第11話 聖城さんは守りたい

 その日永峰は早退した。

  

 俺達二人も昼休憩、彼女に襲われた旨を教師らに伝えるには伝えたが、返ってきたのは『あの子がそんなことをするとは思えない』といった的外れな回答ばかり。

  

 一応、『様子を見る』とも言っていたが、あの感じだと根本から解決するのは無理だろう。それ程までに、彼女の模範生という印象は、深く教員に根付いているようだ。




 *




 六限前の業間休み。

  

 永峰の奇行が気になった俺は、同じバレー部で彼女のことをよく知るであろう岸羽に声をかけようとしていた、が。

 

「ねぇ、何しに行くの?」

 

「う」

 

 岸羽の方へ向かおうとした腕を、がしっと聖城に掴まれる。昼食前の彼女とは明らかに様子が違っていた。


 永峰との一件があったばかりだし、今は俺が異性と接触することに人一倍敏感なんだろうか。ここは正直に話した方が良いような気がする。

 

「き、岸羽に、永峰に変わったことがないか聞こうと……」


「へー、仮交際終わったらもう他の女のとこ行っちゃうんだー」


「!?」



 


 

  

「──(私で勃○してたくせに)」





 

「!?!??」

 

「……♪」

  

 正直に事情を話した結果、耳元に特大の爆弾が飛んできた。さっき彼女と密着した時に勃○してたのはバレバレだった……それだけで顔が真っ赤になってしまいそうだった。

 

 でもあれは流石に仕方ないと思う。高二という思春期真っ盛りの時期に好きな子の身体をベッタリ押し付けられて、反応しない方が異常だろう。


 あれはそう、不可抗力だ。

 

「だ、だって! あんなの──」

  

「ごめんごめん、ちょっとからかってみただけ♪」


「な」


 弁明なんて考えるだけ無駄だった。代わりに味わったのは男としての敗北感。 


 彼女に散々からかわれておいて、勿論悔しさがないでもないが、その実俺はどうしようもないくらいに興奮していた。聖城の悪戯いたずらな笑顔には、それほどの特別感がある。

  

「まあでもね。私、やっぱり薫君が一人で他の子のとこに行っちゃうのは嫌……というか心配なの」


「心……配?」


 それは本心のように感じられた。

 

「だって薫君は無茶しちゃうでしょ? だから私が傍に居て、守ってあげなきゃ駄目なの」

 

「あ、ああ、そういう……」

  

 あの永峰との一件で、淫魔サキュバスとして常人以上の力を持つ聖城にも、思うところがあったのかもしれない。


 にしても凄いな岸羽、やっぱ聖城はお前の言った通り、ちょっと独占欲強めかもしれない。まあそこが良いというか、嬉しいと言えばそうなのだが。

  

「二人で聞こ、ね?」

 

「……わかったよ」 


 岸羽に永峰のことを聞くこと自体は、彼女も賛成のようだった。ここは彼女の言う通りに動くとしよう。




 *




「き、岸羽……」


「お、日野森に聖城? 急にどした?」


 岸羽が驚くのも無理はない。廊下側真ん中の席で次の授業の準備をする彼女に、突然ぼっち二人が押し掛けてきたんだ。その見たことない組み合わせには、岸羽でなくともビックリするだろう。


「永峰のことで、ちょっと話が」


「……あー」

 

 岸羽はわざとらしく間を取った。普段から彼女に話しかけることなどなかったが、端から見ていただけの俺からしても、その理由は容易に分かる。


 この顔は、何か良からぬことを考えている時の顔だ。


「実は日野森、あいつ好きだろ?」

 

「「!?」」


 聖城の視線がバッと俺に向けられる。


「はあ!? ち、違ぇし! そんなんじゃねぇし!」

  

「だってもろ舞華いないタイミングじゃん! あ、相談くらいは乗ったげてもいいけど?」

  

……こいつ、実際話して初めて分かったわ。端から見た三倍は面倒くせぇ。聖城に話しかけてきたときにもその片鱗は見せていたが、恋愛脳にもほどがある。


「ひ、日野森君は……永峰ちゃんに最近変わったことがないかって話を──」


「あー、なるほどー。つかなんでそこで聖城が出てくるし」


「…………」


 微笑しながら放たれた岸羽の的確すぎるツッコミに、聖城はそのまま口を閉ざしてしまう。


 おい、嘘だろ聖城。


 さっきまであんなに饒舌じょうぜつだったのに、三人になった途端に人見知り発動するなんて。下手したら俺より深刻じゃないか?


 そんな聖城を見た岸羽、またしても何か物言いたげな顔をしていたので、ここは俺が「隣だからちょいちょい話すんだよ」なんて言って釘を刺しておくことにした。


「ふふーん」とだけ返された。


 まあなんとか岸羽の誤解も(表面上は)解けたようだし、これでようやく、永峰についての話が聞き出せそうだ。

  

「んー、あいつの最近変わったところかー。正直、今思えば心当たりしかないんだよなー」


「え、どんな?」

 

 俺が岸羽にそう尋ねると、彼女は早退してしまった永峰の席の方に目をやりながら、ぶつぶつと言葉を連ねていく。


「例えば今回の、急にやらないとか言い出したり」


「「え」」

  

「最近だと……あ! 、バレーでスパイク打ったときとか、体育館に軽くクレーター出来たりしたな!」


「「!?」」

 

 それはもう変わったとかいう次元ではないような気もするんだが?


「あん時ちょっと怖かったんだよなー。なんかあいつ、珍しくしてたし……」


「日野森君、これ……」


「うん、分かってる」


『勉強会』、『二日前』、『イライラ』……ここまで来るともう心当たりしかない。


 その日は永峰主催の勉強会を、俺がかたくなに拒んだ日だ。彼女はやはり、俺に対して何かしらの激重感情を抱いていると取るべきだろう。


 むしろここまでそれを匂わせといて、勘違いというオチだとしたら、ただの滅茶苦茶恥ずかしい勘違い野郎になってしまうのだが……。


 取り敢えずはこれで永峰のことについても聞けたことだし、情報提供してくれた岸羽には一言礼を言っておこう。


「サンキュー岸羽、大体分かったよ」


「おう日野森! 永峰に告ったら私にも教えてくれよなー!」






……ホントにどこまで行っても、こいつは恋愛脳だ。

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