第5話 イレギュラー・ストラタム


「ハア――ハア……ハァ」


 思った以上にキツい。

 上層の4階層まで攻略を進めたのはいいけど、予想よりも体力が削られている。

 出てくるモンスターは、他のダンジョンとそれほど変化はないけれど、実力は下層に近い実力があるゆうで、4階層に降りた時点で少し呼吸が乱れていた。

 ――情けない。

 1000位以上を目指しているのに、この体たらく。

 当面は青木ヶ原樹海ダンジョンで、慣れていくようにしようかしら。でも、事務所が許可してくれるか怪しいけど、そこは九頭さんに任せよう。


「今日はもう少し――5階層まで攻略を進めて、引きあげようと思います」


〝初見かつソロで4階層まで進めることが出来た時点で偉いよ〟

〝リンちゃんは中学生なんだから十分十分〟

〝そうそう。大学生の4人パーティーでも、1階層でゴブリンの罠にハマって全滅寸前になったのは少し前にニュースで見たな〟

〝アレはちょっと問題になったヤツだから俺も覚えてる〟

〝あー、確かパーティーメンバーの一人が女性メンバーを無理やり殿にさせて、ゴブリンに輪姦させた隙に逃げたんだっけ〟

〝一応、輪姦された女性は救助されて無事だったけど、心が壊れて専門病院で治療中だったけな〟

〝確か助けたのって日本ランキング10位『冥王』って噂だったな〟


「冥王さま!!」


 チャットに冥王さまの名前が出たのは、思わず反応してしまう。


〝あ、リンちゃんは『冥王』のファンだっけ〟

〝正体不明。実際に会った相手は姿を記憶してもすぐに曖昧になる、徹底した隠密スキル〟

〝実力は一桁台って言われているけど、本人はランキングを上げる気がないみたいなのよ〟

〝『冥土の王』『冥土より這い出る者』『冥土送り』『ワンランキング・ガーディアン』〟

〝さっきの問題のパーティーで、無理やり殿にしたヤツは、『冥王』の制裁を受けて冥土へ送られたって噂〟

〝自業自得乙〟


 ああ、やっぱり冥王さまって素敵。

 昔、一度だけ助けられた事がある。

 どんな姿か思い出そうしても、どうしても姿が朧気になって思い出せない。姿以外は覚えてるんだけどね。チャットの言葉通り、何かしらのスキルか術式を使用とているからだと思う。

 表舞台に出る事がほとんどない人だけど、探索者として続けていき、実力を付けていけば絶対にまた会えるはず。

 私が探索者を続け、ランキングを上げる理由の一つだ。

 さっきチャットであった『ワンランキング・ガーディアン』というのは、1ケタ台のランキングに上がるためには、冥王さまと直接戦い評価を得る必要があると噂されていて、冥王さまに認められない限りは絶対に一桁台には上がれないという。

 だから、まずは1000位以上、次は100位以上、そして1ケタ台。

 強くなっていけば、絶対に冥王さまに会う!


「あ、次の階層へ下りる場所がありました。それでは5階層に降りていきます」


 ダンジョン移動は階段式となっている。

 基本的には螺旋状になっていて、上層から中層など移動する場合は、学校の怪談にあるような踊り場があり、そこがセーフティールーム扱いになっていた。

 下っている途中。


「ぅ、ん?」


 妙な違和感というか、何かが起こった?

 まるで何かが通り過ぎたような……いやな感じだった。

 慌てて5階層に降りると、そこは真っ暗で何もない。ゴーグルのライト機能で前方を照らしてみるけど、そこには岩盤もなく、ただ、ただ光を吸い込むような黒い空間が唯一広がっているだけ。

 何かが起きている。

 4階層に戻ろうとして後ろを見たところ、


「うそ。階段が、なくなってる?」


 後ろにあるはずの4階層へ上がるための階段がそこになくなっていた。

 スマホを見ても、チャットが止まっているようで、コメントが流れていない。

 この暗闇の中で、唯一あるのは、先にある出口のような場所――。

 ただ探索者としての直感が、危険信号を鳴らしている。


「……ヨルツーと約束したの。きちん、無事に帰るって。だから。ここにずっと居るなんて出来ない。先に進んで、少しでも帰還出来る可能性にかける」


 暗闇の中にある唯一の光の方へ進んでいった。

 光の先にあったのは、東京ドームのような拓けた場所だった。

 その中心地に黒いオーガが居た。


「■■■■■■――!!!」


 オーガ空間が振動するほどの大声を上げた。

 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 アレはヤバイ。

 今の私とでは実力が違いすぎる。まともに戦ったとしても、勝てるビジョンが全く見えない。

 もしも勝つ手段があるとしたらッ。

 師匠。ごめんなさい。約束を、破ります。


「斬華流・彼岸華」


 魔力回路を神経及び血管に強制接続。

 体全身に激痛が走る。

 身体の神経・血管に無理やり魔力を流し込んだ事で、表面からでも分かるぐらいに赤く光り、魔力が華のように身体から噴き上がる。

 この状態が、まるで彼岸華のようだと言うことで、この業は名付けられた。


 効果は全能力の一時的な強制向上。

 発動している間は常に激痛を伴い、終わった後もかなりダメージを負うことになる、ハイリスク・ハイリターンな業だけど、まともに戦っても目の前のオーガには勝てない。

 なら、私に残された手段は、自爆覚悟で最初から全力で挑み、0.1%以下の確率だろうと、それを引き寄せるしかない。


「斬華流・桜華」


 魔力で形成した大量の桜の華をオーガの中心として、桜吹雪を作り出す。

 これ自体はダメージを与えられる可能性はない。

 でも、目眩ましと魔力による気配遮断の効果はあるハズ。

 その隙に全力の一撃で、オーガの頸を斬り落とすっ。

 強化して足で前方へ向けて一気に飛翔。腕の全魔力を集中。頸の位置に向けて、刀を振った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る