全力で叩き潰してくれる(Side E)

 商工会議所を出たエヴァンは、足早に辻馬車の停留所に向かった。

 例年通りなら、まだバザーの片付けをしている時間だ。


「エヴァン、ちょっといいか?」

「ティナを迎えにいくんだ。手短にしてくれないか」


 花屋の前を横切った時、店番をしていた青年に声をかけられた。

 ジャクリーンの兄であるライナーだ。


「そのクリスティナのことだ。ずっとべったりだけど、二人共もういい年齢だ。子どもの頃の延長線でその距離感なら、一刻も早く改めた方がいいぞ」

「……」


 返事をしないエヴァンに焦れたのか、ライナーが僅かにうわずった声で続ける。


「どうしてクリスティナなんだ? その理由がハッキリしていないなら、ただ近くにいた異性がクリスティナだけだったという話だ。もっと世界を広げろよ」

「ティナじゃなきゃいけない理由を語るのは簡単だけど、それでライバルが増えたらたまらない」

「いやいや、たしかにクリスティナはそれなりに可愛いし、いつもニコニコしていて性格も悪くない。ちょっとズレてて、話があさっての方に行くことがあるけど、まあ許容範囲だ」


 微笑みを崩さないエヴァンだが、その目が徐々に冷たいものになっていく。


「でもさ、エヴァンならもっと可愛い子がいるだろ。家柄だって、どっちも爵位持ちだけど格差が凄いじゃないか」

「……この国が議会制になって随分経つ。爵位といっても、数多の肩書きの一つに過ぎないよ」


 流石に公爵位だと「高貴な血筋なんですね」と一目置かれるが、その他はどこそこの社長と同レベルだ。



 かつては爵位を持つものは領地を持ち、その土地で強い自治権を有していたがそれも昔の話。

 返上するのも手続きが面倒なので世襲で継いでいるが、領地を持たずに一般市民と大差ない生活をしている者も多い。

 クリスティナの父もその一人で、祖先から譲り受けた私有地を貸与することで収入を得ている。

 一等地とは言いがたいが、ラザラス家はそれなりの場所にそこそこの面積を所有している。地方の地主にはよくあることだが、家系図を遡ればこの地を治めていた領主にたどり着くが、住民に対する権力のようなものはない。


 エヴァンの父は侯爵位を持っているが、婚姻で爵位を上げた宮廷貴族が元だ。

 政治の中心である貴族院に名を連ねるものの、そこまでありがたがるような血筋ではない。


「爵位だけじゃなくて、お前の家は金持ちだろ」

「家じゃなくて、母が裕福なんだ」


 母の実家は、南部を牛耳る富豪だ。

 ダイヤモンド鉱山を所有し、原石をそのまま売るのではなく、加工して販売するために麓に職人の町を作った。

 ダイヤモンドは無限に沸いてくる資源ではない。

 採掘量が減ったときに備えて、宝飾品のデザインや彫金技術の発展に力を入れた結果、国内屈指のジュエリーブランドに成長した。

 エヴァンの祖父の代には、首都グランディオで直営店を開業して、みごと成功を収めた。

 アクセサリーにとどまらず靴、服、帽子、鞄等々のトータルファッションを手がけるために、百貨店という新しい商売を始めた今では、「リントンのテナントに入ることが成功の証」と謳われるようになった。


 そんなリントン一族には、爵位コンプレックスがあった。

 今後の商売のために政治家とつながりたい、あわよくば高位貴族と縁続きになりたい……そんな思惑で成立したのが、リントン家の次女と侯爵家の長男の結婚だ。


「お前は見た目がいいし、頭もいい。金も地位もある。幼馴染みにこだわって、人生棒にふるなんて損だ」

「ティナを貶してるのか?」

「そんなつもりはない。クリスティナはいい子だよ。彼女には何の問題も無い。ただお前とは釣り合わないってだけだ」

「……」


 クリスティナを下げる流れに誘導したが、ライナーは回避した。

 もし彼女を低く見ているのなら、今のようなフォローは必要ない。

 目の前の男の挙動、言葉選び、話しかけてきたタイミングからエヴァンは一つの結論を導いた。


 ライナーの目的は、クリスティナからエヴァンを遠ざけることだろう。

「釣り合わない」と、言いながら決して彼女を悪く言わないのは、本人の耳に入ったらまずいからだ。


 二ヶ月先には、年に一度の花祭りがある。

 この辺りに住む若者は、恋人と参加するのが慣わしで、年頃であればそのまま結婚するケースが多い。


 エヴァンは毎年クリスティナと参加している。

 彼女の物言いたげな顔には気づいていたが、片時たりとも離れることなく、最初から最後まで側をキープしていた。


 どうにも上手く伝わっていないが、エヴァンの気持ちはクリスティナに告げている。

 昔に比べると緩和されたとはいえ、ライナーの指摘通り世間では格差婚になるが、両親は二人の結婚を認めている。

 母は女主人の仕事をクリスティナに教え込んでいるし、父も親戚に根回ししている。

 特に父にとって、クリスティナがロイド家に嫁ぐかどうかは死活問題だ。

 エヴァンが生まれた時に種を疑う発言をして以来、彼は家での居場所をなくしている。

 クリスティナが無自覚に潤滑油の役割をはたすようになってからは、家族とのコミュニケーションはクリスティナ頼りだ。


 クリスティナの魅力を語り、彼女を狙うライバルを生み出すのは避けたい。

 だが既にライバルだというなら話は別だ。


 二度と無駄な野心を抱くことがないよう、全力で叩き潰さねば――――

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