失恋
「断れない筋からの依頼でグランディオまで同行することになったけど、花祭りまでには戻るよ」
そう告げてエヴァンは、モスコミル一行と一緒にハーベイを後にした。
父親のロイド卿も、息子と一緒に行ってしまったので、わたしと夫人も滞在を切り上げることにした。
家族へのお土産を購入しに外出したわたしは、ホテルに戻ってきたところを呼び止められた。
「あなたがたの関係を調べさせていただきました。恋人でもなければ、正式な婚約者でもない。年頃の男女だというのに、非常識だとは思わないんですか?」
「その……いえ、仰る通りです」
カースさんの言葉は正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
「エヴァン・ロイド氏は王女殿下との縁談が持ち上がっています。不適切だという自覚があるのなら、行動を改めてください。お互いの為になりませんよ」
厳しい言葉を突きつけられて縮こまっていたところに、容赦ない追い打ち。
エヴァンが結婚。
王女様との縁談なんて初耳だ。
でも仕方がないのかもしれない。
相手が王族ともなれば、確定するまでおいそれと他人に話せる話じゃない。
家族ぐるみの付き合いをしているけど、わたしは単なるご近所さんだ。
それに今まで、そういう可能性を考えなかったわけじゃない。
エヴァンもわたしも、いつまでもこのままではいられない。
いずれエヴァンは彼に相応しいお嬢さんと結婚し、わたしも分相応な相手に嫁ぐ。
子供の頃と変わらない距離感で接してくるエヴァン。
我が子のように接してくるロイド夫妻。それに反対しないわたしの親。
彼らだけじゃない……わたしも麻痺していた。
自分はちゃんとわきまえてるつもりだったけど、全然そんなことはなかった。
いつか、いつかと先送りにして、誰も咎めないのを良いことに、居心地のいい場所に甘んじていた。
夫人がわたしありきでスケジュールを立てていたとしても、家族旅行に親戚でもない人間が同行するのはおかしいと断るべきだった。
妹みたいは、妹ではない。
幼馴染みは免罪符にならない。
恥ずかしい。このまま消えてしまいたいと思いながら、「善処します」と告げた。
「たかが議員の息子が、王族の配偶者になれるんです。金輪際、軽率な真似はしないでいただきたい」
聞き捨てならない言葉に、申し訳なさが吹き飛ぶ。
「たかが……?」
「侯爵と言っても、この国の形骸化した爵位では一般市民同然です。リントン一族といっても、外に嫁いだ女の子供に大した価値はない」
「……失礼ですが、近代化が進んだ当国から、貴国へ縁談を持ちかけるとは思えません。そちらが彼を高く評価して、王女様の伴侶に指名したんじゃないんですか?」
「我が国で白い生き物が吉兆の証だからですよ。外国人ですが、見栄えが良く、頭も良く、血筋も悪くない。運良く選ばれただけのことです」
なんだそれ。
あの髪色の裏にどんな苦労があったか。
体質故にエヴァンがずっと制限された生活をしているのを知らないのか。
それとも知った上で、どうでもいいと思っているのか。
見栄えってなに。頭が良いのは、ちゃんと努力してるからだ。生まれを貶しておきながら、悪くないってどれだけ上から目線なんだ。
この人は何か一つでもエヴァンに優るものがあるのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
「もし本当にエヴァンを王女様の伴侶として迎えいれるなら、彼を大切にしてください。決して蔑ろにしないでください」
家族じゃないけど、家族みたいに大切な存在なんだ。
切っ掛けがなんであれ、それでエヴァンが幸せになれるのなら、わたしはおめでとうと祝福しよう。
*
年に一度の花祭りがやってきた。
今日は町の至る所に、花とランタンが飾られている。
橙色の明かりと、有志の音楽隊の演奏は一晩中途切れることなく続く。
カースさんの話を聞いたときから覚悟していたけど、やっぱりエヴァンは戻ってこなかった。
王族と外国人の結婚だから、色々と話し合うことが多いのかもしれない。
夫人も首都で夫と息子がなにをしているのか把握できておらず、日に日に苛立っている。
少しでも情報を仕入れようと、首都に住む知り合いに手紙を出していた。
エヴァンのように、わたしも将来を共にする相手を見つけなければいけない。
花祭りはその相手を見つける絶好の機会だ。
毎年エヴァンと出かけては、別行動できないかな……なんて、失礼なことを考えていた。
やっと一人で参加できることになったのに、ちっとも気が乗らない。
旅行に行く前は面倒で憂鬱でも、いざ行けば楽しいなんてことはよくある話だけど、今回に限ってはずっと気持ちが晴れないままだった。
両親の手前、いつも通りを装って家を出たけど全然楽しめない。
会場の端にある屋台でジュースを買い、ベンチに腰掛ける。
ただぼーっと過ごしながら、時間が過ぎるのを待つ。
このお祭りって、こんなにつまらないものだった?
いつもどうしてたんだっけ?
「クリスティナ!?」
「……ジャクリーン?」
「ちょっと! どうしたのよ!?」
「――え?」
「泣いてる!! 何があったの!?」
そういえば視界がぼやけていた。そうか、わたし泣いてたのか。
「ケニー!」
「いいよ。今日はもう解散しよう。ジャクリーンは、こんな状態の友達をおいてお祭りを楽しめるような子じゃないもんな」
「うん、ごめん。ありがとう! 大好き!」
ああ、二人の仲は順調なんだな。好きな人と両想いなのか。いいな。羨ましいな。
「……そっか。わたしエヴァンのことが好きなのか」
友達じゃなくて、ましてや家族じゃなくて。ジャクリーンとケニーみたいになりたかったのか。
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