2章 一学期末~夏休み編
第16話 永峰さんは幼馴染み?
七月に入り、とうとう今日からテスト週間。
今回からは自分のためにも、そして勉強を教える聖城のためにも、テスト期間くらいは朝早くに家を出て、密かに勉強時間を確保しようと意気込んでいた。
まあ、それでもやっぱり、朝はキツい。今だってもう一度布団に戻りたいくらいだ。そんな
そして玄関のドアを開ける……その時だった。
「「あっ……」」
上の階からタッタカ音を鳴らしながら、こんな朝早くにあの優等生、永峰は降りてきた。
俺はそれを見て見ぬフリして、そのまま階段を降りようとする、が。
「ちょい。なんで無視すんの!」
「……な、なんだよ」
案の定、彼女に呼び止められてしまった。
最初の段に足を掛けたところで、俺は少し面食らいながら返答した。すると、永峰は上の階段から駆け降りて来て、すぐ俺の隣に並んでこう言った。
「あんたここ住んでたんだ! ウチ初めて知った!」
「お、おお……」
ちょっと前までなら、こちらも飛んで驚いていただろうが、母さんを通して永峰が一つ上の階に住んでいることを知ってしまった俺は、驚こうにも驚けなかった。
だから適当に返事した。
彼女が外堀を囲んでいたことはほぼ確実。今の俺には、さっきの彼女の発言も、嘘にしか聞こえなかった。
「てか薫、今日は早いね! どーしたん?」
「まあ今日からテスト週間だし、早く学校行って勉強……って、そういや前から気になってたけど、なんで『薫』呼びなんだ?」
「……ウチ、プライベートは下の名前で呼ぶタイプだから」
なんか『今理由を考えてました』とでも言わんばかりの絶妙な間があったような気がしたが……まあ今は黙っておくか。
「でもあんた、わざわざ早起きはするくせに、勉強会には行かないんだよね?」
「ま、まあ、それはそれで用が──」
「あの子といるのが、そんなに大事?」
「そ、それは……」
永峰め、痛いところを突いてくるな。あの子と言うのは、十中八九聖城のことだろう。永峰にはもう、何度か彼女と二人でいるところを見られてしまっている。
答えようによっては流血沙汰になるかもしれない。それも相手がヤンデレの場合、その矛先は俺ではなく、嫉妬の対象である聖城に向く可能性が高い。
万が一、聖城に危害が及ぶようなことがあれば、それはもう俺の責任だ。そこまで行けば、無関係だったはずの聖城を、俺は幸せにするどころか、むしろ危険にさらすことになる。それだけは避けたい……。
──いや、もう既に手遅れなのかもしれないが。
「あっ、大丈夫。別にそんな、本気にしないで。言いたくないならこの話はナシ。これでいい?」
「え? あ、あぁ……」
ところが、先に口を開いたのは彼女の方だった。
どう答えるべきか思い悩んだ末、すっかり沈黙してしまった俺に対し、彼女は俺を責めるわけでもなく、ただ不自然なまでに軽い口調で、そう言った。
ちょっと前までは、『あんたはウチがいないとダメダメねぇ』なんて言いながらも、勉強会では丁寧に教えてくれて、
いや、もしかしたら変わったというのは語弊があるかもしれない。というのも彼女、俺と二人の時だけやけに弱腰だ。
「永峰、こっちも一つ。質問いいか?」
国道から外れた車の音もほぼ聞こえない小道で、今度はこちらから永峰に声を掛ける。
「なに? 何でも言って」
「……なんで一個上の階に住んでたの、黙ってたんだ?」
「え?」
永峰の歩みが止まった。
「なっ、何? 黙ってたって、そんな……ウチ、ホントに今日初めて知って──」
「母さんが言ってたんだよ。『ゴミ出しいつも助かってる』って」
「…………」
「俺はただ、知りたいだけなんだ。なんで隠す必要あったのかって」
彼女は俺に何かを隠している。でなけりゃわざわざこんな嘘も吐かないだろう。
そのことをあまりにももどかしいと思った俺は、とうとう彼女から答えを引き出すことにした。
「それは色々、なんて言うか、順を追って話す必要があるんだけど……」
「だけど?」
「うーん……」
「…………」
「あのさ薫、ウチと保育園一緒に居たときのこと、覚えてる?」
「は? ほ、保育園?」
数刻の後、彼女がその沈黙を破って出た最初の一言は、そんなあまりにも突拍子もないものだった。
「馬鹿なウチがさ。急に『実は羽出せるんだよ~』なんて皆に言って、それで結局避けられちゃって、それで──」
「……え? ちょっ、ちょっと待て」
何故急に幼少の話を? 論点ずらしたか? なんて思ったりもしたが、その彼女の話に全く心当たりがないわけでは無かった。
同時に、
「──お前、舞華……なのか?」
無意識に、俺は彼女の下の名前を呟いていた。瞬間、遠い昔の記憶が蘇る。
永峰の下の名前は確か『舞華』。そして幼少期、俺は当時仲が良かった女の子のことを、今思えば『舞華ちゃん』なんて呼んでいた。
当時は苗字なんて意識せず、逆に高校では基本的に苗字でしか呼び合わなかった。それに保育園から高校となれば……外見だけで同一人物か判断するのもまず無理だろう。
すれ違いが起きたとすれば、そんなところだろうか。
「うん! そう! 思い出した!?」
「あ、あぁ……」
「薫ってば、ウチにずっと優しくしてくれたもんね!」
「ぁ……」
もう、まともに声を出せるような余裕はなかった。
好意を寄せる理由すらも分からなかったヤンデレクラスメイトが、かつての古い幼馴染みだったということを、聖城と付き合った今になって知ってしまった。
しかも当時、俺は孤独になってしまった彼女に対し、若気の至りというには早すぎるが、何か取り替えしのつかないことを言っていたような気が……。
「『ずっと守ってやる』って言ってくれたの、今でもちゃんと覚えてるからね」
「……そう、か」
自分ですら忘れかけていた、幼き日の取るに足らぬ失言中の失言まで、彼女はちゃんと、今の今まで覚えていたようだった。
これはもう……詰んだかもしれない。
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