第23話 永峰さんと花火大会

『じゃあ今日六時、コンビニ前で』


 7月28日。午後五時半。

 聖城からそんなLINEが送られてきた。

 

 今日は年に一度の花火大会。毎年地元の河原で開かれるこの花火大会は、この辺りでもかなり規模の大きなもので、県外からも数多くの見物客が訪れるほどだった。


 さてそんな花火大会。前々から聖城と行こうという話にはなっていたが、待ち合わせ場所を決めるのは後回しになってしまって、結局、確定したのもついさっきのことであった。

 

 そんなこんなで待ち合わせ約三十分前、レジャーシートや財布などを入れたバッグを背に、俺は玄関のドアを開ける。

  

「──ちょっ、ちょっと待って! あんた今から外って、花火大会行くの!?」


 それは部屋を出てすぐのことだった。俺が外に出て鍵をかけ直していると、雪崩なだれのような勢いで永峰が上の階から飛び出してきた。かなり急いでのことだったのか、白のキャミソールに短パンと、かなり際どい格好をしていた。

 

「ああ、まあそうだけど」


「すぐ着替えるから、ちょっと待ってて!」

 

「あぁっ! ちょっ、おい、永峰──」


 俺の制止も聞かずに、永峰は部屋に戻って行った。まさか彼女、今から着替えて花火大会に行こうとでも言うのだろうか。


 登校時間であれば、俺も朝早くに学校に来て勉強をするようになっていたから同行するのも問題はないが、聖城と待ち合わせている花火大会に永峰と一緒に行くわけには……。

 

 彼女を待つ義理なんてない。待つ義理なんて全くなかったはずなのに、俺はその場から動けなかった。


 ただ、確かに義理はなかったが、待った理由としては一つ、あった。そのせいで、彼女の願いを断ることに、罪悪感を抱いてしまうような気さえした。

 

 そう、今日は彼女にとって特別な日──永峰の誕生日だったのだから。

 

「ごめんごめん! 待たせちゃって!」

 

 五分とかからずに、永峰は上の階から降りてきた。優しい藤の色を基調に、青や赤の朝顔がぱっぱと散りばめられた、どこか大人びた浴衣に身を染めて。 

 

 そんないつもとは違う彼女の姿に一瞬、俺もドキッとする。クラスのアイドル的存在である幼馴染み淫魔サキュバスの浴衣姿、これが映えないわけがなかった。


「あの……一緒に行くのはいいんだけどさ。会場着いたら……その、なるべく別行動で」


「あぁ、なるほど、そういうことね」


 その口振りからして、彼女ももう、気付いているのだろう。俺はあくまで、聖城と花火大会に行くつもりであるということを。


「じゃああいつが来るまでは、いいわけね?」


「……分かったよ」 


 それを承諾するということは、聖城に対する裏切りになるというのは分かっていた。


 ただ、今日が永峰の誕生日であるという一点で、その申し出を断るのははばかられた。


 そうして俺はまたしても、永峰の言いなりになってしまうのだった。


 


 *




『ごめん』


『これ間に合わない』


『ほんとにごめんなさい』


 午後五時五十分。永峰と屋台を見て回っていると、聖城からそんなLINEが鬼のように送られてきた。


 待ち合わせ時刻を今日決めたのは悪手だった。どうやら聖城の方は駅が混んでしまって、時間通りに待ち合わせ場所に来れなくなってしまったようだ。文面から冷静さを欠いてしまっているのが見て取れる。


「うわっ、連投するくせ遅刻とか、ヤバ……」


 そうして聖城のことを気にしていると、隣を歩いていた永峰が、心底つまらなそうにこちらのスマホを覗き込んできた。


「ちょっ、おま、なに勝手に人のスマホ──!」


「あっ、んや別に。ウチだったらもっと早めに予定組むのになーって思っただけ」


 そう嫌味ったらしい台詞を吐く永峰だったが、聖城が今回遅れてしまったのは、正直仕方のないことだと俺は思っていた。


 というのも、実は聖城は花火大会に行くのは今回が初めてのことらしく、さっきもLINEで『こんなに人が多いなんて……』的なことを言っていたからだ。


 彼女のことだ。それを知っていれば予定などもっと早く決めていただろう。悪いのはそこまで気が回らなかった俺の方であって──。


「あっ! ねぇ見てっ! こっちの焼き鳥安くない!? 五本で450円! しかもデカいし!」


 なんて一人反省会をしていると、いつの間にか永峰に腕を引っ張られていた。それから彼女が指を差した方へ目をやると、確かにそんな焼き鳥の屋台があった。


「おぁ、まあ、確かに。ちょっとお腹も空いてきたし、いいかも」


「でしょでしょ! これ買いでしょ!」


 とうとう時刻も午後六時を過ぎ、こちらも小腹が空いてきたので、一旦腹ごしらえすることにした。少し列は長かったが、そのコスパの良さと、近寄れば近寄るほどに嗅覚を刺激されるそのよく焼けた鶏肉の香ばしさに、抗うことなどできなかった。


