閑話2 不可能を可能に、不可逆を可逆に


 どうしてこんなことになったのでしょう……・


 私――悪子は後悔していた。

 そもそもメイドになりたいというのは小学生の戯言と聞き流し、無理難題を言い渡して諦めさせるつもりだった。


「どうかな」

「これなら私でも色々な」

「ご主人様、或いはお嬢様に仕えて、経験を得ることが出来るよね」


 悪子の前にいるのは三人の十六夜冥夜お嬢様。


「……えっと。お嬢様? 一応、念の為に聞きますが、姉や妹ではないですよ、ね」


「うん」

「違うよ」

「そもそも十六夜家の子供は私だけだもん」

「隠し子とかいたら、お父さんとお母さんが、戦争しちゃうかもね」

「(笑)」


 いやいや。笑い事じゃないですよ。


「どうして、こんな事に――」


「だって、悪子がいったじゃん」

「人の一生で、メイドとして仕えるのは精々数人。この人だと決めたら一人だけかもしれない」

「たかだか、それぐらいの経験しかないメイドがメイド王って言えるのでしょうかってさ」

「それを聞いて私もその通りだと思ったんだ」

「千差万別。色々な人があるのに、数人に仕えた程度の経験でメイド王って名乗ってもね」

「誰も認めないよ。私自身もそんな俄メイドは絶対に認めないもん」

「だから、改善するためにダンジョンに潜って分身のスキルを会得したんだ」

「ちょうどスキル改造系のスキルも得ていたから、自己流にちょっと弄っちゃった」

「ねー」


 小学生がダンジョンに潜ってスキルを会得した?

 確かに魔法使いによって生み出されたダンジョンに潜れば、スキルという恩恵を受けることも出来ますが……。

 このお嬢様、さては誰にも気づかれずにダンジョンに、以前からダンジョンに潜っていましたね。

 基本、日本では特別な許可がない限りは中学生以上になってから、ダンジョンに潜る事ができるようになる。

 ただし両親の許可、万が一に備えての遺書ならびにダンジョンで起きたことに対しては全て自己責任という同意書を書かされることになる。

 ただ犯罪が起きて、被害者、加害者に分かれる場合はその限りではない。

 実際、女性をダンジョン内で襲われ犯されるという性犯罪の数は、どの国でもそれなりに起きている事案であった。

 多少、頭がアレな子でも、小学生の女児ですからね。

 ダンジョンには潜らないように注意をしておかなくては――。


「それで、誰が本体ですか」


「? 偽物なんていないよ。この私達は全員私だもん」

「全にして一。一にして全」

「一度創り出したら、消えることはないからね。殺して、火葬でもすれば。骨と灰になって消えるけどさ」

「(笑)」


「……――つまり、お嬢様がしているのは影分身などではなく、実態のある、分身、つまりは同一複数体のアバターということでよろしいでしょうか?」


「まあ、そんな感じ」

「悪子には感謝しているよ」

「アドバイスのお陰で、メイド王に一歩近づけた」

「「「ありがとう」」」


 え、待って下さい。

 この頓珍漢な行動の責任って私になるんですが?

 いやいやいやいや。冗談じゃあないですよ。

 こんな事をお嬢様の両親に知られたら、私の監督不行き届き間違い無しの大失態。

 これは――なんとしても断念させないといけませんね。雇われメイドの評価のためにも!!


「お、お嬢様、確かに分身することで、様々な経験を得られることは大変素晴らしいです。ですが! メイドたるもの、誰が見ても主人と信じてしまうほどの変装術も必要不可欠の技能です。例えば自由の行動が制限されている主が、自由時間を得るためにメイドとして主の身代わりになる必要な事態がでてくる事があるかもしれないでしょう。お嬢様が目指されているメイド王たるもの、その程度の事は出来なければなりません」


 私はメイド王を目指していないモブメイドなので、そんな事は出来ませんが。


「なるほど……」

「確かに悪子がいう通りだね」

「メイド王の道は厳しい。それでこそやりがいもあるってものよ」


 冥夜お嬢様はうんうんと頷くと、どうするか話し合うようだ。

 小学生のお嬢様が出来る変装なんてたかだかしれていますからね。

 そう、私は油断していた……。

 冥夜お嬢様の行動力とその才能を。



……

……


 一ヶ月が過ぎました。

 お嬢様は特に変わった様子もなく、――、いえ、あれから私の前には基本的に一人の冥夜お嬢様しか見ていないので、他の冥夜お嬢様がどのような行動をとつているか預り知らぬことです。

