ当てた。
すると冥王さまの身体全身にノイズが走り、姿はみるみる間に変化していく。
変化した姿を見て、私は言葉を失った。
その姿は、私が大人になった時に理想としている姿だったからだ。
〝これってもしかして「大人になった桜花リン」なのか〟
〝おお。スッゲー美人。しかも服装からも分かるナイスバディ――〟
〝【月灯】:……チィ。おい、馬鹿弟子。このコメントは見ているな。これから、冥王の行動を瞬きせずに刹那の瞬間も見逃すな〟
〝【月灯】:冥王は観察する事で、人物の最高到達点を観測して、それに対してメタモルフォーゼをする事が出来るんだ。くそ忌々しい能力だがな!〟
〝【月灯】:10位以上に上がる際には、冥王が化けた最高到達点である自分自身と戦わされる事になるんだよ。自分自身の同等ならまだしも相手は、自分の最高到達点だ。簡単に勝てる理由がねーよ! 本当に性格が悪いぜ〟
〝な、なるほどなー〟
〝冥王の二つ名の一つ『ワンランキング・ガーディアン』の意味が理解できた。一言。クソゲー過ぎませんかね?〟
「■■■■■■■」
オーガは、最高到達点の私の姿を見て吠えた。
「都師匠になれって言いたいの? なってほしかったら、まずは弟子の私を超えて見せないな。まあ、もっとも? この時点での私は都師匠の現役時代のランキングを超えて、日本ランキング7位。もう都師匠が手も足も出ないほどの実力がある私に、都師匠相手に手も足も出ない時点で、私を超えることなんて不可能だということが、猪頭には理解できないでしょうね」
〝【月灯】:だいぶ、面白いことを言うように、我が弟子ながら、成長するじゃねーか。ええ、おい!〟
師匠。都師匠。
言っているのは未来の、あり得るかかもしれない私で、今の私じゃあないですからね。
後で八つ当たりはしないでくださいよ!
そもそも冥王さまが観測した最高到達点の私は日本ランキング7位まで目指すことが出来るんだっ。
もっともっと成長して、あの私へと到達できるように頑張っていこう。
「月華流・月光華」
え……月華流? 聞いたことがない。
そもそも私が使う流派は斬華流。
〝【月灯】:――――。バカな。ありえないだろ。冥王のヤツ、何処まで……
都師匠はそう呟いた。
冥王さまの背後に白金銀に輝く円が現れると、そこに6枚の花弁が出現する。
その花弁1枚でも、今の私が持つ総容量の魔力を超えていた。
本当に私は、冥王さまが示した私へ辿り着けるのだろうか。
『月光華』を見た瞬間。それはかなり難しく感じた。
オーガと冥王さまは、ほぼ同時に前方へ跳んだ。
黒い雷。
白い閃光。
二色の光が、ドーム上の空間を縦横無尽に飛び回り、壁、天井、地面など、あらゆる所を破壊していく。
都師匠に見逃すなと言われたけど、今の私の動体視力だと、ただの光にしか見えない。
〝スゲー速いな〟
〝どっちが速い? カメラの性能もあるだろうけど、フレームレートが落ちて分かりづらい〟
〝五分五分か?〟
〝【月灯】:バカか。アレが五分五分な訳がねーだろ。圧倒的にバカ弟子が速い〟
〝【月灯】:オーガは全力で相手をしてるが、バカ弟子は遊んでやがる。――ほら、落ちるぞ〟
そう、都師匠が言った通り、黒い雷が地面へ落ちた。
土埃が舞い上がり、その中心地に居たのは満身創痍のオーガだった。斧を杖代わりのようにして、なんとか膝を折らないように立っている。
そのオーガの前に、光が舞い降りると、両手にそれぞれ魔力で出来た魔力刀を持つ冥王様が立っていた。
「よしっ。約10年前の殴られ飛ばされ、恐怖を味合わせてくれたリベンジも出来た。完!」
冥王様は魔力刀と『月光華』を解除して、オーガに背を向けると私の方へと向かってくる
その様にオーガは怒りを覚えたのだろう。
杖代わりにしていた斧を振り上げ、冥王さまに突進をかけようとした。
だが、それは叶わなかった。
振り上げた腕は肘の部分が切断されたようにズレ、腕は地面へと無造作に落ちる。
