第3話 聖城さんは恋愛ものが好き

 あの事件から一週間。


 驚くほどイベントの無い日常を送っていた。あの日以来、聖城ともまともに話してない。

   

 彼女が淫魔サキュバスだと知った二日後くらいまでは『おはよう』だとか言ったりもしたが、『おはよう』とだけ返されそこで会話終了。


『いやもっと話広げろよ』とか思うかもしれないが、彼女の素性については話しづらいし、そもそも同い年の女子と会話すること自体が稀……あ、永峰に関しては例外だ。

 

 まあそんな訳なので、変なこと言って嫌われたくないという思いが先行し、今こうして見事に沈黙を作り上げてしまっていた。

  

 だが、問題を抱えていたのは俺だけではない。聖城もまたそうだった。今だって『本読みたいんですオーラ』を放つものだから、周りからも愛想尽かされてしまい、もはや彼女に話しかける人なんて──。





 

「な~に読んでんの?」





 

「ひゃあッ!?」


……いた。バイタリティのある奴が一人、このクラスには存在した。一人黙々と本を読む彼女に声をかけたのは、ぼっちの希望、永峰だった。


 で、唐突にそんな学校のアイドルに話しかけられた聖城、なんと驚いた拍子に本を落としてしまう。にしてもなんだよ『ひゃあッ!?』って、可愛いかよ。

 

「わ! ごめん! ウチのせいで!」


「あ、ううん、大丈夫……」

  

 ただそこはクラスのアイドル永峰、フォローに回るのも早かった。彼女は床に落ちた本を拾い上げると、すぐに聖城に手渡した。

  

 ところが、そのすぐ後に事件は起きる。

 

「あ、あれ『色トラ』じゃん」


 たまたま本の前を通りかかったクラスメイト──穂高ほたか真也しんやはそう言った。

  

 本が落ちた拍子に本屋のカバーが取れて、その表紙までもが露わになったのだ。マンガ好きの彼が、それを見逃すはずもなかった。


『色トラ』……正式名称は『色恋タイムトラベラー』。

 

 俺も読んだことはないがネットかなんかで聞いたことはある。俺の情報が正しければ結構ドロドロの恋愛ものだったはず。にしても聖城がそんなものに興味を持っているとは──。


「……悪い?」

  

 教室に聖城の声が冷たく響く。なんだか心を見透かされているような気がして、思わず彼女の方を振り向いた。

 

 が、その視線の先にあったのは穂高の姿。まあ当然と言えば当然か。俺はひとまず胸を撫で下ろす。


「あ、いや……そう言う訳じゃなくて……意外だなぁって」


「そ、じゃあ」


「「…………」」

   

 それだけ言って聖城は、また読書の世界に戻るのだった。

 

 




……俺はこの一連のやり取りを見て、聖城について気付いた点が二つある。


 一つは、自身が淫魔サキュバスであることを隠すために、他者との関わりを避けているということ。


 もう一つは、そんな境遇に立っていながら、恋愛に対して、少なからず興味があるということだ。

 

 そこまで分かっているのなら、俺だけが彼女の正体を淫魔サキュバスだと知っているこの状況、何も手を出さない訳にはいかない。

 

 俺は永峰や穂高が去って暫くして、周りから注目されないよう、なるべく小さな声で隣の席の女子に声をかけた。

  

「あの……ちょっと、聖城」


「なに?」


「暇があったらでいいけど、後でちょっと話を……」


「……余裕のあるときなら、まあ」

  

 少しの沈黙の後、なんと彼女は俺の誘いに了承してくれたのだった。

 



 *




「──で、話って?」


 昼休憩。

 

 一目につかない校庭裏に、俺は聖城を呼び出した。わざわざ人通りの少ないこの場所を選んだのは、俺なりに考えがあってのことだ。


「聖城、その、差し支えなければ……!」





 

「俺が相談役……なれたらって」






「──えっ?」

  

 面食らったような表情のまま、聖城はその場で静止してしまった。

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