 私の見ているお嬢様に問題なければいいのです。

 他の冥夜お嬢様は自力でどうにかできるでしょう――。たぶん。


「冥夜、お嬢様。ただいま、戻り――ッ」


「チィッ。これだから愚妹は。遅すぎるんだヨ」


「ぅっ、悪、子」


 買い物から帰り、リビングへ行くと、そこにはソファーに座って踏ん反り返っている王佐おうさ悪事あくじがいた。

 私の実兄。性格は終わっていて、アレの妹であることが恥辱と感じるレベルで私はアレを嫌っている。

 そもそも王佐一族自体が、人格破綻者の集団。

 常識があるのは私ぐらいしか無い。

 悪事が私の仕事場にいる時点で吐き気を催すぐらいイヤだほというのに、その横には首輪を付けられて無理やり奉仕されている冥夜お嬢様がいる。

 私の中でキレた。


「死ネ。愚兄ガ」


 太ももの所にあるベルトに装着しているナイフを取り出し、愚兄へ向けて斬りつける。

 愚兄は嘲笑すると、足を床に叩きつけると、衝撃が私の顎を蹴り上げたのである


「悪子っ!!」


「全く――手癖が悪すぎるだろ。実兄に殺す気満々で一撃を喰らわそうとするとは」


 魔力を一瞬顎の所に集めて防御したから、ほとんどダメージはない。


「悪事っ。お嬢様に何をした!!」


「ハハッハハ。おいおい、お前のメイドは、主に羞恥プレイを強要するとはっ。とんだ駄メイドだ」


「あ゛あ゛」


「ほら、お前のメイドが教えてほしいと言ってるぞ」


「――私は悪事さまに、男性ご主人様に対する、媚び方、悦ばせ方、奉仕のやり方を、実践で、教えてくれました」


「……キマ、マァァァァァ」


 殺す。この男だけは塵芥にして殺す。

 正直に言って悪事のほうが戦闘技術は私よりも2つぐらい上。

 しかし、だから言って仕えるお嬢様をキズモノにされたのですから、命を掛けてでも、この男を殺す。

 それがメイドとしての矜持。

 一歩を踏み出そうとした時だった。

 パァァァァァンと、手のひらを叩く音がした。


「はい。そこまで!」


 リビングにある倉庫の扉から、冥夜お嬢様が現れた。


「チィ――。これ以上はガチの殺し合いに――なりそうだから、仕方がないかぁ」


 悪事の身体にノイズは走ると、身長は縮み、冥夜お嬢様へと姿を変えた。

 鎖付きの首輪を付けられていた冥夜お嬢様は、ため息を付くと自ら首輪を外す。


「ねえ、私。なに、あの演技? ゼロ点だよ」

「悪子が激昂してなかったら、違和感がありすぎて、即バレするレベルだったね」

「いやいや。恥ずかしいセリフを言わせようとしたのは、私じゃん! あんなセリフを真面目に言える訳ないからね。まだ小学生で、純真無垢な乙女だよ」

「言わせたのは、私じゃあなくて、悪事って人だし」

「まあ、私の学芸会以下のドブのようなクソ演技を目につぶれば、悪子は実際に自分の兄と認識していたし、そっちは問題なしかな」

「ひどいっ。そもそも私達はほぼ同一なんだから、私を貶めるってことは、自分を貶めているってことだからね」

「「いや、あんなクソみたいな演技より、上手にできる自信はいる」」

「はぁぁぁん? 言ったな! そんなに言うならやってみてよ。私の演技より上手な演技とやらをさ」


 呆気に取られている私を置いてきぼりで、団栗の背比べ並みに下らない喧嘩をする三人の冥夜お嬢様……。


「あ、の! 説明をお願いできますか?」


「ああ、うん。いいよ」

「一ヶ月前に悪子が変装術って言ったけど、普通の変装術なら小学生の私にはできない事が多いじゃない?」

「で、変化術を覚えてみたけど、それだとガワしか変化出来なかったんだよね。悪子のオーダーからは程遠かった」

「そこで国内最高難易度ダンジョン「富士」「御嶽山」「川原毛地獄」「恐山」などに連日潜って、スキル漁りをしたんだよ」

「最高難易度ダンジョンってスキル習得系アイテムが出やすいから、スキルを得るなら最高難易度ダンジョン一択」

「まずは100人から始めたけど――。繰り返し一ヶ月潜って、ようやく目当てのスキルを得ることが出来たんだぁ」

「私ってリアルラック低すぎ、ダンジョンのドロップ渋すぎで、イライラしてたけどね」

「最終的には1000人を超えてたね。私」

「増えた私の一部は、せっかくなので探索中に空間系スキルも得た事もあって、異世界に送ってメイド修行をして貰うことにした」

「異世界じゃないと、エルフとかドワーフとかドラゴンとか魔王に仕える経験は積めないからねー」


 理解が追いつかない。

 え。私が、おかしいのでしょうか。いやいや、おかしいのは冥夜お嬢様の方な、ハズ、たぶん!


