第18話 聖城さんはヤンデレ可愛い

「嘘、だろ……?」

 

 期末テスト終了から三日後の月曜。返ってきたテストの点に、俺は思わず絶句する。


 聖城に重点的に教えて貰った国語に関してはかろうじて赤点回避できているが、他の教科の点数は軒並み減少傾向。あろうことか化学に至っては48点、前回から20点以上も下がっている。


 ではテストの難易度が極端なまでに上がっていたか? と問われれば、平均点も前回から五点ほど下がったくらいで、一概にそうとも言いがたい。


 ただ一つ、明確にいつもと違う点があったとするならば……。

  

「日野森、あんたはテスト、どうだった?」


 勉強会……いや、永峰の存在だ。


「……国語以外、下がってた」

 

「へぇ、そう」

  

 たった数日集中して取り組んだところで、おいそれと成績が上がるほど、勉強というのは甘くない(むしろトータルで下がっているが)。


 俺がこれまで(国語を除いて)そこそこの点数を取れていたのは、今右隣の席に座っている永峰による熱心なサポートのおかげだったのだ。今になってそれを痛感する。


「そ、そういうお前は何点なんだよ! 永峰!」


「ん、ウチ? まあ100点だけど」


「ぐっ!」

  

 こいつ、強い。

 俺とは桁が違ぇ(物理)。


『当然ですけど』みたいな表情で、テスト用紙をヒラヒラと見せつけてくるのが、これまた妙にイラっとする。

 

「ってことで! やっぱ夏の勉強会、必要でしょ?」


「うっ、それは……そうかもなんだが」

  

 そしてやはり、勉強会の話に繋げてきた。いつも通りの、で。


 そう、この勉強会。開かれるのはテスト週間だけではない。夏休みや冬休みといった、長期休みまでもがそうだった。

 

「流石にどっかは空いてんでしょ? やっぱあんたウチがいないと勉強出来ないみたいだし。夏くらいは来なさいよ」


 その『も』もどうせ適当な理由付けなんだろう。


 まあでも確かに。夏休み中、一日も勉強会に行けないというのも不自然か。成績が下がっているのも事実だし、今回ばかりはちょっと断りづらい。


 ただ、ここで聖城に無断で勉強会を承諾してしまうというのは……あまりにも危険だ。


「…………」


 現に彼女、めちゃ不機嫌そうな顔をして、左隣の席から黙ってこちらを見てきている。


 決して声を出すことはないが、『そんな誘い乗るな』と、そう顔に書いてある。


「──よし、分かった」


「お?」

 

 二人の気持ちはよく分かった。

 永峰は勉強会に来て欲しくて。

 聖城は勉強会に来て欲しくない。

 

 そんな二人を納得させられる、なんとも素敵な魔法の言葉が、俺達現代人には存在する。ともすれば、今こそあの呪文を使うとき──!






「──行けたら、行く」






 *




「ねぇ、あれどういうこと? 薫君」


「本当にごめん! いやマジで!」


 帰り道。俺は聖城に謝罪した。言葉を濁せばワンチャン許して貰えるかな……なんて思っていたが、ちょっとそんな雰囲気ではなさそうだ。

  

「明日にでもちゃんと断るから!」


「!」


 永峰が勉強会を誘ってくれるということ自体は、赤点組という立場から見ても、ぼっちという立場から見ても、本当にありがたいものだった。


 だから俺も、永峰のそのご厚意には出来るだけ応えたいとは思っている。でも、聖城が駄目だと言うのなら、俺は勉強会には参加しない。


 それは彼女が純愛を夢見る淫魔サキュバスだったからというのもあるし、純粋に今の関係が崩れるのが怖いからというのもあった。


「……ねえ、薫君」


「な、何?」


 聖城は歩みを止め、俺の袖を引っ張った。申し訳ないといったような、どこか浮かない顔をしている。


「本当は勉強会、どうしたいの?」


「だ、だから行かないつもりだけど」


「……また私に気を遣ってる?」


「…………」


 それは耳が痛くなるような質問だ。


「私が思うに、薫君はちょっと私に気を遣い過ぎだと思うの」


 先程の高圧的な態度から一転、聖城はしおらしい雰囲気になった。


「私に合わせちゃったせいで、薫君の成績、下がっちゃったんでしょ?」


「そ、そんなわけな──!」






「あるから言ってるの!」






「…………」


 人通りの少ない路地に、聖城の声が響く。その勢いに、気圧された。


「薫君は……真面目にテスト勉強頑張ってたの。なのに、なのに私は、初めて彼氏が出来たからって、テスト期間なのに浮かれちゃって、夜中もLINEばっかりして……」


「…………」


 聖城は極度の心配性だった。俺が無茶しがちな性格だったからというのもあるのだろうが、それまで淫魔サキュバスとして孤独に生き、夢見ていたはずの恋にもえていたのだ。その過程で病んでしまうのも、無理ないだろう。


 その心配性な性格からか、テスト前夜の三時や四時にも、『永峰に襲われてないか』などといった旨の、安否のLINEが絶えなかった。


 少し度が過ぎていると、正直俺も思っていた。そういった点から、これまで聖城の恋愛が上手くいかなかったというのも、なんとなくだが理解は出来た。


 でも、それでも……好きな人から向けられる好意ほど、幸せを感じられる瞬間なんて存在しなかった。


 むしろ、彼女のそういうヤンデレ気質なところが、堪らなく可愛いとまで感じていた。だから俺は、聖城自身の問題については、これまで目を逸らし続けてきた。


 もっとも、その問題を今、彼女の方から打ち明けてくるとは、思いもしなかったことだったが。


「え、えっとつまり、俺にそこまで気を遣われ……たくなかったってことか?」


「……ちょっとは、それもあるかもだけど。やっぱり点数下がっちゃったのは、薫君を縛って迷惑かけた私の責任だし、本当に謝るべきなのは私だと思ってて。 だ、だから、その──!」


「…………」


「ごめんなさい!」


 そう言って聖は深々と頭を下げる。


「そ、そんな、そこまでしなくても」


「じゃあ、私なりのケジメだと思って」


 聖城は頭をひょいと上げた。


「これからは、薫君の迷惑にならないような方法を考える。それなら、いい?」


「あ、ああ。それはもちろん」


 二人がより良い関係になるよう模索していたのは、俺だけではなかった。彼女は彼女なりのやり方で、自分自身の問題の解消に努めようとしている。


「ありがとう」


 そんな聖城の健気な姿勢に、どこか心が温かくなったような気がした。

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