第6話 聖城さんと放課後デート
仮交際初日。放課後。
俺が校庭裏に着いた頃には、既に聖城はベンチに座って待っていた。
「あっ、日野森君。そう言えばLINE、交換してなかったよね?」
彼女はそう言ってバッグの中からスマホを取り出した。
「ああ、確かに」
俺もまたスマホを取り出すため、一旦バッグを漁る。
思えばLINE交換なんて最後にやったのは、入学当初のオリエンテーションくらいだったろうか。まあ結局、その後は1回か2回テストの範囲を聞かれるか、事務的な会話をするくらいだったが。
まあそんな話題を彼女の方から切り出してくれたのは、こちらとしてはとても有り難いことだった。
「はい、これQRコード」
「──あ、このキャラ……」
スマホをかざし終えると、画面にピンクのブラウスを着た地雷系っぽい黒髪ロングのキャラが映ったアイコンが表示された。にしてもこのキャラ、どこかで見たことがあるような……。
「え? 日野森君も『色トラ』知ってるの?」
「あ、それだ」
彼女の一言で思い出した。このキャラは聖城がよく読んでいた本(『色恋タイムトラベラー』)に登場するヒロインだと言うことを。
「恋愛ものってことは分かるけど、がっつり見てるわけじゃ……」
「えー、あれめちゃ面白いのに。今度貸すから、日野森君も読んでよ」
このタイミングでまさかあちらから漫画を勧められるとは思いもしなかった。ただ、そうは言われてもあれは少女漫画、本来は俺の専門外だ。にしても彼女、二人きりだとグイグイ来るな。
「でもあれ、少女漫──」
そう言いかけて俺は口を塞ぐ。
……いや待て待て待て、これじゃ少女漫画に対して変な先入観を抱いているみたいじゃないか。少女漫画が好きな子の前でそう口に出すのは大変よろしくない。
このままじゃ乙女心なんてちっとも分かってない男だと思われて、ぼろ雑巾のように捨てられてしまうのでは……!?
なら、いっそ……!
「……まあ確かに、そうだよね。あれ、どっちかって言うと女の子向けだし──」
「読みます。全巻借りさせて下さい!」
「え、なに、急にどうしたの? そりゃもちろん。う、嬉しい、けど」
もしかしたらそこに彼女との恋愛のヒントがあるかもしれない。そう思った俺は、彼女の愛読書を読破してみせると心に決めるのであった。
*
LINE交換を終えた後、俺達は学校から二番目に近いカフェに行き、その中でも一番奥の席を選んでくつろいでいた。
ここまですれば、他の生徒に見られる可能性もかなり低くなるだろう。
この店で一番人気のアイスカフェオレを頼み、二人が半分ほど飲んだところで、聖城は何か思いついたように急にバッグの中を漁り始めた。
「あっ、そうだ日野森君。ちょっとここの問題、分かんなかったんだけど……」
そう言って聖城が取り出したのは、週末までに解かなければならない数学プリント。見ると十二問中、五問が空白になっていた。そこを教えて欲しいということだろう。
ここはクールに解いて、彼女に良いところを見せたいところだが……。
五分後。
「ごめん聖城、俺もここまでしか!」
俺なりに結構頭を使ったつもりだが、聖城が埋めれていない範囲で自力で答えが出せたのはたったの一問だけだった。
そうこの日野森薫、大して勉強が出来るわけではない。彼女の前だからと見栄張って、解いた結果がこのざまだ。情けないったらありゃしない。
「う、ううん、大丈夫。一緒に考えてくれてありがと」
それでも彼女は、俺のその結果に百点満点の笑顔で応えてくれた。
ああ、この子はマジで天使だ。
でも、だからと言って現状に甘んじてはいけない。大好きな彼女に振り向いて貰えるように、少しでも釣り合えるような男にならないと駄目だ。
俺は飲みかけのアイスカフェオレを飲み干し、こう言った。
「……次聖城が聞いてきた時は、俺もっと解けるようにしとく」
「え?」
「仮交際終わるまでに、学力つけて出直すよ」
「……!」
確か彼女の成績は、俺より若干高いくらいだった。このままじゃ彼女の力にはなれない。
だったらせめてこの二週間だけでも、やれることは全部やってやる。だってもうこんなチャンス、二度とないかもしれないから……。
*
「──今日は楽しかった♪」
あっという間に午後六時。
外はもう夕闇に染まりつつあった。
今日のデートもこれでおしまい。
聖城は追加で頼んだパフェをたいらげて席を立つと、最後にそう言ってくれた。彼女に楽しんで貰えたようで、こちらとしても何よりである。
「お、お金は、俺が出すよ」
「……え?」
……言えた。彼女が出来たら一度は言ってみたかったセリフ。ちょっと照れくさくもあったが、やっぱりこのくらいはしておくべきか?
まあそうは言って見せたものの、実はそんなに小遣いがあるわけでもない。またしても俺は虚勢を張ってしまったわけだ。
普段の二倍以上の値段に若干ビビるも、それを彼女に悟られないよう振る舞う。これが今の自分に出来るベストだった。
「私そんなつもりで来たわけじゃ──」
「いいっていいって」
聖城は遠慮がちにそう言いかけた。
そうか。
そんな可能性は考えもしなかった。
金目当てで男に近づこうとする女も多いと聞く。そう考えると少しは危機感も持った方が良いのかもしれない。
もっとも聖城はそんなタイプとは思えないし、ぶっちゃけ彼女になら貢いでしまうのもアリだとは思ってしまったが。
「ありがと」
不意に聖城はそう言った。
こちらから少し目を逸らし、顔の横で髪をくりくりいじりながら、か細い声でそう呟いた。
その所作に思わず、ドキッとする。
今日の頑張りが報われた気がした。
明日もまた頑張ろうと思った。
少しでも彼女に釣り合えるように。
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