第19話 聖城さんは不器用可愛い
夏休み間近。最後に俺の家に来たのを境に、聖城の夜通しLINEはピタリと止んだ。テスト前夜でさえLINEを控えることが出来なかった彼女が、である。何気に凄い進展だ。
それから彼女は、『夜中の一時以降は朝までLINEも控えてみる』とまで言ってくれた。
ただ、あまりにもピタリと止んだものだったので、今、俺は何か、彼女に大きな心境の変化があったのではないかと踏んでいる。
例えば……そう、永峰の存在。
最近、聖城は永峰への対抗意識からか、俺のことを『かー君』と呼ぶようになった。まだ慣れてなくて、少々小っ恥ずかしい感じもする。
もしかしたら、俺の知らないところで壮絶な戦いが繰り広げられている可能性さえある。
せっかく聖城がLINEを控えてくれたというのに、今度はそういったことばかり考えるようになってしまい、未だに夜もまともに眠れない日々を送っていたのだった。
*
午後七時。母さんの作ったカレーを食べ終え、早速勉強に取り掛かる。そこで国語の教科書を取り出したところ、俺は直ぐにその違和感に気付いた。
取り出した教科書をふと見ると、その裏描写には、丁寧に『聖城百合』の文字が記されていた。どうやら俺は、間違えて聖城の教科書を持って帰ってしまったようだ。
考えられるのは今日の放課後、駅前の図書館で彼女と期末テストの復習をしていた時だろうか、確かにあの時は国語の勉強もやっていた。
となれば即刻、彼女に連絡だ。
『ごめん間違えて持って帰った』
『明日学校で』
というコメントに、教科書の裏表紙の写真を添付し、彼女にLINEを送る。返事が返ってくるまでは、引き続き勉強に励むことにした。
そして待つこと約十五分。聖城から電話がかかってきた。LINEに気付いてくれたのだろうか。
いつも送信してから返信が来るのに三十秒もかからない彼女にしては、この約十五分間、既読すらつかなかったというのはかなり珍しいことだった。
彼女の身に何かあったのだろうか……そんな気持ちで通話ボタンをタップした。
「もしもし──」
『ごめん!』
「……え? な、えっ!? どうした? いきなり?」
開幕、聞こえた謝罪の声に、俺は思わず面食らう。そこまで真剣に謝罪する意味が、そのときばかりは分からなかった。
『お風呂入ってて、LINE見れなくて』
「ん? でもそれ謝るほどのことか?」
『いや、だって私。既読無視はすっごい気にするよ?』
「……なるほど、そういうことか」
さっきの『ごめん』って、そういう意味で……それで電話までかけてきたのか。
俺からしてみれば、たかがLINEの返信に十五分気が付かないくらいことなど普通のことだ。人によってはむしろ早いくらいだろう。
そんな
『だから、ごめんね。明日からはケータイ、お風呂にも持って入るから』
「お、おお、そこまでしなくても」
『え? でもそんなの、悪いって』
「……ま、まあ、百合がしたいなら、それもいいか。間違えてケータイとか、落とさなければ」
『うんうん!』
「…………」
アニメや漫画などである程度ヤンデレ文化に触れている俺でさえ、聖城の恋愛観には振り回される。『そこ気にする!?』みたいな場面で露骨に嫌な顔をされたり、逆に今日みたいに急に泣きつかれたりする。
それも彼女のよく見る『恋愛漫画』の影響だろうか。
*
翌日。
電話の音で目を覚ます。かけてきたのは、またしても聖城だった。スマホを見てもまだ七時。こんな朝早くに何事だろう。
「あー、もしもし? 百合?」
『…………』
声を掛けたが、なかなか返事が返ってこない。
「もしもーし」
「……昨日夜、どこ行ってたの?」
「えっ?」
一瞬、イタズラ電話かと思ったが、シリアスなトーンで問いかけるあたり、そんな呑気な話では無いらしい。さらに彼女は続けてこう問うた。
『家、いなかったでしょ?』
「あ、あぁ、まあそうだったけ──」
『じゃあやっぱり! 永峰ちゃんになんかされたんでしょ!?』
「はぁ!?」
おいおい。それは流石に話が飛躍しすぎだろ。
確かに昨晩、俺は外に出ていた。そこまではまあ、聖城の言うとおりだ。
だがそれは夜中、ケータイの充電器が壊れていたことに気付いたから、替えのものを買いに最寄りのコンビニまで行ったのであり、永峰になにかされたから、ということでは断じてない。
一応今日まで学校だし、放課後まで充電が保たないというのは、なにかと不便だからという理由さえあったが、それで彼女を説得出来るかどうか──。
……って、いやいや待て待て。そもそも彼女は何故、そんなことを知っているんだ?
