第9話 永峰さんは見てしまった

 仮交際七日目。昼休憩。


 永峰の誘いを断ったあの日以来、何故か聖城は束縛強めになった。いつ如何なる時も、とにかく俺を気に掛けてくるようになった。それはプライベートに至ってもである。


 まあ俺の場合、外で話せるような友人もおらず、家でずっとスマホをいじるのが習慣になっていたので、大した問題にもならなかったのだが……。


「日野森君、何見てるの?」


「……あ」


 聖城の言葉で我に返る。


「私の卵焼き、食べたい?」


「そ、そんなつもりじゃ……」


 俺がたまたま目を落とした先にあったのは、聖城お手製の『たんぱく質盛り盛り弁当』だった。どうやら彼女の目には俺が弁当の具を横取りするような、そんな不埒ふらちな男に見えたらしい。


「はい、あ~ん♪」


「え」


 これは夢か?

 と、俺は思わず目を擦る。


 なんと彼女は唐突に卵焼きを俺の口の前まで運んできたのである。ただでさえ美味しそうな卵焼きに、付加価値まで付いてしまった。


 そんな彼女の誘惑になど耐えられるはずも無く、心臓がバクバク鳴り始める。


 こうなったのならもうヤケだ。俺はどうにでもなれという思いでそっと目を閉じ、口を開いて待機することにした。






「……ねぇ」






 数刻の沈黙の後、暗闇の中から彼女の声が聞こえてきた。まだ卵焼きが舌に触れた感触はない。俺はそのことを疑問に思いながらもゆっくりと目を開けていく。

 

「ん? なん──」






「うわっ!?」

 



 


 目を開いて真っ先に見えたのは、俺の顔をじっと覗き込んだままニヤけている聖城の顔だった。卵焼きもまだ箸に挟まれたままだ。


 俺が驚いて顔を引っ込めると、彼女はクスッと笑い出した。


「もー、日野森君。ちゃんと私の顔見て。自分からパクッていってよー」


 どうやら彼女、俺の方からパクッといくのを待っていたようだ。それまで卵焼きは『おあずけ』らしい。


 そんなの女子に免疫のない俺にはあまりにもレベルが高すぎる! でもでも、聖城がそういう積極的な男を望んでいるのなら……!

 

「全く日野森君はしょーがないな……」






「来て」






「……!?」


 聖城は箸を持つのとは反対の手で髪を掻き分けながら、挑発的な表情でそう言った。なんか言い方もやけにエッチだ。


 こりゃもう俺から行かないと、ホントに食べさせて貰えないんだろう。


 そっちがその気ならいいだろう。

 一思いにパクッといってやる。

 俺はそこで躊躇とまどうチキンじゃない。

 そう、やるときはやる男なんだ──! 


 パクッ!!

  





「ひゃうッ!」






 意を決して卵焼きに食らいつく。すると同時に小動物のような可愛い声が聞こえてきた。なんだよその反応は! 意外と彼女、受けは弱いのかもしれない。これにはツッコまざるを得なかった。


「え……自分から誘い受けしといてそんな驚くか?」


「い、一気に全部いくって思ってなかったから……」


「あ、それはなんか……ごめん」


 難しいな、パーフェクトコミュニケーションって。恋愛ゲームやってる身としては何が地雷になるか分からない。まあそこが楽しいところでもあるんだが。


「で、卵焼き、どうだった?」


「そんなのもう、滅茶苦茶おいしかっ──」






「……ちょ、ちょっと待って」



 


 

 唐突に彼女は口元に人差し指を立て、そう言った。その瞬間、校庭裏は静寂に包まれる。


……いや、その静寂を僅かに乱す小さなが浮き彫りになったというべきか。

  

「早く隠れてっ」


 先刻の和やかな雰囲気から一転、一気に緊張が走る。俺は急いで弁当に蓋をし、何か隠れられる場所はないか辺りを見回した。


「あそこだ」


 なんか丁度良さげな『凹』って形の壁があったので俺はそこに隠れることにし――。


 




「んっ……」






「!?!??」


 俺が隙間に隠れて数秒も経たずに、聖城までもが押し掛けてきた。一人でさえ狭いと感じていたのに、それが二人ともなれば……。


 ほんとごめん聖城。スキンシップは手を繋ぐまでという約束はもう守れそうにない。


 柔らかいところとか、乱れた息だとかがもろに当たっちゃってるし、甘くてフローラルな香りまでしてくるし……こちらもまた大きくなっちゃいけないとこまで大きくなってしまっている。


 今心臓が激しく脈を打つのは、バレたらこの関係が終わるという恐怖によるものか、はたまた彼女に触れていられるという興奮によるものか、分からない。


 そもそもその音が彼女のものか、俺のものかすらも分からない。


 早くこんな不安など去って欲しいと思う一方で、この状態がずっと続いて欲しいと思う自分もいた。

 

 本当に、最低だ。


「誰かそこにいるの?」


 外から聞こえてきたのはどこか聞き覚えのある女子の声。その一声で一気に現実に引き戻される。


 大丈夫。今ならまだ、戻れるんだ。


 声を出すな。

 息を漏らすな。

 足を動かすな。

 勃○するな。


 そしたらまた、彼女と──。


 









「……あんた、に何してんの?」

 










 何かが崩れたような音がした。

 目の前に立っていたのは永峰だ。

 目にハイライトのない、永峰だ。

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