信じて送り出した幼馴染みが……(最終話)
ロイド夫人の命で、わたしは首都にいるエヴァンに会いに行くことになった。
その場にいたジャクソン夫人のご厚意に甘えて、グランディオではお屋敷に滞在させてもらえることになった。
リュード夫人は外交関係にツテがあるので、モスコミル側の状況を探ってくれることに。
プレス夫人はエヴァン、もしくはロイド卿との連絡役を買って出てくれた。
これだけのことをしてくれる人達に、わたしは何を返せば報いることができるんだろう。
三人に聞いたけど「ばぁばに甘えるのは孫の特権よ」と返された。
さすが教養のある方達だ。相手が負担に思わないよう、ジョークで和ませるのが上手い。
「――……同席した人間の話じゃなくて、あくまで外から見た話よ。誤解の可能性は充分あるわ」
むしろそうであってほしい、というようにリュード夫人は念押しした。
首都にやってきたエヴァンは、王女様に毎日会いに行っているらしい。
毎朝モスコミルの大使館を訪れて、何時間も一緒に過ごしているとか。
「……大丈夫です」
過去にエヴァンがわたしを好きだったとしても、今もそうだとは限らない。
王女様と出会って、そちらの方を好きになってもおかしくない。
わたしが首都に来た目的は、自分の気持ちを伝えることと、エヴァンの気持ちを確かめるためだ。
ロイド夫人は「連れ戻してきなさい」なんて言っていたけど、もしエヴァンが望んで王女様と結婚するというなら、わたしは反対なんてしない。
カースさんはあんな感じだったけど、王女様がエヴァンを愛して大切にしてくれるならそれでいい。
エヴァンと幸せになりたいけど、それ以上にエヴァンに幸せになってほしい。
もしエヴァンが王女様との結婚を選んだら、エヴァンの両親は離婚する。
夫人はやると言ったら、やる人だ。
ロイド卿とエヴァンは繋がり続けるだろうから、夫人の老後はわたしが引き受けるつもりだ。
長年娘のように面倒をみてもらっていたんだから、この先は娘のように恩返しをしよう。
*
エヴァンの行動はルーティン化している。
これならプレス夫人の手を借りなくても、大使館の門前で待ち伏せすれば会える。
そう告げたら、「私だけなんの役にも立たないなんて嫌よ!」と言って、まさかの大使館に立ち入る許可をもぎ取ってきた。
どうやらわたしの不用意な発言で、プライドを刺激してしまったようだ。
「どんな風に王女と過ごしているのか、現場を押さえてやりなさい!」といい笑顔で言われたけど、ちょっと待ってほしい。
王族のプライベートに押し入るの?
大使館はその国の領土扱いなんだけど、捕まったりしない?
*
いくらのせられようとも、他国の大使館内で勝手な振る舞いをするつもりはない。
プレス夫人が付けてくれた外交官の男性と共に大使館を訪問すると、大人しく案内に従った。
不可解だったのは、受付で名乗るなり職員さん達の態度が豹変したことだ――すごく好意的な感じに。
待ってました、と言わんばかりに、急かされるように応接室に案内された。
初めて姿を拝見する王女様も、職員さんと同様に笑顔でわたしを歓迎した。
まるで砂漠でオアシスを見つけた人みたいな喜びようだ。
彼女の側にはカースさんも控えていたが、かつてわたしを睨みつけていた眼光はどこへいったというのか、死んだ魚のような目をしている。
想像していたのとだいぶ違うな。
「ティナ。『花祭りまでには戻る』と言ったのに、約束守れなくてごめん」
「ああ、うん。それはもういいよ……」
久しぶりに会うエヴァンは、記憶にある彼と全く変わらなかった。
あれから色々ありすぎて彼の言う約束云々は、わたしのなかでは「そんなこともあったな」程度になってしまっていた。
「……エヴァンが連日王女様に会いに行ってる、って聞いたんだけど」
「ああ。どうも彼らは僕とティナの関係をよく思っていないみたいでね。正しい情報で判断できるよう、僕たちの十二年間について一日六時間説明していたんだ」
