第2話 聖城さんと秘密の誓い

「──す、すいませんでしたぁ!」


 なかなか懲りなかった先輩も謝ったところで、ようやく聖城は拘束を解く。


 ダラダラ冷や汗をかきながら去っていく男の姿を尻目に見ながら、彼女は次に俺の方へと視線を移していった。にしてもあの尻尾、見たことあるような気もするが……思い出せない。

  

「で、えと……貴方、隣の席の……名前は……」


日野森ひのもり日野森ひのもりかおる……だけど」

  

 うっ、一応会って二ヶ月だというのに、未だ名前を憶えられていない。それは密かに彼女に想いを寄せる俺にとって、地味に大きなダメージだった。


 が、彼女の見てはいけない様なモノを見てしまったこの状況。俺にはもはやそんなことで一々動揺する余裕もなさそうだ。

 

「あぁ、そうそう日野森君……」






「──私の尻尾、見たでしょ?」






「……!」

 

 そうささやく彼女はいつの間にか眼前にまで迫っていて、思わず逃げようとする俺の身体をグイッと引っ張った。おまけに力もめちゃ強い。


 それからすっかりとハイライトの消えてしまった瞳で顔を覗き込まれるものだから、俺もその質問には黙って頷くことしか出来なかった。


 しかし、俺が真に驚いたのは、彼女の次の一言だった。


「あの、私、なんていうか……」






「ホントは淫魔サキュバス……なんだよね」






「え?」


 そう言って彼女はまたしてもスカートの中から悪魔の尻尾を覗かせる。

 

 は!? え? 淫魔サキュバス!?


……ってどういうこと?


 あまりにも非現実的な情報を何度も脳に流し込まれ、俺の頭は完全にショートした。


 淫魔サキュバス──俺の記憶が正しければ、それらはファンタジーとかに出てくる男の精気を糧に生きるモンスターだ。


 その世界観にもよるが、精気を搾り取った相手をそのまま死へと誘う設定もあったりと、しばしば恐怖の対象として恐れられる存在ではある、が……!


「ごめん、そりゃまあいきなりだし、ビックリするよね。さっきは力んじゃったから尻尾が飛び出しちゃったんだけど、ホントこんなの気持ち悪──」






淫魔サキュバス……最高じゃん」






「へ?」


 俺の口から飛び出したのはそんな劣情混じりの軽い言葉だった。


 まあそりゃ勿論驚きもしたけど、淫魔サキュバスなんて思春期真っ盛りの童貞にとって夢みてぇな存在じゃん!


 こんなにツラの良い子に襲われて、それで一生を終えるなんて……俺みたいな出会いに乏しい童貞にとっては本望。それは紛れもなく本心から出た答えだった。


「あ、貴方そういうタイプなんだ」


「ん? あ、いや……」


 ところが返ってきた言葉はこれまた予想と大きく外れたものだった。これには堪らず言葉を濁す。


 え、なんで? これ絶対エッチな流れになる奴じゃないの? なんか俺がマニアックな性癖晒しただけみたいになってないか?


 自然と胸の鼓動が速くなるのは、被食者としての死への恐怖か、心ない言葉で返されたことへの羞恥心か、それすらも包括してしまう狂気じみた性欲リビドーか……それは俺には分からなかった。


「ま、それはいいけど。私がそういう悪魔だってこと、学校中に言いふらしたらどうなるか……分かる?」


 なんかあちらの方から勝手に話がシフトしているが、これはむしろ助かった。


 その口振りからして、恐らく周りには黙っておくことがベターだと言うことは分かるが、一応は彼女に問いかけてみる。


「も、もし言いふらしたら、どうなんの?」  

  

「そうね、言いふらしたら……」







 




「死ぬ」







 


 


「──私が、社会的に」









 

 

「いやそっちかよ!!」


 なんて陽気に切り返したが、内心マジでビビっていた。いきなり死ぬとか心臓に悪い。まあチクる気とか毛頭ないんだけども。


 でも、そう考えたら、さっき彼女が淫魔サキュバスだと知っただけで、『最高』なんて言ったのは良くなかったか。彼女の過去を知りもしないくせに、そう言ってしまったのは迂闊うかつだった。

 

「そういうことならまあ、分かった。黙っとくよ」


「……そ、ならいいけど」


 とりあえず、修羅場は回避できたようだ。なんとか話も一段落したので、俺は教室に参考書を取りに来た旨を彼女に伝えた。

 

 その別れ際、最後に彼女はこう言った。


「……ありがと」

 

 吹けば飛ぶような小さな声だったが、俺には確かにそう聞こえた。意中の女子からの感謝の言葉、それだけで今日はいい一日だったと思えてしまうのだった。

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