第3話 昇位試験


「ランク10。ナイトメア・オーガ。討伐タイム45分20秒」


「ランク11。剣威龍デゥガルス。討伐タイム32分44秒」


「ランク8。フォトン・パラディン。討伐タイム1時間58分」


「ランク8。フォビドゥン・パペット。討伐タイム1時間5分」


 スキル「万華鏡」により創り出した分身体から報告が届く。

 このスキルは、「アヴァターラ」と異なる形での分身体を創り出す事が出来る。

 メリットとしては、起点となる私の自由意志で消すことが可能で、一部の感覚を共有する事もできること。

 デメリットとしては、「万華鏡」で創り出した分身体が使用するスキルやスペルの消費は全て私持ちとなること。あとは最大で創り出せる数は4体が限度というのも該当するかも……。


 目の前で繰り広げられるランク11に該当するパラドクス・スライムと戦いを見学しながらため息を吐く。

 ここ数日、ずっとずっとずっとランキング昇位戦を監督する羽目になっていた。


 原因はつい先日に起こったランキング8位がダンジョン省の職員により登録抹消された1件。

 いや、正確に言えばそれがきっかけだったと言える。

 雑誌「文秋」がスクープと称してダンジョン省が行ってきた不正行為を大量投下。

 それはまるで小火にガソリンを投下した大火にするようなものだった。

 結果。ダンジョン省は上から下にかけて対応に追われ、責任をとってダンジョン大臣は更迭された。

 現在のダンジョン大臣は空いている状態。

 後任は議員から選ぶか、ダンジョンのことに詳しい現役ランキング上位探索者を選ぶかで紛糾していると聞いた。

 まあ今回の1件で、内閣支持率も危険水域と言われる30%を下回り19%となったので、下手な人物を選べないという政治的理由が大きいようだ。


 正直、中学生かつメイドが主職の私にとって政治のごたごたは関係ないと思っていたけど、すぐにその考えは甘いことを思い知らされた。


 今回のダンジョン省のゴタゴタで、昇位試験の判断基準が少し甘くなっているようだ

 気持ちは分からないはないよ?

 何回か昇位試験の監督をしたけど、適性審査項目が多すぎるっ。

 ダンジョン省の職員からすれば、今回のランキング8位登録抹消事件や文秋砲で大火事になって混乱している状況で、いつものようにキチンと審査なんて行えないというのが本音だろう。


【ダンジョン省がゴタゴタしている事から昇位試験が受かりやすくなっている】


 そんな情報がXYZで呟かれたのだから、真偽は兎も角として昇位試験を受けようとする人たちが大量発生。

 どれぐらいの規模かというと、ここ2日ほどは、私と私のメイドであるヴィシュヌが「万華鏡」を使用して、自身と合わせて最大人数10体をフル使用していた。

 それも私に任されているのは、深層以下のモンスター討伐を主にした500位以上のランキング保持者だけでこの状態。

 本来なら素戔嗚分校に行く分ぐらいのソリースは残しているのだけど、それすら出来ない!


 ……なんで私がこんな苦労しないといけないんだろう。

 メイドたるもの受けた依頼はきちんと遂行してこそだけどっ。

 ダンジョン省の昇位試験課の人たちに引くぐらいの土下座されて、私への正式依頼書を提出されたけどっ。

 まあ、どんな依頼でも受けた以上は、基本的にはいつもと同じように適正審査をする。

 メイドですからね。手を抜いたりはしませんよ。

 他の人達が甘くなっている分、少し厳しくしてバランスを取っているぐらいまである。

 しかし、私だって多少は審査基準が甘くなる場合はある。


 日本ランキング426位。獄門ごくもん煌龍こうりゅう

 日本ランキング459位。獄門ごくもん影雫えいな


 そう。メイド部の今年入った新入部員、獄門ごくもん黒桜まおうの兄姉。

 後輩の兄姉となれば、多少なりとも甘くなるのはメイドとして仕方ないことでしょう。

 とはいえ、あまり甘みしすぎて実力以上のランキングに上げるのは、誰にとっても得がないので、その辺りはきちんと審査しますけどね。


 ただし、今回は相手が悪すぎる。

 パラドクス・スライム。

 難敵の中の難敵。

 曰く「奈落級に厄介な深層級モンスター」と言われていた。

 身体は硬くて軟らかく。速さは素早く鈍く。攻撃は重くて軽い。などなど、二律背反の特性を持つスライム。

 昔、スキル取得のRTAをする際には、このモンスターは避けて潜るようにしていたぐらいだった。


「煌龍!!」


「ぐがぁぁッッ」


 パラドクス・スライムは、体当たりをして獄門(兄)を壁へと突き飛ばした。

 ……戦闘開始からそろそろ1時間が経過する。

 基本的に、私は試験を受ける人がリタイアしない限り手助けはできないのだけど、命が関わる場合は緊急事態として手助けは可能となる。その場合は、討伐不可扱いとなって、討伐成功した場合と比べても順位は上がりにくい。


