第20話 永峰さんと勉強会

 寝室に置かれた小型カメラの件について『GPSじゃ駄目なのか』と彼女に聞いてみたところ、『それだけだと部屋でエッチとかしてる可能性あるからダメ』と言われ、一蹴された。

  

 それはそれとして、スマホにGPSを入れられることにはなったが、聖城以外にプライベートで話すような友人なんていないし、特に問題はないだろう。


 俺も数多のヤンデレ創作ものを読破してきた身。はもちろん、第三者と距離を縮めすぎただけでも、彼女らのメンタルに多大な影響を与えることは、こちらも重々理解しているつもりだ。


 そのことさえ意識すれば、この関係を維持することもできるはずだ。絶対に聖城を、幻滅させやしない。

 

 


 *



 

「……! 来たんだ。日野森」


「まあ、一応」

  

 夏休みが始まってすぐの週末。結局、俺と聖城は永峰主催の夏の勉強会に参加することにした。


 ただ、これだけだと流石に誤解を生みかねないので、一応補足しておくと、勉強会に行こうと言いだしたのは俺ではなく、百合の方だ。


 どう心変わりしたのか、彼女は永峰とと、そんなことを言っていた。


 普段の勉強会は放課後、教室で行うのだが、夏休みや休日など学校のない日のみ、決まって例の図書館の勉強スペースを利用して勉強することになっている。

  

 勉強会とはいってもその規模は小さく、辺りを見渡したところ、クラスメイトの数はざっと十人ほど。クラスの約半数以上は、今も絶賛夏休みエンジョイ中なのだろう。

  

「分かんないとこあったら、なんでも言いなさいよ」


「ああ、そうする」


 そう言って、窓際の左から三番目の席に腰掛ける。その長テーブルの一番左に聖城が来る算段だ。一つ開けて座れば、一介のクラスメイトとして不自然な距離ではないだろう。

 

 ちなみに聖城はまだ、ここには来ていない。到着のタイミングを意図的にズラすよう、事前に打ち合わせていたからである。


 と、ここまでは計画通りに事が進んでいたのだが……。

  

「んしょっと」

 

「ちょ、おま……」


 勉強を始めてから約五分後。永峰は突然、窓際の左から二番目……つまり俺の左隣の席を陣取ってきた。


「ん? どした?」


 いや、それはこっちの台詞だ。永峰。


 俺が『分からない』と言って初めて、教えに来るとかいう話を、さっきしたばかりだろう。


「お、俺まだ何も言ってなくないか? つかお前、距離、近……」


 こちらの数学の参考書を覗き込む永峰。なんか今日はやけに寄りかかってくる。肩までぴたっとくっついてるし。ひやりとした生肌の感触まで伝わってくる。


 以前から彼女、視力はあまりよくないとは語っていたが、まさかそれすらもこういった状況を想定してのことで……なんてのは、流石に考えすぎか。


 にしても黒のノースリーブタートルネック姿でそれやってくんの、普通におかしいって。


「えっ、でもなんか手止まってたくない?」 


「そ、それは……」


 間違ってはない。


 手が止まっていたこと自体は、間違いではない。ただ、その理由が『今解いている問題が分からなかったから』というのは、彼女の勘違いだ。


「ただの考え事だよ」


「なぁんだ。そんなこと」

 

 永峰は残念そうに、ため息をつく。


「ウチ、てっきり『ここ分からない』って自分から言うの恥ずかしいから、それで黙って待ってたのかって思ってた」


「なっ、流石にそんなんじゃあ──」


「いやいや、今までそうだったでしょ」


「…………」


 言われてみれば確かにそうだ。永峰に『ここが分からないから教えて欲しい』とは、俺は一度も言ったことがない。


 というか、言う必要がなかったんだ。


 俺が困っているとき、いつも決まって彼女は隣にいた。明るく、誰にでも優しくて、誰よりも頼りになる存在だった。


 ただ、永峰は、ぼっちの俺が友達と呼ぶのもおこがましいほどに、なんでもできてしまうような奴だった。住む世界の違う人間だと、そう思っていた。


 だからこそ、彼女の思いに気付けなかった。

 だからこそ、自分が孤独だと思い込んでいた。

 

 永峰はずっと、遠回しとはいえ、アプローチをし続けてくれたのに、それに全くと言っていいほど気付けなかった自分に、不甲斐ふがいなさを感じる。


「でもホントに困ってるときは、ちゃんと私を頼りなさいよ。せっかくにいるんだし」


「…………」


 そう言ってくれる彼女とも、先に聖城に手を出してしまった以上、いつかは距離を置かなくてはならない。彼女に頼りきりだった自分に、いつかは『さよなら』を言わなくてはならない。


「ああ、ありがとう。頼りにしてる」


 これ以上、永峰に依存してはいけないと、頭では分かっているのに、それでも彼女を悲しませるのは胸がえぐられるような気がして、拒絶なんてとてもできなくて、口がそう勝手に開いていた。


 後ろめたさで、胸がいっぱいだった。 


「じゃあ、俺は一人で解いてるから。また後にでも」


「おっけー。そんじゃ──」


 永峰は席を立つと同時に、口をつぐんだ。それを不審に思った俺は、彼女の方を振り返る。


 そこには、聖城が立っていた。


 怒るわけでも、泣くわけでもなく、ただ、無表情で、目を見開いて、肩にカバンをかけたまま突っ立っていた。


 それから聖城は、そそくさに席を去ろうとする永峰の姿を見ると、こちらに早歩きで近づいて、彼女の腕まで引っ張って、こう言った。


「ねぇ、今、なに話してたの?」

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