「それで苦労した末に得たスキルは、中二御用達のロマン溢れる「アカシック・レコード」」

「この「アカシック・レコード」って初見では罠過ぎるスキルでね?」

「発動した直後に、膨大な情報が脳に直接注がれた挙げ句に脳が溶けて、私は死んだ」

「(笑)」

「いや、笑い事じゃあないよ。「アカシック・レコード」を制御するために、50人ほどの私が「死んだ」んだからね」

「必要な犠牲だった。メイド王への道は所詮血塗られた修羅道」

「まあ、それはいいよ。私達の中で誰か一人でも十六夜冥夜が生きていれば、私という個は生き続けるから問題ないしね」

「で、この術式はね。「アカシック・レコード」で対象の人物のデータを観測して、私自身に投影するの」

「投影した人物は、基本的に、性格・行動は元々の投影した人物のものとなる」

「私が介入すると、どうしても本人とズレが発生するから、仕方ないね」


 笑って経緯を話すお嬢様方。

 え、なに、このバケモノ。

 メイドして、使用人として、仕える主にそう思うのは間違っている事ですが、この少女は真正のバケモノで怪物。

 とりあえず、これ以上の進化をさせないよう、ここは絶対にできない事を命じなければ。


「ふぅ。流石です。それでこそ冥王――メイド王を目指されるお方だけはあります。……ところで、漫画やアニメなどのキャラを、先程のような形で出来ますか?」


「え。できないよ」

「あくまで実在している人物の記録を観測して投影する術式だもん」

「そもそも漫画やアニメのキャラに成り切る必要はないよね?」


「甘いです。お嬢様方、今の貴方は、砂糖の750倍甘いと言われるスクラロースよりも甘いです。例えば仕える主が、JO◯Oの空条◯太郎のスター◯ラチナのオラオラオラオラオラオラを受けてみたいとか、ドラゴ◯ボールの孫◯空と闘ってみたいとか、スレ◯ヤーズのリナ=イ◯バースが行使するドラ◯スレイブ、またはこの素◯らしい世界に祝福をのめぐ◯んが使用する爆裂魔法エクスプロージョンを見たいとか、その他数々のなろう系最強主人公たちと会いたい、戦いという願いを無碍にするつもりですか!!」


「それは……」

「でも、実際にいたら、かなりヤバイ人だよ。現実と空想の区別がついてない。牢獄のような病院に無理やり入院させるレベル」

「うーん、でも、悪子は小学生の私に仕えているんだから、私ももしかしたら、小学生以下に仕える可能性は大いにあると思う」

「確かにっ」

「サンタクロースを信じるレベルの子どもの夢を無下にはできないか。仕方ないか。これもメイド王を目指す試練の一つ」

「子供ならいいけど、大の大人が言ってきたら引く覚悟はある」

「まあ、ご主人様が言ってる不可能とも言える難題を可能にするのも、メイドの職務の内だからね」

「メイドたるもの「不可能を可能に」「不可逆を可逆に」。これぐらいは成して見せましょう」



 その後、冥夜お嬢様は僅か一週間足らずで創作キャラに成り切るという荒業を完成させてきた。

 ただし現実に落とし込むに当たり、世界のルールに合わせる関係で、本来の性能の5割から7割り程度とか出せないとのこと。

 勿論、一概には信じなかった私に対して、太平洋上に連れて行かされた挙げ句に、良くネット掲示板で議論されている最強キャラランキングジャンル別(アニメ・漫画・ラノベ・映画)の争いを見せられることになった。

 その天変地異との言葉すら生ぬるいバトルを見せられた私は――


 冥夜お嬢様が恐くなって、お嬢様の元から逃げ出した。


 ただメイドとして職場放棄したわけではなく、きちんと、冥夜お嬢様を言い包めた(メイドたるもの自分自身のことは自分でしなくてどうしますか等と言い)末に、ご両親の鉄心様、羽衣様の元でお二人のサポートをする形となりました。





*-*-*-*-*-*-*-*-*


■メイドアバター

 十六夜冥夜が生み出した分身体。

 影分身と異なりそれぞれが存在している事から、消すには物理的に殺すしか無い。

 あまりに多く創ってしまったため、異世界に送っているアバターも多くいる。

 また無数のアバターの中には、バグか不明だが、メイドよりも父親であり武器職人である鉄心、母親であり防具職人である羽衣、それぞれ両親のような職人になりたいと強く思いアバターも発生しており、そういったアバターは腕を磨き、冥夜やメイドアバター達へと品物を供給している。

 因みに冥夜が凛に与えた防具も、アバターの一人が作り出したものであった。


 十六夜冥夜のアバターは、それぞれ微妙に性格異なったりすることもあり、分身体には「冥土◯◯」と名前をつけて、区別をするようにしている

 なお重複は冥夜が許可していないため、後から生み出されるメイドアバターになるほど名前が適当になる傾向があり、何かしらの理由で亡くなった場合のみ、その亡くなったメイドアバターの名前を他のメイドアバターが名乗ることが出来るシステムになっている。


 数多のアバターを創り出すことで、数多のスキルと圧倒的な経験を得ることが冥夜は出来たが、数多のアバターを生み出してしまった弊害で、自分自身に対する死は鈍感となった。


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