閑話1 極道の会長に仕える系メイド
北海道、札幌市中央区、狸小路。
40年ほど前に出来た、50年前になかった11丁目。
主に探索者やダンジョン関連の店が多いことで有名である分、狸小路の中では一番治安が悪いことから一般人はあまり寄り付かないところである。
――クソが! なんでオレがこんな目に合わなければならないんだっ
王佐悪事は、道に落ちている小石を蹴り飛ばしつつ悪態を付く。
今から一時間前、九頭龍九鬼の一人娘、魄霊冥無に絶縁状にサインをさせて、諸々の処理を完了させた後に、神奈川県から北海道に急ぎ戻ろうとしていた。
ただし、今の時代、交通手段は主に車である。
鉄道網はほぼ壊滅している状態だ。
山間部などいつダンジョンが出来てもおかしくないような場所では、鉄道は常にダンジョンから外に出てくるモンスターに破壊される危険性があることから、鉄道各社はリスクを負いたくないため、市街地のみの運行へと切り替えていた。
また空や海も同様である。
空にワイバーンや飛龍などが飛び交い、海にはクラーケンや海竜などが潜んでいるため、50年前と比べて人の交通手段はかなり制限されている。
とはいえ、対抗するために対モンスター用の武装した船や飛行機も造られているが、武装を追加するため製造コストが跳ね上がり、現状、民間人が気軽に乗れるものではなくなっていた。
そんな事情もあり、合法、非合法を問わずに人や物を輸送する運び屋という職業が生まれた。
主に探索者など実力ある人物が、ダンジョンに潜るために移動するにあたりついでに行われていたが、今では運び屋メインで活動している者たちも多くいる。
『悪事様。私が北海道までお送りしましょう。「松」「竹」「梅」とコースがありますが、どれになさいますか? 因みに下のクラスほど到着時間は早くなりますが、移動する際の快適さは保証できません。価格も安くなります』
悪事にそう言ってきたのは、冥土ヴィシュヌ。
自称「世界を3歩で移動できるメイド」
別に金には困ってなかったが、少しでも早く北海道に戻りたかった悪事は「梅」を選択した。
するとヴィシュヌは、悪事を十七等分に切り刻み、箱に入れて、無理やりに北海道へ送った。
(クソッ。オレが自分の事に対してのみ「嘘」に出来るスキルを持ってなかったら、今頃、死んでるぞ! あのクソメイドッ)
悪事は幾つかスキルを所持している。
その内の一つが「嘘」というスキル。
己自身に関する事柄のみと限定されるが、あらゆることを「嘘」にしてしまう事ができた。
(しかも、料金が100万ってぼったくりだろッ。ただ、ある条件下でコレを渡せば50万に値下げするとか言ってたが……。誰だ! あんな性格が終わっているように育てたのはっ)
もしも冥土たちがいたら「貴方からですが?」と真顔で答えがかえってきただろう。
きちんと言えば、育てられたのではなく、観察をして経験を吸収していったというのが正しい。
正しく反面教師として見て、メイド王へのステップアップをしていっているのである。
「げぇぇええ――」
男が一人、ビルの真横で盛大に吐いていた。
その横には少し年上の男が背中を擦っている。
悪事は男へ話しかけた。
「よう」
「――あ、王佐のアニキ。帰ってこられたんですね」
「おう、さ、アッ、ゲッエエエ」
「す、すみません。こいつ、新人で、会長の食事を見て、こんなになっちまって――」
「――会長の食事がどんなのか知ってるだろ。新人に見せるな。めんどくせぇ」
「コイツ。そこそこ有用なので、今の内から慣れさせておこうと思いましてね。早いか、遅いかの違いでしょう?」
九鬼の食事を見ることが出来るのは、限られた者たちのみだ。
それを見ることが出来るのは、男が言った通りに有用なのだろうと、王佐は納得した。
今、この時代に、有用な人財の確保は表も裏も大変であった。
「それで、会長は地下3階にあるCLUBか?」
「はい」
九鬼のいる場所を聞いた王佐は、ビルの奥にあるエレベータに乗り、一番下のCLUBへと向かった。
着いた先は、受付のスペースとCLUBへの扉があるだけの小さな空間。
扉の前には黒服が二人、門番のように立ちふさがっている。
二人は悪事の顔を見ると頭を下げた
「王佐のアニキ。お帰りなさいっ」
「どうぞ。中へ」
黒服二人が扉を開けたので、CLUBの中へと入ると、CLUBの中は廃墟といっていいほどに破壊し尽くされていた。
CLUBの中央には男が、足を組み踏ん反り返っており、その後ろには大きな紅い鬼が胡座をかいて鎮座している。
紅い鬼は、倒れて呻いている男を指先で掴むと、口を大きく開けて食べた。
室内に悲鳴と骨が砕かれる音が響く。
そんな場に不釣り合いなメイド服を着た少女――冥土ナイアルラトホテプが、悪事へ話しかけてくる。
