間章 私の恋物語

第15話 日野森君は多分もう覚えていない

 五階建てマンション、404号室。


 私──永峰舞華は古い幼馴染みのことで、一人物思いにふけっていた。 


 一年と二ヶ月もの間。薫の前で、さり気なく『都合の良い女』を演じてきたのに、彼は一向に振り向いてくれなかった。


 とうとう彼からもを受け入れてくれなくなったのではないかと、そんな不安でいっぱいで、告白なんてとてもじゃないが出来なかった。


 だが、それも杞憂きゆうだった。


 今日、体育倉庫で私の淫魔サキュバスとしての姿を見たときの反応をからして、彼は私が淫魔サキュバスで、そして幼少を共に過ごしたことを、覚えていないだけなのだろう。


 翼のあらわになった私の姿を見て、彼は恐れるどころか、『ありがとう』なんて言ってくれた。


 今の薫もと同じ。私が人外サキュバスだろうと受け入れてくれる。それが分かっただけで、彼を一途に思い続けて良かったと、心の底から思っていた。






 ことの発端は保育園。

 

 ほんの出来心で、私は当時の友達に自身が人外サキュバスであることを暴露した。


 幼かったが故の危機感の欠如、暴露欲求、要因はそんなところだろうが、本当に、本当に取り返しのつかないことをしてしまったと思う。


 当然周囲からは煙たがられ、私は途端に一人ぼっちになった。でも今思えば、それは悪いことばかりではなかった。


 そのお陰で私は、ありのままの自分を受け入れてくれる人を見つけることが出来たのだから。


 そう、薫は……薫だけは、私が人外サキュバスだと分かっていながら、それまでと変わらず接してくれた。

 

 だから、ずっと傍に居たいと思った。






 でも、義務教育の期間を、彼と同じ場所で過ごすことは叶わなかった。






 卒園式を迎えてすぐの春、私は突然、魔界というわけの分からないところに連れて行かれた。


 そして、そこのとある学校で自身が淫魔サキュバスと呼ばれる存在だったということを知る。


 名を『魔界私立淫魔サキュバス女学園』。この世に五百といない淫魔サキュバス達を集めた小中一貫の養成施設。


 そこで淫魔サキュバスとして生きることを徹底的に叩き込まれ、私は絶望する。


 先生曰く、『淫魔サキュバスにとっては夜職こそが天職であり、貞操観念を守ろうとするなど全く以て無意味である』とのこと。


 確かに淫魔サキュバスと人間の体力の違いを考えれば、先生の言うことも合理的ではあるが……私はそれに納得出来なかった。


 ありのままの自分を受け入れてくれる人を、私は知っている。


 だから淫魔サキュバスに純愛が無意味だなんて思わない。自分でやってみるまで分からない。


 この九年が終われば、また薫と同じ高校に上がればいい。それだけを希望に、小中は勉学にだけ力を注ぐことにした。






 そして十五の春。

 薫と同じ高校に進学。

 このマンションに引っ越したのもその頃だ。


 元々近所だったということもあり、彼の消息を知るのにそこまで苦労はしなかった。そんな私が高校に入ってやったことと言えば……。

 

 薫が他人と話そうとした時、横取りするようにこちらから話題を振ったり。


 席替えは学級委員長という立場を利用してくじ引きに細工を施し、毎回彼の近くに座れるよう画策したり。


 バレンタインでは義理チョコと称して本命手作りチョコを渡したり。


 薫のお母さんのお手伝いをしたり。


 勉強会を企画し、彼が私を頼る機会まで作ったり……と、で彼を意識させることに努めていた。


『嘘のうわさを広めてクラスで孤立させ、その傷んだ心に付け入る』……なんて、所謂いわゆる『孤立誘導』なんてやり方も、一度は考えた。


 考えはしたが、それは私には出来なかった。


 好きな人を故意に苦しませてまで手に入れる愛情なんて、そんなのなんの意味もない。


 その代わり私は、クラスの女子全員に『ウチは薫が好きだから、あいつには手を出さないで』とだけ言って回ることにした。


『なんであいつ?』なんてわらわれたりもしたが、薫を苦しませずに周りを排除出来るなら安いこと。


 このやり方なら、薫を傷付けずに邪魔者を排除できると、そして薫が振り向いてくれるのも時間の問題だろうと、そう思っていた。

 





 そんな中、聖城百合イレギュラーは湧いてきた。






 そして奇しくも、彼女は私と同じ淫魔サキュバスだった。


 彼女が恋に落ちた理由も推測できる。それはズバリ、自分にとって都合の良い存在だったからだろう。


 薫とくっ付いている理由は大方そんなところだろうし、理解もできるが、それと許す許さないは話が別。


 薫にとって、あの女は毒だ。


 彼女について、裏で仮交際なんて言って男を取っかえ引っかえしていたり、実はヤリマンだのビッチだの、そんな噂をよく聞いている。


 それもあいつが、淫魔サキュバスだというのなら、全て納得がいく。


 そんな不純な女を、薫の傍に置くわけにはいかない。勉強に頭を悩ませている彼を手助けできて、純粋な気持ちで愛している私の方が、その場所にずっとふさわしいはずだ。


 だが、かと言ってすぐに、聖城あいつを殺すわけにもいかない。それはきっと今の薫の幸せじゃない。


 それに多分、聖城あいつを今始末してしまったら、私は格実に薫に嫌われてしまうだろう。私はそんな短絡的な思考では動かない。


 薫にはずっと幸せで居て欲しい。でも隣にいるのは私じゃなきゃ、嫌だ。


 だから今、私に出来るのは、あの女を薫からの心象が最悪になるように仕向け、完全に引き剥がした上で始末すること……それだけだ。

 





──これは、私が大好きな人の隣にいるために、死に物狂いで尽力する恋物語。今日も彼のことを思いながら、一人抱き枕を抱いて眠る。






 いつかこの抱き枕が、彼に変わることを願って。

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