第5話 不審者
「メイド?」
「はい」
なんでメイドが私の部屋にいるの?
そもそも見た目は日本人なのに、冥土シヴァってどう考えても偽名だ。
「色々と聞きたい事はあるけど、どうして私の部屋にメイドがいるの?」
「メイドですからに決まっています。あ、もちろん冥無さまのお父様からの許諾は得ています」
「アイツが……許可したっていうの?」
「はい」
「出てって!」
よりにもよってアイツの差し金とか最悪だ。
私の父親、九頭龍九鬼。
日本最大最強とも言われているヤクザ『建御名方會』の初代会長。
ヤクザの父親を持って今までの私の人生で良かった事なんて一つもない。
高校生までは友達は出来ずにずっとボッチ。幸いにイジメはなかったけど、ヤクザの娘ということで、白い目で見られたり、陰口を叩かれる事なんて日常だった。
『建御名方會』は最強であっても無敵ではない。
敵対組織はいくつも存在している。
そのため、私を狙ってくる組織も多くあり、誘拐されそうになった事は両手で数えられない程だ。もしも、誘拐されていたら、今頃は地面から下にいるか、奴隷として売られているかだろう。
……奇跡的に運良く全て未遂で終わったけど。
私は九頭龍の姓を捨て、新しい人生をスタートさせるため、遠く離れた土地へと引っ越しをした。
完全に別にすると、反応できないと考え、似たような感じの名前に変えることにした。姓はお母さんの「魄霊」を「博麗」に。名前は「冥無」から「妖夢」へと変えた。
大学生活では高校生までの灰色の青春を変えるため、友達を作って青春をするという目論見は中々上手くいかなかった。
高校生までボッチだった影響だろう。人と関り方が分からず、コミュニケーションが取れずに、結局はボッチ生活を送る事になる。
そんな灰色の青春を送りつつ、大学2年生に進級した頃に出会ったのが、朱雨悪だった。
ボッチだった私に優しく接してきてくれたのは、彼だけだった。
「優しくされただけで恋人にまで発展させるとか、お嬢様……少しチョロ過ぎません? 結婚詐欺やナンパに直ぐひっかかりそうで心配です。ですが! メイドの私がいれば安心安全を保証いたします」
「う、うるさいッ。そもそもなんで、私のココロの中が分かるの!」
「メイドですから、お嬢様のココロを読む程度のこと造作もございません」
「意味が分からない!」
なんなのコイツ……。
「ただココロは読めますが、お嬢様の本当の気持ちまでは推測する形でしか分かりません。――お嬢様、まだあの男を愛していますか?」
「…………」
ズキッと足が痛む。
足を見たら、撃ち抜かれた所に傷は無かった。
でも、確かに私は撃たれた。
あの時の朱雨悪の顔。
思い出すだけでも胸が痛み、涙が流れそうになる。
朱雨悪と過ごしていた今までの日々は、ようやく普通の一般的な生活が送れていると実感できて、私は幸せだった。
ヤクザの娘としてではなく、ただの一般人として過ごした日々。私の灰色の世界に、色を灯してくれたのは、間違いなく朱雨悪である。
だから、余計に……。
「お嬢様」
「ちょっ――」
メイドは私の頭に抱えると、胸元に頭を押し付けてきた。
「泣きたいのであれば、思いっきり泣きましょう。抱え込むのは、身体に毒になりかねません」
私はその言葉に安堵感を覚え、少しずつ涙を流し始めた。その時、心の重みが軽くなるような感覚が押し寄せてくる。
私の中に眠っていた苦しみが解放されていくようだった。
そして、私は子どものように大泣きをした。
5分に満たない時間。
メイドの胸元に顔を埋めて泣いた。
そこでふと違和感を感じた。
おかしい!!
私は包みこんでいるメイドを、両手で突き飛ばす。
「私に何かしたでしょう!」
「おや? 何かとは、何でしょう」
「自慢じゃあないけどね。私はずっとひとりぼっちだったの! なのに、突然現れた
「――優しい言葉をかけられて、恋人まで発展させられたお嬢様が何を言いますか」
「ぐっう。わ、若さ故の過ちという奴よ! 人は成長していくの! だから、私はもう、簡単には他人を信じない!!」
他人を信じるから裏切られたら傷つくのだ。なら、初めから信じなければ、裏切られたとしても傷つく事はない。
それに、アイツの手先のようなメイドを信じるとか絶対にありえない!
「そもそも本当にアイツから許可を貰っているの? アイツが私にメイドを態々付けるとか思えないのだけど」
「うーん、私がここで色々と証拠を出したとしても、今のお嬢様は絶対に信じないでしょう。まあ、そろそろ来るでしょう」
「来るって誰が……」
なにかイヤな予感がする。
マンションの玄関の開く音がすると、その人物はまるで自分の部屋のようにズカズカと歩いてやって来た。
「よう、お嬢様。久しぶりだなァ」
「…………」
咄嗟に近くにあったスマホを取り出して、110番にかける。かけようと、した。
「この――、ド腐れメイドがァ……!! オレの時間に割り込みしてきやがった!!!」
まるで私が感知できない時間があったかのように、状況が一変していた。
男の右腕がいきなり複雑骨折になっている。
「私のお嬢様に触れようとするからです。お嬢様の部屋を貴方の血で怪我したくないですから、お嬢様のスマホを奪おうとした手を切り落とさずに、骨を複数箇所折る程度ですませてあげたのですから、感謝をしてほしいぐらいです」
「全くッ、ヨォ。あの
「その辺りは悪子さまから教育ではなく、貴方の言動を見て、反面教師にする事で学習しております。もし不満があるとしたら、自身の行動を省みられてはどうでしょう」
「口だけは達者じゃねーか」
「口だけ、ですか――。では、口以外も達者であることを証明してみせましょうか?
この男は、メイドが言った通り、王佐悪事。
『建御名方會』会長であるアイツ――九頭龍九鬼の右腕であり、『建御名方會』会長補佐という立場にある人物。
そして私が九頭龍九鬼の次に嫌いな相手。
こいつを一言でいうなら、牢屋に入ってないだけの極悪人。証拠を残さない犯罪者である。
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