「なんで六時間?」
「六時間以内であれば、休憩時間を与えなくてもいいからだよ」
どこかの国の労働基準法みたいだな。
つまりここの人たちは、知り合いの知り合い……平たく言えば、他人の話を毎日六時間も聞かされていたのか。それは死んだ魚の目にもなろう。
逢瀬というより、宗教の勧誘。
しかも毎日押しかけてきて、何時間も休憩なしに説法してくるのか。
立派な精神攻撃じゃないか。
それにしても毎日六時間か。
エヴァンの話術はすごいな。
わたしが同じことをしようとしても、二十分ももたないよ。
「エヴァンが王女様を好きになったとか「ありえませんっ!」」
王女様が必死の形相で否定した。
「お二人の間に割って入ろうなどと、わたくしが浅ましゅうございました! どうか末永くお幸せに!!」
すかさず謝罪と祝福の言葉を投げつけられた。
*
「自分本位でプライドの高い連中だったからね。こちらから断ったら逆恨みされかねないから、むこうからギブアップするよう仕向けたんだ」
なるほど。それであんな嫌がらせを続けていたのか。
別れ際のモスコミルの面々を思い出す。
あれは金輪際エヴァンに関わろうとしないだろうな。
でも作戦とはいえ、自慢の幼馴染が他人から「要らない」と思われているのはモヤモヤする。
「ティナが迎えに来てくれるなんて嬉しいよ」
「そ、そうだね」
エヴァンに会ったら、その場で気持ちを伝えるつもりだったけど、私の話を嫌がらせの手段にしたって聞かされた流れで告白ってどうなの?
シチュエーションにこだわりはなかったけど、これはないと思う。
「何か言いたいこと我慢してる?」
鋭い。流石だ。
「えーっと……あっ、あのノートに書かれた記録?を見たんだけど、エヴァンはどうやってわたしの就寝時間を把握してたの?」
咄嗟に誤魔化した。
食事に関しては、我が家の料理人に聞けば事足りる。
ただ何時に寝て、何時に起きてるかをどうやって確認しているのかは全く思いつかなかった。
「………………あれは適当に書いた小道具だよ。面倒な相手に目をつけられた場合、相手から離れてもらった方がカドが立たないからね。今回は出先から直行することになったから、口でなんとかすることにしたんだ」
なるほど、そういうことか。策士だな。
つまりあのノートは、わたしへの気遣いなんかじゃなかったってことか。
先ほどの精神攻撃といい、厄介な相手を追い払うために躊躇なくダシにしているなら、エヴァンはわたしを異性として好いてはいないのだろう。
完全に親が先走ったパターンみたいだ。
「よかったぁ。危うくやらかしちゃうところだった」
「やらかすって何を?」
「秘密」
エヴァンに告白しようとしてた、なんて言えない。
ロイド夫人は引っ込みがつかなくて、わたしを息子の嫁にしようとするだろう。
両想いじゃなかったのは残念だけど、そもそもエヴァンがわたしを好きだから、彼を好きになったわけじゃない。
わたしが好きだから、エヴァンも同じように好きになってくれたら嬉しいという話だ。
今後は母親である夫人が強引な手段に出ないよう宥めつつ、正攻法で好きになってもらわなければ。
経験値が低いとか言い訳しない。
誰だって最初は不慣れで、それでもジャクリーンのように努力の末に恋を成就させているんだから、わたしも頑張るしかない。
「来年の花祭りは一緒に行こうね」
ずるいかもしれないけど、隣を確保しておくことにする。
「勿論。来年もその先も、ずっと一緒に行こう」
エヴァン。そういう言いかたは、相手が勘違いするからやめた方がいいよ。
To be continued…→
※クレジットはBack to the Futureのオマージュです。クリスティナ達の人生は続くという意味で、続編ありきではございません。
とはいえ話を広げやすい設定なので、機会があれば第二部開始するかもしれません。
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