第2話 メイド部
高天原学園素戔嗚分校の部活棟に構えられているメイド部。
去年設立されたばかりの部活である。
部長は中等部2年生の十六夜冥夜先輩。
メイド部は部員数が少ない割に、教室と同じ広さの部屋が与えられていた。
聞いた話では十六夜先輩が生徒会に入るのを条件にして手に入れたらしい。
私――
理由はテレビで流れている映像。
『ごめんなさいね。貴方のような低ランク探索者よりも、私にはダンジョン省に務めるエリートがお似合いなの』
『もう30半ばで2万位代とか、お前には才能ないよ。辞めちまえ。ああ。自分からは辞められないなら、俺が辞めさせてやるよ』
『……』
『はい。これでお前の探索者としてのデータは全消去されましたぁ』
『クスクスクス。これからコンビニのアルバイトにでも励むのね』
たぶん今、日本で一番流れている映像だろう。
どうやらダンジョン省のエリートさまが情報抹消したのは、日本ランキング8位の人らしい。
……あの人、2人の位置からは顔を俯かせて手を膝の上に乗せて身体を震わせていたので、屈辱に震えていたように映っていたことだろう。
でも、私から見たランキング8位の人の姿は、必死で笑いを堪えている姿であった。
「まーちゃん。上手く撮れているから自信を持って!」
笑いながら私にそう言ってくるのは、
褐色の肌。メイド服は着崩しているけど、下着が見えそうで見えない。
ギャルっぽい人で、高天原学園素戔嗚分校中等部3年生。メイド部副部長。
「……楽しそうですね」
「YouTubeに投稿されているアニメ形式のスカッと系作品が現実で見られるなんて――グッジョブ!」
「全然グッジョブじゃあないです」
顔を上げて一色先輩に抗議をする。
本当に大変だった。
この事件があったレストランで、撮影したのが私だというのは直ぐに発覚。
警察庁の人、ダンジョン省の人などなどに、取調室で事情を聞かれる羽目になった。
正直、何日か勾留されるぐらいの威圧感があったので、留置場で泊まることになる覚悟していたけど、『冥王』って人が口添えしてくれて、私は二時間ほど簡単な聴取を受けただけで無事に開放された。
『
苦言を呈してきたのは、私にしか見えない幽霊、或いは亡霊、名前は冥土サタン。
どことなく十六夜先輩に似ている少女である。
私の想像だけど、もしかしたら十六夜先輩のご先祖様なのかもしれない。
件の事件が起きたレストランは、十六夜先輩が紹介してくれたアルバイト先だった。
時給が高く真っ当な仕事だったので、苦学生の私には大変ありがたく、紹介してくれた十六夜先輩に文句をいうつもりは毛頭ない。
まさかあんな目に遭うなんて想像できない。
更に頭を悩ましている事が一つあった。
『そのメイド服――何処かで見たことが……。もしかしてだけど十六夜冥夜って子を知ってたりする? え。学校の先輩? そ、そっかー。なあ、チップをやるから今日の事は十六夜のヤツに言わないでくれ。アイツとは顔見知りで、知られると気まずいんだ。頼むよ』
ランキング8位の人は両手を合わせ拝むように頭を下げてきた。
この時、サタンが『チップ貰えるんだから受けたほうがいい。ううん。絶対に受けるべきっ』と力説してきたこともあり、私はチップという名の口止め料を受け取ることにした。
その金額1億円。
ジュラルミンケースには一万円札がびっしりと詰められていた。
絶句して固まっている私を他所に、ランキング8位の人は念押しをして去っていった。
『倍プッシュ! 倍プッシュッッ。10位以上のランキング保持者が口止め料込で一億とかちゃんちゃらおかしい。せめて10億……100億は払わせないとっ。どうせ何か企てているから、
そんな私にサタンは去っていくランキング8に指を指しながら言ってきた。
当然。そんなことが出来る訳もない。
そもそもチップって言うから、1万円ぐらいを想像していたのに、いきなり1億円。
中学生である私がフリーズしても仕方ないよ――。
渡してきた相手はランキング8位の人なので、怪しいお金じゃあないと思うけど、1億円という大金は怖いこともあり、ジュラルミンケースは十六夜先輩から教えられたスペル「マイ・ルーム」という、私物を保管する空間部屋に放置してある。