「あれ、悪事さま。お早いお帰りですね。てっきり、早くても明日の夜ぐらいになるかと……」
「お前達のお陰で、早く帰ってくる事ができたよっ! クソが。昔から言えば、まともになったと思っていたが、全然変わってねえな」
「――昔とは、そんなに違いますか?」
「昔はオレが引くぐらい化物だっただろうが。人間に零落したように少しはまともになったと思ってたが全然変わってねえ」
「…………」
ナイアルラトホテプは口元に指を当てて何か思案をするような顔をした。
そこで悪事は、懐に入れていた手紙の入った封筒を、ナイアルラトホテプへと渡す。
「悪事さま……、お気持ちは嬉しい――いえ嬉しくないですが、ラブレターを渡すなら雰囲気というものを」
「誰がお前にラブレターなんか渡すかっ。ヴィシュヌから、お前が何か考える素振りをみせたら、この手紙を渡すように言われてるんだよ」
「――ヴィシュヌ、が?」
怪しみつつ封筒を受け取ったナイアルラトホテプは、封筒を開け手紙を読んだ。
するとまるで一瞬、ナイアルラトホテプは猫のよう毛が逆立ち、手にした手紙は燃え上がり消え去った。
そして大きく一度深呼吸をする。
いつも余裕綽々としているナイアルラトホテプとは似ても似つかない態度に悪事は話しかけた。
「おい。なんだったんだ。あの手紙は」
「なんでもないですよ。そう。なんでも、ないのです」
まるで手紙の事など無かったかのように、話題を変えてナイアルラトホテプは話初めた。
ロシアン・マフィアと北海道内のヤクザが手を組み、北海道に進出してきている「建御名方會」に対抗して戦いを仕掛けているのが今の状況である。
勿論、初めから建御名方會会長である九頭龍九鬼が出張ってきていたわけではない。
初めは杯を交わった直参の組員ならびに直系の組に任せていたが、軒並みにロシアン・マフィアと手を組んだヤクザの反抗に会い壊滅する自体に陥った。
ちょうど同時期に、九鬼の衝動が抑えられない時期に突入したこともあり、衝動を満たす目的もあり、九鬼は自ら北海道に征遠する事を決めた。
九頭龍九鬼のスキルは、強力な九体の龍と鬼、合わせて18体の異形を使役する事ができるのだが、あまりに強力過ぎるスキルのため、破壊衝動、食肉衝動などに定期的に襲われていた。
今は枝葉の団体を潰しつつ、大本へ迫っている途中であった。
悪事の存在に気がついたのか、九鬼が悪事へと視線を向けて言った。
「悪事。用事は済ませてきたか」
「ああ。お嬢は絶縁して魄霊冥無として生きることを選んだ」
「そうか。――ナイアルラトホテプ。俺からアレに関する記憶をすべて消せ。もう必要ない」
「かしこまりました。ただ、彼女のことに関する記憶はご主人様の
「問題ない。俺が眠っている間のことは、悪事に全てを任せる」
「ああ。分かった」
「では、ご主人様。私を信用して眼を御覧くださいませ」
九鬼とナイアルラトホテプの視線が重なり合うと、九鬼は身体を少し揺らし眠るように椅子へと身体を落とした。
そして九鬼の近くに居た大きな紅い鬼は、紅い粒子となり消え去った。
「悪事さま。私は眠っているご主人様のお世話を致しますので、「建御名方會」の方はお任せします。御主人様が眠っているからと言って、ヘタを打たないでくださいね?」
「誰がヘタを打つか。ところで、そこで縄で簀巻きにされているガキはなんだ。気質からしてカタギだろ」
悪事はナイアルラトホテプの近くに縄で身体を拘束されて、失禁して気絶している青年が何かを問いかけた。
「ああ。この方ですか? ご主人様が6億円を貸し付けた汚客様となっています。この方、とあるダンジョンでパーティーメンバーの女性の足を撃ち抜き、囮としたようなんですよ。全く反省の色がなかったのですが、私とご主人様が優しく諭すことで、囮にした女性に対して6億円という慰謝料を払いたいと涙を流しながら懇願されてましたので、トゴ(10日で5割の利子)でお貸しした次第です。……何事も真心で話し合うことが大切ですよね」
「……」
「あと、これは独り言ですが、絶縁してきた父親からの離縁金というよりも、自分を囮にした元恋人から慰謝料の方が、受け取る方も意地を張らずに使えるのではないでしょうか? まあ、独り言ですが、ね」
「……そいつは、刑務所に入っているんじゃあないのか?」
「そういう風に世間が誤認しているだけです。メイドたるもの、世間を欺けなくてどうします」
そう言ったナイアルラトホテプは、青年を蹴り、悪事の近くへと寄越した。
「お好きにお使い下さい。肉盾、或いは人間爆弾、或いは捨て駒にでも好きにどうぞ」
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