第22話 聖城さんはあの子が苦手

「……やっぱ私、あの子苦手だなぁ」

  

 永峰の去った公園で、聖城はブランコをわずかに揺らしながらそう呟く。結局、永峰との対談も、和解とは程遠い形で終了してしまった。

  

「この間はかー君のこと助けてくれたし、そっとしててもいいかなって思ってたけど、今日永峰ちゃんと話してハッキリした」

 



 

 

「──あの子、もう邪魔だよね?」





 

 聖城は下げていた頭をひょいと上げると、今度はまっすぐとこちらの方を見つめてきた。


「え? ちょっ、邪魔とか言うのは流石に──」

  

「だってあの子、まだかー君に絡んでくるつもりなんだよ? しつこいとか思わないの?」

 

 俺の言葉を遮るように、聖城はブランコの鎖をチャラチャラ鳴らしながら不服を唱える。これは相当、永峰のことが気に入らないようだ。


「そういう意味では……確かに永峰は俺らのことに頭突っ込み過ぎだとは思うけど──」

  

「だからもうさ、あの子始末するね」


 ゆっくりと漕いでいたブランコをピタリと止めて、唐突に聖城はそう言った。 


「は? え? 始末するって、な、永峰を?」


「……? そうだけど?」


 俺が尋ねても、彼女はきょとんとした顔をして固まるばかり。どうやら軽い冗談で言っているわけではなさそうだ。当然、俺は反論する。

 

「いやいや、それは駄目だろ! 流石に!」

 

「なんで?」


「なんでって──」


「邪魔でしょ?」


「…………」

 

 その半ば強引に言葉を被せてきたときの聖城の表情といったら、じつに冷たいものだった。 これほどまでに聖城が明確に殺意を露わにしたのは初めてで、俺は彼女になにも言うことができなかった。

 

「それともなに? あんなに粘着されて、かー君は全然いやじゃないわけ? まさかあの子のこと、好きだったりするの?」

  

「いや違う。好きとか別に、そんなんじゃあ──」


「じゃあ、いいでしょ?」


「…………」


 彼女の圧に、負けそうになる。止めなければいけないと分かっているのに、今の聖城には強く出られなかった。ここまで来て聖城に嫌われるのが、怖いと思っていた。


 でも、それでも、ダメなものはダメだと言わなければいけないときというのもまた、往々にしてあるもの。意を決してもう一度、聖城に反論してみる。


「でもやっぱり、駄目だ百合。そんなことしたら。その、百合が社会的に……」

 

「いいの。私は別に、どうなったって──」






「いやよくない!」






「……!」


 ただその言葉だけは、ハッキリと声に出すことができた。自暴自棄ともとれる聖城のその一言を、俺は見過ごすわけにはいかなかった。

  

「百合がいなくなったら! その……! なんていうか、困る!」


「…………」


 それは説得というには、あまりにも身勝手な理由かもしれなかった。だが彼女ならば、聖城ならば、むしろこういうで説得した方が効果があるのではないかという、そんな淡い期待があった。そう、いわばこれは、賭けだった。


 次に飛び出す彼女の言葉に身構えて、乱れた呼吸を落ち着かせていく。


 それから数秒の沈黙を挟んだ後、やがて聖城は口を開いた。


「そ、そう、だよね。ごめん。私が勝手なことして捕まっちゃったら……それこそかー君に迷惑かけちゃうもんね」

 

「……! ま、まあ、だから、やめてほしい」


「うん、分かった。かー君がどうしてもいやだって言うなら、やめる」


「お、おう。ありが……とう?」

 

 彼女の頭を冷やすことで精一杯で、若干受け答えは変になってしまったが、最悪の事態は免れたようだ。


 ほっと、胸を撫で下ろす……


──のも束の間だった。


「でも万が一、あの子に浮気なんてしたら──」


「んん?」





  

「かー君が私のことしか考えられなくなるくらい、一日中ハメ倒してあげるから」





  

「なっ、ぁ、あぁ……えぇ?」


 俺が一人安堵する傍らで、なんか最後の最後に爆弾発言をかまされた。


 え、なに? なんだそれは!?

 それはもう、なんというか……。

 ご褒美なのでは!?

 

「……で、その後永峰ちゃんも痛めつけちゃいます♪」


 前言撤回。とんでもないリスク付きだった。まあそんなこと言われなくても、聖城がいて浮気する気にはならないだろう。


 聖城が隣にいるだけでも、俺には贅沢過ぎることなのだから。


「ハイッ! 俺絶対に浮気しません!」


 誰もいない、日の沈みかけた小さな公園で、勢い余って俺は高らかにそう叫んでいた。そう、叫んでしまった。 






 俺と聖城と永峰。その三人の命は今、自分の手によって委ねられているといっても、過言ではなかった。まだどちらにも手を出していないという絶妙なバランスで、今この関係は成り立っている。



 もし俺の理性が決壊して、聖城か永峰と事に及んだとしたら、その瞬間、置き去りにされた方が暴走し始め、殺し合いに発展するかもしれない。最悪の場合、三人が死ぬことも考えられる。


 まず俺が、精神的に。

 





 片方は、社会的に。






 そしてもう片方は、物理的に。






……もちろん、そんなデッドエンドになんてしたくはないから、今はただ、聖城と永峰の誘惑に耐えるしかない。


 このヤンデレ三角関係トライアングルの行く末に、確かなハッピーエンドを見出すまでは。

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