第14話 永峰さんは外堀から埋めている
「──っくしょん!」
「なんか今日、多いね。風邪?」
「……ちょっとありえるかも」
駅のホーム。
電車を待つこと数分。今日何回目かのくしゃみをした後、とうとう聖城に心配そうに顔を覗き込まれる。
今朝、『曇ってるけど降水確率30%なら大したことないだろう』なんて思って家を出たら、駅を降りた途端に大雨が降りだす始末。それで学校に着いたころにはもうずぶ濡れだ。
いつもより早くバスケでバテてしまったのも、それが原因……なんて言うのは流石に逃げか。
「ねぇ、今日家行っていい?」
「え、家? てか、なんで今日? 風邪とか移ったりしたら──」
「大丈夫、マスクあるし。それに、実はじっくり話したいことがあって……」
「なら、まあ……」
事情はよく分からないが、そこまで言われるとこちらも断りづらい。結局、今日は聖城も俺と同じ駅で降りることになった。
*
五階建てマンション三階、301号室。
午後五時半。
風邪薬一つ飲んでなんとか
人見知り発動状態の聖城と二人で、『彼女出来たの!?』と暴走する母さんをあしらうのには、本当に苦労した。
まあ、高校に入ってから露骨に友達の話をしなくなった我が子がいきなり女の子を家に連れて帰って来たのだ。そりゃ驚くのも無理ないか。
「ベッドの下とか……ないか」
「……ちょ、何して」
「あ、ごめん。そういう本、ないかなって」
部屋に辿り着くや否や、ベッドの下に潜り込む聖城。理由を聞くと大体予想通りの答えが返ってきた。
甘いな聖城。まだ今を生きる思春期男子リサーチが足りてない。今の時代、そういうのは電子だろ──。
「ああっ!!」
と、唐突に聖城が声を上げる。
今度は何だ!?
悦に入りきっていた脳を一旦冷却し、聖城の方へと目を移す。
「あっ」
と、続いて俺も小さく声を漏らす。彼女の目の前にあったのは、ティッシュが山積みになったゴミ箱だった。
「なんかこれ、匂うんだけど──」
「うわぁぁ!! ちょっ! ちょっ!」
いきなりゴミ箱をくんくんし始めた聖城を急いで止めに入ったが……流石にもう手遅れだろう。
絶叫とも呼べる声を六畳半の部屋に響かせたとしても、そこに残るのは動かぬ証拠だけだ。
「ねぇ、いつも誰オカズにしてるの?」
「だ、誰って……!」
彼女はまじまじと俺の顔を見つめた挙げ句、そんなことを言いだした。
ちょっと待ってくれ聖城。誰をオカズにしているかなんて、俺に言えるわけがない。
なにせ目の前に本人がいるのだから。
「そ、そんなの言えるわけ!」
「大丈夫、怒ったりなんてしないから」
それもう疑心暗鬼な奴のセリフだろ。
「薫君がどういうの求めてるか、彼女として知りたいし」
「……ん?」
俺がどういうのを求めているかを知りたい? ちょっと流れ変わったな。
これワンチャン正直に白状したらいける感じか? いやでも目の前にいる人のこと夜な夜な考えて自家発電してるは流石に不味いか……!?
