第12話 永峰さんはバレーにて最強
「昨日はほんとごめん、日野森」
「…………」
翌日、永峰は学校にやって来た。
浮かない顔して普通に教室に現れた。
そして自分の席に着くなり、小声で俺に謝罪した。やはりここでは『日野森』呼びらしい。本当は聖城にも謝って欲しかったが……この手のヤンデレに対して下手に刺激を与えるのは悪手と考え、それは黙っておくことにした。
俺としては、彼女の怒りの矛先が聖城に向けられることだけは避けたい。それ故の沈黙。まだ彼女の全貌が掴めない以上、今の俺にはそれを貫き通すことしか出来なかった。
……と、まあこれまで彼女のことを散々ヤンデレ呼ばわりしてきた訳だが、今のところデレというデレはない。
俺からして見れば、昨日の唐突な『薫』呼びは、純粋に気味の悪いものでしかなかった。
*
その日は雨だった。
三限の体育は男女合同で行われ、体育館の中で男子はバスケ、女子はバレーをすることになっていた。
授業開始から約35分。
こちらは二試合やっただけでもう虫の息。運動音痴というか、純粋に体力がなかった。ヘトヘトになってしまった俺は、体育館の壁にもたれかかるように座り、見学にまわることにした。
その時ふと目に留まったのは、バレーに苦戦する聖城の姿だった。
床にボールが弾かれる音だけが、虚しく響き渡る。
「ご、ごめん。私、また……」
腕にボールが当たりはするが、そのボールは明後日の方向に飛んでいく。回り回って迎えたサーブも、二連続で失敗してしまう。
俺はもう、見てられなかった。
「大丈夫ー」
「つぎつぎー」
何度も何度も失敗を繰り返す彼女の姿が、ではない。そうやって今も声を掛けてくれているクラスメイトが……
聖城に冷たい視線を送っていることに。
……俺は知っている。先程聖城に声を掛けた女子達が、その裏で彼女の陰口を叩いていたことを。
そのことに気付けたのは、仮交際を通して彼女のことを明確に意識し始めてからのことだった
いつも独りで物静かで、そのくせこういった団体戦では足引っ張って、でも顔と身体だけは良いから異性からはモテる。
それだけの……たったそれだけの理由で、実はビッチだとかヤリマンだとか、そんな噂を流されまくっていた。
本人はそんなのとは真逆の生き方をしたいと心から願っているのに、人見知りで周りとうまくコミュニケーションも取れないせいで、それが聞こえたところで何も言い返せない。
俺が聖城と真剣に向き合いたかったのも、裏で彼女にそういった噂が立っていたから……というのも理由の一つとしてある。
彼女のために、いずれはその現状を打破しなければとは思っている。当然ながら、付き合って終わりが恋愛じゃないんだ。
「来たよ聖城ー」
そんな不安の最中、次のサーブも聖城目掛けて飛んできた。
まるで感情の篭もっていない彼女らのその冷たい声には、聖城に対する期待など、欠片ほども感じられなかった。
ただ、一人を除いて──!
「行っけー! 頑張れー! 聖城ー!」
それは誰にでも吐けるフォローとは全く違っていた。たった今、ローテーションで隣になった岸羽だけは、必死に食らい付こうとする聖城を応援していた。
「いたっ……! あっ……!」
そんな声援のお陰か、なんとかボール打ち上げることには成功。それでも、ボールは彼女の思うようには跳ねてくれなかった……が。
「オッケー! 後は私が!」
まるでその軌道を呼んでいたかのように、岸羽が一番にボールに向かって駆け出し、トス。流れるように来たるアタッカーへとボールを繫ぐ。
しかし、敵にもまた、怪物がいた。
「ちょっ、舞華ぁ。なんか今日もエグ強じゃん! やっぱ男子が見てるから?」
岸羽チーム渾身のスパイクを受け止めた永峰、余裕の表情。バレー部の次期キャプテンとしての実力は伊達ではなかった。
「うっさい、つーかそういうあんたこそ、低気圧弱いだけなんじゃないの?」
「はあァ!?」
「ま、ウチにそんなん無いけど……」
「ねッ!!!」
『バシィィン!』……という痛快な音を立て、床がボールを弾く。岸羽と聖城の間を縫ったのは、小細工も何もない目にも留まらぬ程のスパイクだった。レシーブに続きアタックまでも、彼女一人で成立させていた。
「っぱ永峰よ!」
「うわぁ! 岸羽のフォローも良かったんだけどなぁ」
丁度バスケで点が入り、試合が硬直していた男性陣からも歓声の声が上がる。
その時も聖城のことなんて、誰にも話題にしなかった。男子達からしても、聖城はただ綺麗なだけのお人形さん扱いなのだろうか。
俺はその一点が、悔しかった。
「うわぁ……お前ホント容赦ないなぁ」
やや岸羽がドン引き気味にそう言葉を漏らし、死んだボールを追い掛ける。
「はんっ! ウチに手加減なんてないもんね!」
そんな岸羽に対し、格ゲーばりの勝利セリフを浴びせる永峰。こうして見ている分にはいつもの彼女と変わらない。
本当に、昨日のあの凶行はなんだったんだろうか。
*
結局、その後も観戦したまま、授業は終わりの時間を迎えてしまった。
「ずっと座ってたんだから片付けくらいはやってあげなさい」という先生の指示で、俺はバスケットボールを入れるカゴを体育倉庫に片付けることになった。
『まあそれはしゃあないか』という思いで、体育倉庫へ入った矢先、バレーの支柱を片付け終えた永峰と一瞬、目が合った。
もう一人の女子はささっと出て行ったので、そのまま自然な流れで体育倉庫は二人だけになってしまった。
彼女に色々聞きたいことはあったが、そのまた後ろから畳んだネットを持って来ている聖城の姿も見えた。
これはまた別の機会に──。
「日野森、ちょっとあんた! 前見なさ──」
「……は?」
その時後ろに意識が向いていた俺は、バスケのカゴが壁に衝突したことで、その上から鉄パイプが落ちてきそうだなんて気付く筈もなく──!
「「危なッ──!!」」
直後、俺は何かに押し潰された。
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