第5話 聖城さんが髪型を変えた

 仮交際初日。一限前。

  

 期間は二週間。校内ではいつも通り振る舞い、スキンシップは手を繫ぐまでという条件の下始まった……筈なのだが。

  

「おっ、なにそれ聖城。ハーフツインって奴?」


 そう。なんと彼女、今日は髪型をハーフツインテールにして学校に来ていたのである。そのまさかの変わりように、普段彼女に話しかけないような奴もやってきた。

  

 その女子の名前は岸羽きしば夏帆かほ

 前髪長めの黒髪ショート。

 澄んだ青色の瞳。

 

 どちらかと言えば童顔だが、言動はどこか中性的で、聖城とはまた違ったクールさもあった。


 彼女とは去年も同じクラスで、永峰と同じくバレー部所属ということは知っていた。ちなみに今、永峰は席を外しているようだ。


「……そうだけど?」


 そんな岸羽に対し、依然としてぎこちない返答をする聖城。しかも何やら彼女、本から顔を覗かせてはやたらとこちらの様子をうかがっているような気が……。

 

 俺も三年余り恋愛ものを読破してきた身。並大抵のラブコメ主人公ほど鈍感ではない(と信じたい)。これは恐らく何か意図があってのことだろう。もしかしたら俺を試しているのかもしれない。

  

『彼女が髪型を変えた』となれば、ここは何かしら反応してあげるのが定石だろう。


 だが、ここで声に出すのは三流。

 仮交際のルールを破ってはダメだ。

 

 俺は普段から聖城と話しているわけではないし、元から口数自体少ない。だからここで急に声を出せば、まず怪しまれてしまうだろう。

 

 これらを踏まえた結果、俺は……。

  



 


『似合ってる』と書いたノートを彼女に見せた。


 



 

 流石に『かわいい』なんて恥ずかしすぎて書けなかった。ただ、重要なのはここからだ。彼女がこれにどんな反応をするかだが……!

 




 

 一瞬、聖城の表情がパッと明るくなる……が!




  

  

「あ、まさか彼氏とか出来たり?」


「あ、い、いや、そんなんじゃ……」

   

 直ぐさま岸羽に問い詰められ、意識は完全にそっちの方に持っていかれてしまった。


「えぇ、ほんとー?」

 

 探りを入れられ露骨にアワアワし出す聖城。そんな状況でまたしても視線をこちらに送る彼女は、さっきとは打って変わって涙目だった。

  

 ここは助け船を出さなくては!

 




  

『地雷系っぽくて男の牽制に使える』 




 

 

……と、書いたノートを彼女に見せる。

 

 それを見た彼女は僅かにコクリと頷き、なかなか引かない岸羽にこう言った。

  

「ほ、ほら。地雷系ってこんな感じでしょ? この髪型だったらあんまり男も近づいてこないかな……って」


「え、聖城そんな独占欲強いんだ! ちょっと意外だな!」


「……え?」


 そう言うと岸羽は良いこと知ったと言わんばかりのニコニコ笑顔で、その場を去っていくのだった。 






 これは……やってしまった。

 思いっきし裏目に出てしまった。

 何故か彼氏居る前提で話を進められてしまった。

   

 一体、彼女にどう伝えるのがベストだったのだろうか。俺はチャイムが鳴るまでずっとそんなことを考えるのであった。




 *



 

「ここまで来れば、大丈夫でしょ」

 

 昼休憩。


 四限目の授業を終えた俺と聖城は、周りの生徒達に怪しまれぬよう、別々のルートを経由して昨日の校舎裏で待ち合わせをすることになっていた。


 合流すると早速、日陰にあったベンチに腰掛け、弁当箱を開く。女子と二人きりで食べる弁当。それが叶うとは夢にも思わなかった。


 にしてもさっきは申し訳ないことをした。助け船を出したつもりが、まさか逆効果になってしまうとは……本当に、本当に申し訳ない。

 

 弁当を食べ進めながらもどこか浮かない顔をする聖城。やっぱり彼女もあのことを気にしているのだろうか。

 

「結局この髪型、日野森君的にどう?」

 

 あ、気にしてたのはそっちか。


 一応『似合ってる』とは伝えたが、同時に『地雷系っぽい』とも言ってしまったようなものだ。その点で彼女の自信を削いでしまったともとれる。


 ここは素直に答えよう。

  

「めちゃ……い、良い……と思うけど」


「やった♪」

 

 いつになく声を弾ませる聖城。

 ちょっと可愛いすぎて直視できない。

  

「……でもやっぱ気になるから聞くけどさ。日野森君には私が地雷系とか、メンヘラとか、そんな感じに見える?」


「な」


 そんな余裕もつかの間だった。

 さらっと恐れていたことを聞かれる。


「いや、そういう意味でああ書いたわけじゃあ……」


「ほんと?」


「ほんとだって」


「……そっか、良かった」

 

 一応疑いは晴れたみたいだ。まあ正直彼女が地雷系だったとしても、それはそれで可愛いが。

 

 それにしても彼女、なんか今日はやたらと確認を取ってくる気がする。かまってちゃんという程ではないのだが、これじゃあまるで……。

  

「──でもさ。こう言うのも変だけど、やっぱ日野森君とは話しやすいな。大体私とおんなじようなテンションだし」


「え、マジで?」


「うん。マジ」


……いや、これ以上考えるのはよそう。


 話していくうちに一瞬、彼女が地雷そっち系っぽくも映ったが、つい確認を取ってしまうところは俺もまた同じだった。


 彼女と一緒に弁当を食べて、嬉しいことは間違いないが、なんかモヤモヤする昼休憩だった。

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