 壁に打ち付けられた獄門(兄)は、地面に倒れたるも、直ぐに立ち上がりパラドクス・スライムを睨みつける。

 獄門(兄)の気配が変わり、魔力が今まで比べ物にならないほどに大きくなっていく。

 これは――もしかして。黒桜から聞いていた獄門(兄)のスキル。


「ォォォオオオグォォォォォ!!」


 獄門(兄)の身体は輝き、その光が収まると、そこには僅かにグレーがかった白銀色の巨大な龍が出現した。

 スタープラチナドラゴン。

 数多観測されているドラゴンの中でも、ランク8に該当する強力な個体として知られていた。

 黒桜から龍に変化するスキルだと聞いていたけど、割と当たりの部類だね。

 モンスターに変化するタイプのスキルは、一対になっていて、対応しているモンスターにしかなる事ができないというデメリットがあり、当たり外れの大きいスキルでもあった。

 因みに私は【メタモルフォーゼ】を使用することで、ほとんどのモンスターに変化する事はできますけどね。


 スタープラチナドラゴンは、口を大きく開けると、口内に魔力が収束されていき、溜まり切ったところで青い白銀色のブレスを放った。

 ブレスはパラドクス・スライムを巻き込み地面を削りながら爆炎を上げていく。

 さすがランク8に位置するドラゴン。ブレスも強力である。

 ――ただし、相手が悪かったね。

 これが他のモンスターなら決着がついてもおかしくない攻撃だった。


「そんなっ。煌龍のブレスの直撃を受けて――無傷?」


 爆煙の中から飛び跳ねながら、ノーダメージの姿を現した。

 パラドクス・スライムの攻略方法は幾つかある。

 簡単なのは私が持つスキルの一つ「鎧通よろしどおし」のような貫通系スキルで対応すること。

 貫通系スキルは防御や魔術障壁を突き抜ける効果があるので、硬くなったり軟らかくなったりするパラドクス・スライムには有用となっている。

 しかし都合よく貫通系スキルを持ち合わせている事はほとんどない。

 その場合は、硬くなる現象を+、軟らかくなる現象を-と、それぞれを表した場合、±0の時に攻撃を与えれば斃すことが出来る。

 実際、スキルRTAの際には、その方法で何度も斃した。

 まあ、あの頃はまだまだ未熟で、±0となる時点を感知する事に手間取り、ムダに時間消費をしていたのは、良くも悪くも思い出にはなっている。


 パラドクス・スライムは膨張して、スタープラチナドラゴンと同じぐらいの大きさにまでなった。

 一歩後ろに下がりそうになったスタープラチナドラゴンだったが、パラドクス・スライムを睨みつけると雄叫びを上げて殴りかかる。

 骨が砕ける音が響いた。

 殴りつけ硬さのあまりに骨が砕けた拳を庇いながら、スタープラチナドラゴンは後ろへ下がろうとする。

 その隙をパラドクス・スライムは見逃さない。

 飛び跳ねたパラドクス・スライムは、そのまま落下してスタープラチナドラゴンを押しつぶした。

 そして個体から液体へとパラドクス・スライムは変化させ、スタープラチナドラゴンから煙が上がった。

 ……どうやら押しつぶしつつ溶かすことにしたようだね。

 獄門(姉)が必死でパラドクス・スライムを、スタープラチナドラゴンから除けようとしているけど、除けるほどの火力は出せれていない。


 ……ここまでだね。

 これ以上はスタープラチナドラゴンに変化している獄門(兄)が死にかねない。

 せっかく出来たメイド部のかわいい後輩が悲しむ姿は見たくなかった。

 物陰から出た私は、拳をグーにしてパラドクス・スライムを殴りつけた。


開闢終焉流かいびゃくしゅうえんりゅう 大太だいだら


 日本各地に伝承として残る巨人・たいだらぼっちの名を冠した業だ。

 パラドクス・スライムは、万力に押されたかのように突き飛ばされた。

 開放されたスタープラチナドラゴンの皮膚は、プラチナ色の皮膚は剥がれ赤く腫れ上がっている。

 そして変身した時と比べて淡い光を放つと、ドラゴン形態から人間の姿へと獄門(兄)は戻った。


「煌龍! 煌龍! 大丈夫っ」


「あ、ああ」


「良かった。良かった! あ、あの、ありがとうこざいます」


「昇任試験監督官として当然のことだから、あまり気にしないで」


「――え。貴女が、監督、官?」


 獄門(姉)は驚いたような表情を見せてきた。

 まあ、姿を見せた際に驚いた表情をされているのは慣れているからいいよ。

 私は「マイ・ルーム」に保管してあった「世界樹の雫」を、二本取り出して獄門(姉)に渡した。


「ポーションをどうぞ。体力やダメージを全回復してくれるものだからグイっとどうぞ」


「あ、いえ、そんな高価な物は、受け取れませんっ」


「気にしないでください。これは試験官としてサービスだとでも思って……。あ、他の監督官も同じようにしてくれるとは思わないようにして下さい。あくまでメイドとしてサービスですからね」


「わっわかりました」


 頷いた獄門(姉)は、ビンの蓋を開けて気絶している獄門(兄)に先に飲ませると、次に自分が飲んだ。

 これで2人は大丈夫として――。

 私はさっきから殺意を向けてきているパラドクス・スライムへ向き合った。

 どうやら食事を邪魔されて怒っているようだ。

 大きくしていた身体を、今度は全高1メートルほどの大きさへと変えてきた。あの身体の大きさだと、ただの大きな的だと察してのことだろうね。


 まあ、そんな事をしても無駄なのだけど?


 パラドクス・スライムまでの移動時間を飛ばし、傍から見れば一瞬で移動したように見えただろう。

 なんとなくパラドクス・スライムも、一瞬で目の前に現れた私に驚いているような気がした。まあ顔がないので想像だけど。

 スキル【鎧通】を発動して、掌の魔力を込めパラドクス・スライムへ打ち込む。


開闢終焉流かいびゃくしゅうえんりゅう 天崩瓦解てんぽうがかい


 パラドクス・スライムの身体に亀裂が入り、音を立てて砕け散った。




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