俺がコンビニに行ったのは深夜の二時くらい。そんな時間に暗闇の中、俺の姿を見つけるというのはまず困難だし、彼女の家とはそれなりに距離もある。
それはつまり、彼女は俺のプライベートまで把握しているということだ。
「い、いや待て百合! なんでそんなこと知ってんだよ!」
『え、えっ!? な、なんでって……』
『……愛?』
「えぇ……?」
開いた口が塞がらない。嘘を吐くにしても、ここまで酷いやり方はないだろう。しかも自分で言っといて疑問形になってるし。
「そ、そう! これが
「…………」
なんか厨二病方面に軌道修正してきたぞこの子。しかもなんだよ『サウザンドビレッジアイ』って。あれか? それが
──通るわけ、ないですよね?
聖城さん。お願いですから
「じゃあその……
『あぁぁ! ごめんってぇ! 今のは嘘なのぉ! LINEのことはホントに悪いって思ってるからぁ!』
「…………」
ちょっとこちらが小突いてみただけで、ケータイからそんな悲鳴の声が聞こえてきた。
多少意地悪な言い方になってしまったのは否めないが、ここまで来るともう墓穴を掘りまくった彼女も悪い。やはり、
「それで結局、なんで昨日のこと知ってたんだよ」
『それは、もう、全部言っちゃうとね』
『そっちにカメラ、置いてたの』
「は? カメラ!?」
涙混じりの声で、サラッととんでもないことを告げられる。
『うん。本棚の真ん中奥あたり……』
ベッドから出て、彼女の指示通り、いくつもの漫画が並んだ本棚を漁ってみる。すると……!
「うわっ! まじか!」
本棚の隙間から見つかったのは、ギラリとした真っ黒な瞳でこちらを覗く、小さな小さなカメラだった。
知らない間にこんなものが家にあったなんて、道理で昨日の夜に外出したことを知っていたわけだ。
『ごめん。こんなの、イヤだよね──』
「そっか」
『え?』
いつの間にか取り付けられていたこの謎の小型カメラ。それを使って、彼女は俺の夜間の行動まで(この部屋限定ではあるが)把握していた。
ここまで情報が出揃えばもう、それをするに至った経緯も自ずと浮かび上がってくる。
「これでLINE、我慢出来るようになったんだな」
『あ、まあ、うん。そうだけど』
「やっぱそうか。ありがとう、百合」
『──えっ?』
ついこの間まであった、夜通しLINEという課題。それに対し、彼女は、俺の家に小型カメラを取り付けるという形ではあるが、見事自制をしてみせたんだ。
たとえそのやり方が不器用なものだったとしても、彼女が課題を改善しようとしてくれたことは確かだ。そんな姿勢に、俺は強く、心を打たれた。
『な、なんで? 怒ったりしないの?』
「怒る? なんでそんな」
『いや、だってこれ、普通に盗撮だし』
「あ」
よくよく考えてみればそうだ。あまり被害者になったという感覚はなかったが、もしこれを赤の他人にやっていたとしたらかなりまずい。訴えられても文句は言えないだろう。
「ま、まあ、俺にやる分にはいいよ。そりゃまあ他の人にやったら大問題だけど。LINE問題自体はこれで解決したわけだし。一応聞くけど、百合はカメラ置いてた方が安心出来る?」
『……うん』
「じゃあ、別に、置いててもいいよ」
『そっか、ほんと、ありがと……』
このカメラを置いておくことで、彼女が安心出来るのなら、わざわざ取り除く必要も無い。俺にとっても、睡眠時間を前以上は確保出来ているので、トータルで見てもメリットだ。まさに、一石二鳥と言えるだろう。
その後は、俺が昨晩、充電器を買って帰ったところを、彼女のカメラを通して確認して貰い、永峰とのいざこざがあった疑惑も、無事晴らすことに成功した。
こうして夜通しLINEどうするか問題は、聖城の思いがけないやり方によって解決したのだった。
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