「んーと、財布財布……」


「ん? ああ、お金とかいいって。ウチが出すから」


 列に並んでしばらくして、財布を出しにバッグを漁っていたら、永峰はそんなことを言ってきた。


 しかも割り勘とかではなくて、奢りだって? ちょっと太っ腹過ぎやしないか?


「お、奢りって……付き合ってないにしても、こういうのって男の方が出すものなんじゃ……」


「え? なんで? ……って、あっ、もしかして百合にそういう風に調教されてるの?」


「ちょ、調教!? ちが……聖城はそんなこと、俺にしな──」


「あ、もうウチらの番だ」


「……!?」


 最悪なタイミングで、二人の会話は遮られた。気付けばもう、俺達は列の一番前に立っていた。これではまた永峰に変な誤解をされてしまう……。




 *




「……あいっ! 焼き鳥五本ね!」


「あ! 紙コップもう一ついいですか?」


「ん? あぁ、はいよ!」


「わぁ! ありがとうございます! 美味しそー!」


 永峰は嬉しそうに、気前の良さそうなおっさんから、焼き鳥が五本入った紙コップを受け取った。


「はいっ、じゃあこれ、付き合ってくれた奢りね!」


 彼女はテンション高めにそう言うと、さっき貰ったもう一つの紙コップと、それに入れられた焼き鳥を三本、こちらに手渡してきた。


……うん?


「えっ、三本!?」


 いやいや、お金を出したのは彼女のほうなのに、それじゃ自分が食べる分より多いじゃないか。こんなの友達にするレベルのことじゃないし。それに……。


 それに今日は、お前の誕生日なんだぞ?


「永峰が買ったのに、なんか俺の方が多──」


「いいのいいの! ウチお金は結構あるし! 男なんてがっつり肉食べてなんぼでしょ?」


「いや、でも……」


 そんなやり取りがかれこれ10秒ほど続いたが、結局、先に折れたのはこちらだった。彼女以外の女子に奢ってもらうなんて、少なくとも俺の常識からしたら考えられないことだった。


「そもそも男が全部払うなんて古い古い。今はみーんな割り勘でしょ?」


「んー、そんなものなのか……って、え? でもそれだとお前、さっき全部奢ってくれたのは……」


「っ……!?」


 あ、まずい。ちょっと言い過ぎた。彼女の発言の矛盾にツッコみたいあまりに、わざわざこちらから気まずくなるような質問をしてしまった。今の発言は、撤回しなければ……。


「ああ、悪い。なんでもな──」


「そ、それは……」






「あんたのことが、好きだから……」






「!?!??」


 飲み込んだ焼き鳥が危うくのどに詰まるところだった。いくら周りがガヤガヤしていたとしても、彼女のその声だけはハッキリと聞こえた。


 いや、聞こえてしまった。


 まあ受け取り方はともかく、それは聖城からの噂話で知った好意や、彼女自身から聞いた『エッチしたい』とは全く違う衝撃だった。


 しかし、俺が真に驚いていたのは、永峰が俺に面と向かって告白してきたということではない。


 彼女のそのたった一言で、俺はとんでもない事実に気付いてしまったからである。


 俺が聖城の気を引くためにこれまでやってきたこと。そのほとんどは……。






 ぼっちだった俺が永峰にされて嬉しかったことだったというのを、今初めて自覚してしまった。






 つまり、今まで俺が聖城にしてきたことの多くは、永峰が俺にしてきたことの真似事であって──。






 じゃあ俺にとって、永峰とは一体なんなのか? ただのクラスメイトか? 知り合いか? それとも友人か?


……いや、俺に与えた影響を考えれば、彼女をそんな言葉だけで言い表すことはできないだろう。


 彼女の存在はもはや、俺の行動の原点……いや、原典と言っても、差し支えないものだった。皮肉なことに永峰は、俺の『心の師』だったのかもしれない。


 それほどまでに、俺は永峰の影響を受けていたんだ。


 多分俺は、自分が思っていた以上に、それも聖城と出会うよりずっと前から、永峰に恋していたんだろう。

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隣の席のサキュバスさんはヤンデレ気質だとしても可愛い 八橋こむぎ @8komugi

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