それがキッカケだった。
オーガの身体から紅い桜の花びらが、まるで吹雪のように舞い上がっていく。
「――ッッ―――――■―――■■」
声にならない悲鳴を上げながら、オーガ特有の再生能力を上回る花びらの連続攻撃を受け、オーガはついに崩れ去った。
残ったのはモンスターの核となる魔石のみ。
「私。これは斬華流・桜華の応用技。月華流・鮮血華。――やり方は、動画を見て復習しなさい。あ、スロー再生とか使うんじゃないわよ。あくまで動体視力を鍛えて、きちんと自分の目で見て、業を盗むこと。分かった?」
「は、ぃ」
約10年で、私はあの領域に辿り着けるのだろうか。
ううん。冥王様が、辿り着ける可能性を示してくれたんだもの。
そのゴールにたどり着くのが、困難極める道だとしても、努力はして近づいて見せる。
その決意をした瞬間。
ダンジョンが激しく揺れた。それはとても激しい揺れだった。
ボスのオーガを斃したことによるイレギュラー・ストラトスの崩壊の可能が思い浮かんだけど、冥王様は難しい表情をして周りを警戒している。
そして、その警戒は正解だった。
ドームの壁が壊れると、さっき冥王様が斃した同種のオーガが現れた。
それも複数体。100体。ううん、500体以上はいると思う。
壊れた壁から、私達を取り囲むように、殺気を放ちながら、近づいてくる
〝クソゲー過ぎるだろ〟
〝あの一体だけでも脅威だったのに、埋め尽くすぐらいの同種のオーガとか、ダンジョンがバグり過ぎ〟
〝勝ったと思って気が緩んだ瞬間に絶望に叩き落とす。シリアス神の呪いかな?〟
〝戦いは数が正義。歴史が証明してるんだよなあ〟
〝いやいや、確かに数は多いけど、相手にするのは冥王だぜ。なんとかなるだろ〟
〝でも、さっきと同じような黒い雷を500以上一気呵成に向かってくるのは、流石に冥王とはいえきつくないか?〟
「――……あの程度の相手が数を集めたところで烏合の衆。0にどれぐらい数をかけた所で0なのと同じ。でも、タイムイズマネー。もう、お前たちに時間をかけるのも惜しい。だから、お前たちの相手は、この姿でしてあげる」
そう言うと冥王さまは、都師匠から私へと変わった時と同じように、左手を顔へと当てた。
冥王様の身体にノイズが走り、再び姿が変わる。
変化した姿は、金髪のロングヘアー。黒いとんがり帽子を被り、魔女のような黒いローブを身に包んでいた。
その人物を私は知っていた。
ううん、探索者をしているのなら、姿または名前を一度は見聞きした事のある相手。
「アメリカランキング3位。「デストロイ」レイラ・J・ドラゴン……!!」
アメリカランキング3位ではあるものの、攻撃力の高さだけなら世界1位とも言われている女性だ。
歌のように詠唱を唱えていく。
そして私を護るように、透明なバリアが私を包むように張られた。
オーガ達は危険を感じたのだろう。
先ほどのオーガと同じように、身体に黒い雷を纏わりつかせると、まるで黒い雷の如き速さで、冥王さまへ一斉に向かっていく。
500を超える黒い雷が向かう先にいる冥王さまは、レイラ・J・ドラゴンの顔で笑みを浮かべ、一言、呟いた。
「END・THE・WORLD」
冥王さまを中心とした世界は反転。
全てが崩壊していく世界。
黒い雷に身を変えて向かっていくオーガも、身体が砕け、消滅していく。
バリアで護られているとはいえ、あまりの魔力濃度の高さに、私は意識を保てずに、そのまま意識を手放すことになった。
そして、次に私が目を覚めたのは、病院のベットの上だった。
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プロローグはこれで終わりです。
幕間をいくつかしてから次の章となります。
引き続き応援のほどよろしくお願いします
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