第8話 聖城さんはからかいたい

 仮交際五日目。一限前。

   

 一日使ってよく考えた結果、結局俺は永峰の誘いを断ることにした。


「永峰。昨日の勉強会の話、悪いが──」


「え? な、なんで?」

 

 永峰は喰い気味にそう言った。

  

「なんて言うかその、外せない用事ができ──」 


「ダメでしょアンタは。万が一進学出来なかったらどうすんの?」


……なんでこう、彼女は誰に対しても母性が働くというか、世話焼きなのだろう。彼女の面倒見の良い性格は確かに美点ではあるものの、俺にはそれだけ本人が損しているように見えてならなかった。

  

 俺は軽く机をトントン叩きながら、そんな彼女に対してこう言った。

  

「テス勉ならもうやってるし、赤点一回くらいじゃ落ちんだろ。と言うかそもそもお前に関係……」


 そこまで言って永峰がうつむいていたことに気付く。最後まで言うのは躊躇ためらった。と言うのも黙ったままうつむく永峰を見ていると、何か罪悪感のようなものが湧いてきたからだ。


 いや本当に永峰とは関係のないことだとは思うのだが。それでも彼女の親切心を踏みにじるのはダメだと思った。

  

「ご、ごめん。ちょっと言い過ぎた。同じクラスメイトなのに」


「いいけど。別に」

  

 永峰はうつむきながらそう言って、そのまま席に着いてしまった。俺もああは言ったが、未だ彼女がこれほどまでに落ち込んでしまうことに疑問を抱いていた。

 

「三日やるけど、ホントに全部来れないの?」


「多分」


「……そう」


 少しの沈黙の後、彼女は顔を机に伏したまま、その目だけをこちらに覗かせてそう言った。理由までは聞かないでくれて助かるが、それにしても本当に面倒見の良い奴だ。




 *


 

  

「ねぇ、永峰ちゃんって日野森君と仲良いの?」


「いや、アイツは誰に対してもあんなだよ」

 

 校庭裏で昼食を終えた後、俺と聖城は学校でその次に過疎っている図書室に訪れていた。もちろん道中は単独行動である。


 聖城は棚に並んだ恋愛小説を少し手に取っては棚に戻し、また手に取っては棚に戻すという行為を繰り返しながら、俺にそう尋ねてきた。

  

「日野森君、もしかして……私以外友達居ない感じ?」


「え……?」

  

 彼女は手を止め、悪戯いたずらな笑みを浮かべながらこちらの顔を覗き込む。俺は彼女のその言葉を一言一句聞き逃さなかった。

 

 トモダチ──なんと甘美な響きだろう。こうはっきり彼女が言ってくれたことに、思わず身体が震えてしまいそうなほどの喜びを感じる。


 もちろんそんな喜びは隠しつつ、俺は聖城にこう言った。

  

「いないん……じゃないか?」


「ふーん♪」

 

 なんだよそれは。

 どういう『ふーん』だよ。

 そんな笑顔で何考えてんだよ。 


 少しからかわれたような気がした。

 でもなんか癖になってしまいそうだ。

 

「そ、そういえばさ聖城。これちょっと聞くか迷ってたんだけど……」


「……? なに? 何でも言って」


 俺がこう言いだしたのは一旦話を変えたかったのもあるが、どうしても彼女に確認を取りたいことがあったからだ。


「あぁ、いやでも結構……その、センシティブというか……なんというか……」


「……自分で言うのもあれだけど、私なんて生態そのものがセンシティブみたいなもんでしょ?」


「うっ、まあ確かに。と言うかそこに関してなんだけど」 


「あー、なるほど……当てたげる」


 彼女は何か察したようにそう声を漏らす。






「私がホントにエッチな事しながら生きてるか、気になってんでしょ」 






「エッ……ちょ、あ……」


「図星なんだ♪」


 急に彼女の口からセンシティブワードが飛んできて、流石に動揺を隠せなかった。あまり聞きづらいことなので彼女の方から言ってくれたのは助かるが。

 

淫魔サキュバスってね、実は二十歳くらいまではたんぱく質摂ってればどうにかなるの」


「え? マジで?」


 流石にそんな話は聞いたことがない。だが確かに、彼女の食生活を見ていて思い当たる節はあった。


 淫魔サキュバスが主食とするであろう精液。これにもたんぱく質は含まれる。


 それなら一見すると奇妙に感じた彼女の『たんぱく質盛り盛り弁当』もその代用と考えれば辻褄は合う(……のか?)。


「うーん、まあ分かりやすく例えるなら……たんぱく質が二十歳になるまでの第二の離乳食みたいな?」


「なるほど……というかそうじゃないと子どもの頃はどうやって飯食うんだよって話にもなるよな」


「……ま、そんなだから、キスもエッチもまだしてないよ」


「そ、そうか」


「……もう、日野森君ニヤけすぎ。私が処女でそんなに嬉しい?」

 

「処……って、ちょ……」

 

「……♪」


 もう彼女、なんと言えば俺が動揺するか分かってるみたいだ。こっちは必死に隠してるつもりなのに、彼女には全部筒抜けか。


 恥ずかしいし、悔しいけども、でもなんか、気持ちいい。ホントに俺はどうにかしている。






……なんて考えて暫くすると、彼女は本を一つ手に取り、軽く息を吸いこんで、目を伏せたまま静かにこう言葉を紡ぎ出した。

 

「ま、日野森君以外とも仮交際まではしたって言ったけど、全然価値観合わないし、自分から釣り合わないとか言って勝手に逃げちゃうし、皆途中から最初の情熱どっか行っちゃうしで、結局誰も好きになれなかったんだけどね」


「…………」

 

 彼女はそう愚痴のようなものをこぼした。ぶっちゃけ俺としてはそこまで他人と関わった上で純潔を守ってこれたのが奇跡だと言えるくらいなのだが。

 

「だからね、日野森君」


 が、彼女のこの話にはまだ続きがあるようだった。彼女は先程手に取った本を大切そうに胸元に抱えたまま、俺の目の前でこうささやいた。











「本気で好きになっちゃったら、私どうなるか分かんないよ?」


 それは何か、警告のようにも感じた。

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