第17話 聖城さんとテスト勉強

『青髪ツンデレ幼馴染み』……うん。

 

 これらはラブコメなんかだと、所謂いわゆる負けヒロイン属性なんて呼ばれたりもするが(諸説あり)、驚いたことに永峰は、なんとその特徴を三つも有していたのだった。

 

 ここで特に厄介なのは、先程の『桃栗三年柿八年』みたいなリズムの三点負けヒロイン属性に加え、ヤンデレ気質まで備わっているということだ。


 外堀から埋めに来たのはもちろんのこと、校庭裏で聖城との関係がバレたとき、ノータイムでカッターナイフを取り出していたのも、よくよく考えるとかなりヤバい。その気質は確かにあると見ていいだろう。


 本当は聖城との交際に集中したいところだが、かと言って今、ヤンデレ気質な永峰に、失恋という最大のストレスを与えてしまった場合、俺達二人の身に何が起こるか分からない。


 何か解決の糸口が見つかるまでは、とにかく二人に刺激を与えないよう心掛けるのがベストだろう。 


──十中八九、詰みだとは思うが。




 *




 午前7時半。

 ようやく教室に着く。


 永峰が実は幼馴染みだったということを初めて知ったときは、勢いで彼女を下の名前で呼んでしまったが、聖城と付き合うことを決めた以上、馴れ馴れしくするのはやめることにした。

  

 結局、永峰は俺と同じマンションに住んでいたことを黙っていた理由について、『だって実は外堀埋めてましたなんて、言えるわけないじゃん!』とかなんとか言っていた。


 それを聞く限りでは、やはり勉強会に誘ってくれたのも、ぼっちだった俺に話しかけてくれたのも、全て自然な流れで近づくためにやったことなのだろう。

 

「……誰もいないな」

 

「そりゃそうでしょ。てか逆にいたら怖いんだけど」

 

 教室のドアを開けてみても、その中には誰もいない。自分が今、教室の鍵を開けたのだから、当然と言えば当然だ。


 それでもどこか、静寂に包まれた教室というのは、自分にとっては新鮮なものだった。


「さ、勉強勉強~♪」


 そんな余韻に浸っていた俺とは裏腹に、永峰はいつもと変わらぬ様子で、自分の席につくなりカバンを開け、勉強道具を取り出し始めた。

 

「な、永峰ってさ。テスト週間はいつもこの時間に来てんの?」


「……『テスト週間だから~』とかじゃなくて、ウチは毎日この時間だけど」


「毎日!?」


 カバンを漁る手を止めて、俺は彼女の方を向く。

  

「あー、まあ部活の朝練とかもやったりするから。いっつも勉強ってわけじゃないけどね」

 

「いや、だとしても、毎日朝から頑張れんの。なんつーか、その、スゲェな」


「そ、そう?」


 と、彼女は返したが。


 周りから天才と称されるような人間こそ、陰での努力を惜しまないのだと、俺はそうしみじみ思っていた。


「別に、勉強が好きなわけじゃないけど」


「じゃあ尚更、なんでそんな出来るんだよ」


「え? な、なんでってそんなの……」

 

 何故か、そのタイミングで永峰は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「な……永峰?」


「うっさい。ウチ、もう勉強戻るから」


 彼女にしては珍しく、こちらに目を合わせもせずに、とげのある言葉だけが飛んできた。


「あ、ああ、悪い。邪魔したな」


「…………」


 結局、彼女から理由を聞き出すことは叶わず、その後も気まずい沈黙が続いていた。


 だが、クラスメイトが集まるに連れ、そんな静けさもすっかり、日常に飲み込まれてしまうのだった。 




 * 



 

 テスト週間初日の放課後、今年は去年と違って、永峰主催の勉強会には参加せず、聖城とテス勉に励むことにしていた。


「うーん、どこ座ろ……」


 いつも利用している学校近くのこの駅では、なんと図書館とカフェが融合しており、特に図書館に設けられたこの勉強スペースは、学生が待ち時間などを使って勉強をする絶好の環境だった。

 

「あのテーブルなら結構人も座ってるし、バレづらそうだけど」


「あ、確かに、じゃそうしよっか」


 学校ならば隣の席と言うこともあって、少し話したりするくらいは自然だが、外に出るとなるとそうはいかない。


 単純に聖城と交際していることは、隠しておきたいというのもあるが、そもそも、俺と聖城とでは同じぼっちとは言え、月とすっぽん。どう考えても釣り合っていない。


 もし、同じ学校の生徒に、二人でいるところを見られてしまえば、また聖城に良くない噂が流されてしまうだろう。


 勿論、家で勉強するというのが最も安心出来るし、実際に提案なんかもしてみたが、俺と聖城の家はそこそこ離れているため、この駅で勉強する方が良いという結論に至った次第……。


「そこ、悩んでるの?」


「!」


……なんて化学のワークと睨み合いながら、黙々とそんなことを考えていた最中、唐突に聖城から声を掛けられる。こちらの手が止まっていたのを、彼女に気付かれてしまったようだ。


 流石に図書館なので小声だったが、それでも周りの目が気になってしょうがない。


 こちらも小声で、返すことにする。


「いや、他のこと考えてたんだ」


「ふーん、どんな?」


「……やっぱアイスカフェオレにした方が良かったかなって」


 さっきカフェで買った手元のアイスコーヒーを手に持ち、氷の音をカランカランと鳴らし、そう言った。半分冗談で、半分本音だ。


 にしても聖城、本当プライベートだとグイグイ来るな。


「そっか、じゃあこれ、飲む?」


 聖城は手に持っていたカプチーノを、これまた氷の音をカランカランと鳴らしてアピールした。


 俺は飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになった。


「い、いや! そ、そんな訳じゃ……」






「あ」






 先にこっちが声デカくしてどうする!


──なんて自分でも思ったが、正直これだけは言わせて欲しい。


 カプチーノ飲ませてくれるとか、そんなのエロじゃん間キスじゃん! 


 流石淫魔サキュバス、たとえそれが人前だろうが、お構い無しと言うことか。お陰でこっちはドキドキしっぱなしだ。


「勉強には甘いの、いいんだよ?」


「お、おう……」


 ここで彼女に甘々になって欲しいとは、一言も言ってないんだが……まあ彼女にとっても、交際までぎ着けたのは初めてのことだ。


 恐らく、聖城は今暴走している。

 周りが見えなくなっている。

 手がつけられなくなっている。


──やはり、家で勉強するのが正解だったのだろうか。


 


 *




 そんな煩悩ぼんのうとの闘いの末、あっという間に一週間は過ぎ、我ら赤点組の鬼門である期末テストは、もう目前にまで迫っていた。

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