「……あの、一色先輩。なにかオススメのアルバイトはありますか?」
「? ヨルヨルが紹介してくれた例のレストランがあるのに、まだ増やしたいの?」
「そこのアルバイトは辞めました」
「えー、勿体ない! 時給もヨルヨルが紹介してくれたこともあって、通常より500円ほど高かったって聞いてたけど!! もしかして、今回の件で責任取らされた感じ? まーちゃんは悪くないよ! ヨルヨルに相談して抗議してもらおうっ」
「ち、違います。自分から辞めたんです」
動画撮影をしていたのも、ランキング8位に記念撮影だと頼まれたからで、好きで撮ったわけじゃあない。
一応、動画撮影をする際には、店長からも許可は取っていた。
……でも、それはそれ。これはこれ。
大騒ぎになった一因は私にあり、どうしてもあのままレストランでアルバイトを続ける気にはならなかった。
辞めるときには、逆に店長にも謝られた上に最後の給与には色をつけてくれると言われた。
流石に悪いと思って断ったけど、十六夜先輩の紹介ということで断固としてそれだけは譲れないと言われて、私はしぶしぶと受け取ることにした。
――ほんとう、十六夜先輩って何者だろう。
ランキング8位の人と知り合いだったり、高級レストランの店長と知り合いでアルバイトを紹介してくれたり。
聞いたら答えてくれると思うけど、この世には知らないほうがあるということを私は知っている。
十六夜先輩が教えてくれるまで、私から十六夜先輩に聞くつもりない。
「うーん、紹介は出来るけどさ。あたしが紹介出来るのは、アングラ系バイトだけだよ。流石に強盗や殺人みたいな完全に法を犯すようなものじゃないけど、まあ、グレーゾーンみたいなヤツ? そんなのまーちゃんはイヤでしょ」
「……はい」
「でしょ。だから、きちんとしたアルバイト探したかったら、ヨルヨルに頼んだほうがいいよ。――高天原学園の求人メッセージグループもヤツは、学校が許可しているものだけど、3割ぐらいでアングラ系の物が潜んでいたりするから注意するんだよ?」
「え。そう、なんですか?」
「そうそう。高額報酬や高時給を書いているのなんてなんてモロにそれ。まーちゃん。どうしてもお金稼ぎたかったら、ダンジョンに潜ったほうがいいよ。中層まで潜れるようになったら、3時間で1万円ぐらいはいけるんじゃない?」
「ダンジョン……」
「あ、まーちゃんは中学1年だから、ダンジョン実習はまだなんだっけ」
「はい」
ダンジョンに潜れるようになるのは、学校によって潜れる時期に違いがあるけど、素戔嗚分校の場合は9月以降。
潜るダンジョンは、分校内にある中層までしかない初心者向けのダンジョン。
9月まではダンジョンに関する知識や体育で体力作りをして、それからダンジョンに潜る形になっている。
「ダンジョン実習の際は、女子の場合はAV鑑賞があるからね♪」
「え。AV?」
「そうそうゴブリンやスライムなどのモンスターに犯されるヤツ。あたしの時は泣き出したりゲロ吐く同級生がいたなあ」
「……それ。必要なんです?」
「必要必要。聞くと見るじゃあだいぶ違うかねー。若い内に見させておくことで、ダンジョンを潜る際に慎重になるたんだってさ。結果、ダンジョンで女性が遭う性的被害は減ったと聞いたよ」
「そうなんです、ね」
ううう、そんな事があるなんて――。
泣いたり吐いたりする人があるぐらいだから、結構、リアル寄りなんだよね。きっと。
見ないといけないんだろうけど、きちんと見られる自信がない。
「あ、ヨルヨルからメッセージだ。今日もメイド部には顔を出せなんだって。ヨルヨル、ここ数日は忙しそうだね」
「はい。学校にも来てないみたいですから……」
「ま、ヨルヨルが来ないのなら、メイド部にいても仕方ないか。あたしは麻雀部のヘルプに呼ばれてるから、そっちにいくけど、まーちゃんはどうする?」
「――私は帰ります」
「よし。じゃあ部室の締め作業を宜しくね♪」
「はい。それじゃあ、一色先輩。また、明日」
「また明日ねー」
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