正直に打ち明けるか、否か。
悩んだ挙げ句、俺は……
「じ、実は! い、いつも百合のこと、考えてっ、て……」
「えっ!? え、ええ!? 私!?」
前者を選択した、が。
正直、恥ずかしすぎて死にそうだ。
自白の最後の方の語気とかもう蚊取り線香並みの勢い。さぞまともに喋れていなかったことだろう。聖城の方も、相当テンパってるぞ、これ。
「え、ええっ、わ、私で……いつも?」
「…………」
告白して約五秒後、あっちはなんかまだ狼狽えている。息は乱れ、頬も紅潮させるほどの驚きよう。喜んでいるのか、ドン引きしているのか、まだ微妙に分からないラインだった。
「ご、ごめん。いつもってのは流石に──」
「わ、私も……」
「え?」
俺が謝ろうとするのに少し遅れて、彼女もまた声を震わせながら何か喋ろうとしていた。一旦、あちらに耳を傾ける。
「最近は……薫君でシてる」
「へぇあ!?!??」
まさかの電撃告白に、今日一番の声が出た。
「いッ、いつからッ!?」
勢いでそんなことまで聞いてしまう。
「……仮交際の、途中から」
「そ、そのうちの、いつッ!?」
「そ、それは……」
「じ、自分で考えたら?」
「うっ」
少し考えたような素振りの後、彼女はまたいつもの挑発的な顔をして一言、そう言った。
今のはちょっと、こちらもキモい聞き方をしてしまったというのも否めない。
でも、彼女がいつから俺なんかをオカズに夜な夜な自家発電するのか。そんなことを想像する余地があるというのが、逆に、何というかこう、本当に気持ち悪いことだが……
滅茶苦茶そそった。
本当に、俺はどうにかしている。
「ま、まあそれはよくて……それで、話したいことって?」
「へ? あぁそうそう、忘れてた」
危うく二人の秘め事暴露大会になりかけていたところで、ようやく本題に入る。
「永峰って人、いたでしょ」
「お、おう」
永峰。
その二文字が聖城の口から出た途端、戦慄が走る。先程までの和やかなムードは、どうやら終わりを迎えたようだ。
「あの人、私が進学してすぐの時……変なこと言ってて……」
「変なこと?」
「『ウチは薫と付き合うつもりだから、アンタは手を出さないで』とかなんとか私に言って……」
「……!?」
そんなことを、聖城に?
「でもそんなのってさ。ほんと身勝手だと思わない?」
「それは……そうかも」
だが、仮に彼女がそう牽制したとして、心残りな点が一つある。
俺が聖城を明確に意識し始めたのは、二週間と少し前。ところが聖城の話だと永峰がそう言ったのは、それよりも前の四月……時期が、明らかに合わない。
さらに永峰が聖城と同じ淫魔だとしたら、彼女も聖城と同じように小中は魔界で過ごしたという可能性も高い。
よって、彼女が俺に好意を寄せたきっかけがあるとすれば……高校一年の時ということになるのだろうか。
肝心のきっかけは全く分からないが。
「でさ、薫君、もう一回聞くけど……」
「ほんとにあの子とは無関係なの?」
そう言って聖城はこちらにググッと顔を近づける。落ち着け、落ち着け俺。こういうときこそ、言葉は慎重に。
「そ、それは今、俺も同じ事考えてて! 確かに俺もアイツに何かしたとは思うんだけど、でも全然心当たりとかは無くて……」
「…………」
嘘はないがこれと言う根拠もない。
気まずい沈黙が流れる。
「……まあ、薫君が私のこと好きでいてくれるなら支障ないけど。一応気になってたから、言っただけ」
「それは、心に誓うから」
「……そっか、嬉しい♪」
さっきの言葉を彼女が受け入れてくれるのかという不安もあったが、それもなんとかやり過ごせたようだ。
気付けばいつものあざと可愛い聖城に戻っていた。
*
幸い、夕方をピークに、それ以上風邪が悪化することは無かった。外が完全に暗くなる前に聖城を家に帰した後は、夕食を食べにリビングへ行く。
「お、今日は肉じゃがか」
「そーねー」
そこにはキッチンで晩ご飯の肉じゃがを煮込んでいた母さんの姿があった。
うちの母さん、なんと俺が生まれる少し前になって父さんと離婚したそうで、今では女手一つの二人暮らし。
それでも今のところは特に不自由のない生活を送れている。本当に母さんには感謝しかない。
「にしても薫に彼女かぁ……なんだ、ちゃんとやることやってんじゃん」
「ま、まあ……」
「でも母さんね。てっきり薫、他の子と仲が良かったのかと思ってた」
「他の子……?」
まるで俺に他にも仲が良い子が居たかのような口振り。そんな母さんの発言に違和感を覚えずにはいられなかった。
「そうそう、その子すっごく良い子で、昨日もゴミ出し手伝ってくれてね。去年から引っ越してきた一個上の階の──」
「……!? その人、名前は!?」
何か、嫌な予感がする。
「名前? えーっと、確か……」
「永峰ちゃん、とか言ってたっけ?」
「……はぁ!?」
どうやら俺は、永峰に外堀まで埋められていたようだ。
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