クリスティナと3人のお婆様
恋心を自覚すると同時に、失恋も自覚して涙が止まらなくなった。
とても家に帰れる状態ではないわたしを、ジャクリーンは彼女の家に泊めてくれた。
「――……ふうん。随分あやふやじゃない。息子の縁談話が進んでるのに、母親が把握してないなんてことあるの?」
「……王族が関わってる話だから」
「いやいや。私はロイド夫人と数えるほどしか会ったことないけどね。あんなザ・上流階級の奥様みたいな人を、差し置いて話を進めるなんてありえないでしょ。もし本当は知ってるのに黙ってるなら、手紙を出して情報収集なんてしないわよ。つまり怪しい。ちゃんと確認すべき。オーケー?」
「う、うん……」
「だいたいその外国人の付き人? そいつ何様よ。そいつの話を信用する根拠ってなに? 肩書き?」
ジャクリーンの言う通りだ。カースさんは立派な肩書きを持っているけど、あの人は最初から好意的ではなかった。
どうしてそんな人の言葉を鵜呑みにしたんだろう。
「……ありがとう。明日夫人のところに話を聞きに行くわ」
そんな権利はないからと、わたしは今の状況について踏み込んだ話を聞かなかった。ただ夫人が零した言葉に、自分の推測を添えていたに過ぎない。
*
翌朝。お兄さんのライナーが馬車を出してくれたので、わたしとジャクリーンはロイド邸に直行した。
事前の連絡なしだけど、思えば子供の頃から突撃し続けていたので今更だ。
わたしが非常識なのも不適切なのも全部今更だ。
「政略結婚なんて、今時流行らないわよ。どこかの家と繋がりたいなら、お互い裏切れないような内容で業務提携した方が確実よ。王族なんてメリットよりも、堅苦しい生活を余儀なくされるデメリットの方が大きいでしょ」
政略結婚経験者で、経営者一族出身の夫人はとても合理的な人だった。
「あらあら、クリス。目が腫れてるわ。もしかして泣いたの?」
「まったくもう! 今は時代が違うんだから、縁談なんてとっとと蹴って帰ってこれるでしょ。とんだ見込み違いだったかしら!」
「お婆様にお話してごらんなさい。こう見えて結構偉いのよ。まとめてふんじめてやりますからね」
偶々ロイド邸に滞在していたご婦人方に囲まれる。
右からジャクソン夫人、リュード婦人、プレス夫人だ。
貴族院の婦人会の方々なので、年齢は私の母親世代から祖母世代と幅広い。
手紙のやり取りだと時間がかかるため、ロイド夫人は首都に住む知り合いを片っ端からカントベリーに招待したらしい。
「マジで存在するのか、エアお婆様……」
背後でなにやらライナーが呟いてる。エアお婆様ってなに!?
「――そもそも、クリスティナは当家の嫁として内定していたのです。正式な調印の前でしたが、実質あの子の婚約者です」
「そうよねぇ」
「そうなんですか!?」
「散々一緒に挨拶回りしたでしょうが。これで他の女と結婚なんてことになったら、私の面目丸つぶれよ」
借金などのやむにやまれぬ事情があるわけでもなし。
息子の結婚問題から閉め出されるなんて、ロイド卿が夫人を女主人として認めていない。夫人にはなんの権限もないと吹聴するも同義だ。
「一度ならまだしも、二度も私を侮辱するような男は要らないの。甘んじて蔑ろにされるつもりはないから離婚するわ」
つ、強い。
もし王女様と息子の結婚を認めたら、ロイド卿自身は離婚することが決定した。
「あの、わたしエヴァンが好きなんです」
なし崩し的にわたしがロイド家の嫁な流れだけど、夫人が政略結婚反対派なら尚更、ちゃんと気持ちを告げてはっきりさせておくべきだ。
「今更?」
「はい。……お恥ずかしながら、今まで無自覚でして」
「よかったわね。両想いよ」
「いえ、まだエヴァンの気持ちを聞いてないので。こういうことは、ちゃんと本人に確認すべきだと学びました」
いいことも、悪いことも、人伝に聞いた情報だけで判断しちゃだめだ。
「セバス、あのノート持ってきなさい」
夫人の指示に、セバスさんの顔に緊張がはしる。
「よろしいので?」
「本人が作った物なら、証拠として確かでしょ」
真剣な目で確認をとる執事に、夫人は躊躇なく命じた。
*
横からノート覗き込んだジャクリーンが、悲鳴を抑え込むかのように口に手を当てた。
「……前言撤回するわ。ケニーは私の変化に鈍感でいい」
「そんなに?」
見た目は日記帳だが、中身は日誌だ。
中には日付と、わたしの就寝時間、起床時間、服装、何時になにを食べたかが箇条書きで綴られていた。
もしかしたらジャクリーンは、レコーディングダイエットを知らないのかもしれない。
例のモデル活動の健康診断で、問診時に度々提案されるのだ。
なんでも自分の生活を記録して振り返ることで、食習慣の傾向や、過剰なもの、逆に不足しているものに気付けるらしい。
三日坊主どころか、一日すらやり遂げられずに挫折したので、わたしはやっていない。
エヴァンはわたしの分も記録してくれていたみたいだ。
でもこれって、本人が見返すことで効果を発揮するから、ただ記録したものをしまい込んでちゃ意味ないんだよ。
「……わたしのために、こんなに骨を折ってくれるほど、エヴァンは大切に思ってくれてたんですね」
「これでそうなるんだ!? あらぬ方向にカーブしたのに、ちゃんとゴールに入っちゃうんだ!?」
「割れ鍋に綴じ蓋ってことでしょ」
叫ぶジャクリーンに、にべもなく夫人が言い切った。
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