第4話 聖城さんと仮交際

「あの、聖城? やっぱその、迷惑?」


「い、いや、そんな。そういうパターンは初めてだったから。驚いただけ……」

 

 人通りの少ない校庭裏。

 二人きり。


 まあ確かに、このシチュエーションだと告白と取られてもおかしくはない。だが今の俺にそんな勇気もないし、いきなり距離を詰めるのも変だ。そういうわけで、まずは彼女の相談役から申し出ることにした。


「それで、なんで急に?」

 

「いや、聖城はその……ほら、淫魔サキュバスだって言ってただろ? それで周りと馴染めないんだったら、俺にもなにかできないかな、とか……」


「…………」


 いやいや、冷静に考えろ。

 この距離の詰め方も変だろ。

 

 俺のやっていることはそれっぽい理由で彼女に近づこうとしているだけじゃないのか? それはもうおせっかい以下のやり方じゃないのか?


 駄目だ。死にたい。

 自分で言ってて恥ずかしくなる。

 緊張して言葉が続かない。

 

 これじゃ余計に聖城を困らせて──!

  

「……私みたいな淫魔サキュバスってね、皆普通の家に生まれて、魔界ってところで義務教育を終えて、それから人間界に戻って進学もするけど、大半は風俗で働くの」


 唐突に始まった自分語り。これはさっきの提案を受け入れて貰えたということなのか? 魔界という言葉も非常にひっかかるが……ひとまず彼女の話に耳を傾ける。

 

「でも私は、ちっちゃい時から恋愛漫画とか読むのが好きで……ああいう恋愛に憧れて……知らない人になんて抱かれたくなくて──!」


「ちょ、悪い! つらいなら無理に言わなくても!」

 

 次第に声を震わせる彼女、その目にはほんのり潤いが乗っているようにも見えた。

 

 滅茶苦茶要約すれば、淫魔サキュバスの大半は風俗で働くけど、それは嫌だから一途な恋愛をしてみたい……ということになるだろうか。そうと分かれば、尚更彼女の力になりたいものだが……。

 

「ごめん、一人で盛り上がっちゃって。それで、さっきの日野森君のお願いね、ほんとに気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり私、そういうのは……」


「…………」


 サラッと申し出を断られ、俺も一度は肩を落とした。ところが続く彼女の意外な一言に、俺は再び心揺さぶられることになる。


「なんて言うか、その、付き合う前提で関わらない人にまで、迷惑になりたくないっていうか……」


「……!」

 

 俺は聖城が淫魔サキュバスであると知ったときからずっと考えていたことがある。彼女は俺達人間に対してどんな感情を抱いているのか、と。

 

 そして俺はその一言で俺は確信した。


 彼女は別に人間のことが嫌いなわけではない。いや、むしろ常人以上に他者を尊重し、周りのことを気にかけている。だから周りと距離をとる。


 そう考えると、なかなか友達が出来ないからと言う理由でコミュニケーションを諦めてしまった自分が、つくづく情けなく思えてくる。


 だったら俺は、どうするか?

 

 ここまであちらの境遇を聞いた上で、いざ今の自分に何も出来ないと分かれば尻尾を巻いて逃げるのか?

  

 いや違う。そんなの間違ってる。


 俺も彼女と関わることに、全くよこしまな気持ちが無いとは言い切れない。『タイプだったから』、『可愛いと思ったから』、そんな理由で彼女を好きになったことも否定しない。でも……! 


 今、俺を突き動かそうとしているのはそんな劣情だけではない。


 もっと彼女の力になりたい。

 もっと彼女のことを知りたい。


 じゃあ、どうするか?


 彼女が動くのを待っても駄目だろう。

 俺から動かなければ何も変わらない。


 彼女が『付き合う前提で関わらない人の迷惑になりたくない』というのなら、俺は……!





   

「お、俺は! 本気で! 聖城と向き合いたいって思ってて──!」






「──え?」


「あ」

 

 まずい。勢い余って全部言い切ってしまった。これはもう告白と捉えられてもおかしくはない。本当はもう少しオブラートに包んだ言い方が出来れば良かったのだが……。

 

「なんだ、そういうことなら早く言ってくれたらいいのに」


「……うん?」

 

 しかし、そう思い悩んでいた俺に対し、彼女は実に軽い口調で答えてくれた。続けて彼女はこうも言い放つ。


「私と交際したいってことでしょ?」


「なっ……ああ、い、いや……」


 交際だって? いやいや、いきなりそんな、高尚なこと求めているわけでは……。


「え? 違った?」


「い、いや……そういうわけじゃ……」


「……まあ、どっちにしたって、いきなり交際なんてやんないけど」


「…………」


 それはそうだ。いきなり力になりたいなんていうこと自体、おかしな話だというのに。本気で向き合うということは、それ以上にハードルの高い話だ。


 にしてもあまりにもあっけない最期だった。あんな早とちりをしてしまったせいで、全てが水の泡になってしま──。






「その代わり……って言うのもあれだけど、仮交際っていうの、やってみない?」






「……え?」


 全てを諦めかけていた俺の脳内に、一筋の光が差し込んできた。それは例えるなら、延々と続くかのように思えた砂丘の先に、やっとの思いでオアシスを見つけたかのような……そんな感覚だった。


「……仮、交際」

  

 聖城の声を、言葉を、反芻はんすうする。


「そう、仮交際。私は告白してくれた人に対しては、基本はそうするようにしてるの。まあ、この間の先輩みたいなのはそれも御免だし、今まで仮交際したって、一度も上手くいったこと無かったんだけど──」


「わ、分かった。仮交際、やろう」


 心臓が飛び出してしまいそうなほどの緊張の中、俺の口から出たのはそんなカタコト言葉だった。聖城にもちょっと、笑われた。


「今度は……うまくいくといいな」


 ふいにボソッと、聖城はそんな意味深なことを呟いたような気がした。まあいくら彼女が内気だとはいえ、これほどの美貌の持ち主であれば、アタックする異性も多かったろう。そこに驚きはしなかった。


 でも聖城は思った以上に、恋愛に情熱的で、慎重だ。そんな彼女が出してくれた提案に、決して俺も軽い気持ちでそう答えたわけではない。

 

 こうして少しの不安と期待を胸に、俺と聖城の仮交際はスタートしたのだった。

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