よーく考えようー 自衛は大事だよー(1)

 バザーの片付けを終えたわたし達は、慰労もかねて一服していた。


「ジャクリーンはケニーに、自分の気持ちを言った方がいいわ」


 穏やかな口調だがアンは、はっきり言い切った。


「面倒な女だと思われない?」

「実際に面倒な女じゃない。あたしもアンに賛成。もしこれで面倒だと思われたらそれまでよ。我慢しても長続きしないわよ」


 マリーは容赦がなかった。もっともな意見だけど、今のジャクリーンにはキツすぎる気がする。


「『好きなら気づくべき』とか『私のこと好きじゃないの?』とは言わない方がいいけど、『気づいてくれなくて悲しかった』くらいは伝えていいんじゃないかな」

「クリスティナ……」


 相手を責めたり、相手に要求するのは止した方がいいけれど、気持ちを伝えるのは問題ない。それでも嫌気がさすというなら、それはジャクリーンとケニーの相性が悪いということだ。


「ケニーはちゃんと聞いてくれると思うけど、もし納得できない結果に終わったらまた考えよう」


 何かの本で「相談されてもアドバイスするのはダメ」と読んだだけど、それでもわたしは言わずにはいられなかった。

 ここで「うんうん、そうなんだ」と話を聞いて終われば、ジャクリーンは愚痴を零したことで溜飲を下げ、ケニーになにも言わずに終わるだろう。


 確かになにも言わなければ、これまで通り付き合い続けることができる。

 でも不満があっても、口に出すことすらできない関係に意味はあるのだろうか。

 義務でつながっているわけではなく、お互いに好ましいと思っているから恋人になったのに。


 きっとこの先も、似たようなことは続く。

 同じことを繰り返し、小さな不満を積み重ねたらいずれ破綻するだろう。

 ならば初期の段階で話した方がいい。ケニーに対して拗らせた感情を抱える前に。


「噂をすればほら、ケニーが来たわよ」

「エヴァンもいるわね、偶然合流したのかしら」


 教会の正門付近に、二人の男性が連れ立っている。

 此処とケニーの職場は2ブロックしか離れてないから、側に止まっている辻馬車はエヴァンだろう。


「……こうして並び立つと、同じ人間とは思えないわね」

「ちょっと! エヴァンと比べないでよ! ケニーにも格好いいところはあるんだから!」


 しみじみとした感じで呟くマリーに、ジャクリーンが抗議した。

 やっぱり彼女はケニーが好きなのだ。誰かに貶されるのは我慢できないのだろう。


 本日は晴天。エヴァンはつばが広めのハットを被り、手の甲だけ隠す手袋をはめていた。

 女性のように日傘をさすわけにはいかないので、特注でデザインされた日よけ対策だ。

 エヴァンの服装は、至る所に直射日光を避ける工夫が施されている。

 どれもオーダーメイドで作ったものだ。


 以前はエヴァンだけのスタイルだったけど、彼が首都や保養地にもあの格好で赴くので、知らず広告塔になっていたらしい。いつのまにかハットも手袋も、紳士の間でトレンドになっていた。

 今やあのシルエットのハットを見ない日はない。


「……確かにすごくキマってるけど。でもいつもペアルックなのは、どうかと思うわ」


 ジャクリーンが複雑そうな表情でこちらを見てきた。


「別に揃えてるわけじゃないのよ。どういうわけか、いつも被っちゃうの」


 示し合わせているわけでもないのに、外出時は毎回服がお揃いになってしまう。


「どういうわけかって……、こっちこそどういうことよって感じなんだけど」

「手持ちが似通ってるからって、こうも続くものなのかしら」


 実はわたしの服は、エヴァン経由で入手したものだ。

 購入ではなく入手なのは、試作品だから。



 エヴァンは目立つ。

 色彩が珍しいのもあるけれど、長身で雰囲気のある美形だからだ。

 普通に過ごしているだけなのに流行の発端になる彼に数年前、夫人の実家と繋がりのあるブティックから声がかかった。

 男女両方のラインを持つお店なので、流れでわたしもモデルとして協力することになった。わたしはファッションリーダーでもなんでもない、よくいる田舎の小娘に過ぎないので完全に彼のおこぼれだ。


 モデルと言っても、わたしは工房で試し着してカタログ作成に協力するだけ。

 わたしのサイズに合わせて作っているので、役目を終えた服をもらえるという寸法だ。

 男性の方は、エヴァンのように絵になる人物の方が映えるが、女性の方は購買層が自分と重ねやすいような平凡な女子の方が良いらしい。


 ブランドは季節ごとに新作を発表しているので、ブティックがある首都に呼ばれるのは年4回。

 ただカタログのモデルになるだけで新作の服がもらえるなんて、羨ましいと思われるかもしれない。

 わたしが逆の立場ならそう思う。


 けれど実際は、結構面倒くさい。

 毎回採寸するんだけど、何故かそのときに健康診断もセットになっているのだ。しかもかなり本格的な。

 まず体に気になる症状がないか聞かれ、血液検査と医師の診察を受ける。

 体のサイズを測るついでに、身長、体重、視力、聴力、血圧も測定する。

 細かなアンケートは、食事内容から生活サイクルまで毎回3ページくらいあるので毎回埋めるのに時間がかかる。


 世の中には契約で体形や髪型を変えることが禁じられているモデルもいるらしいけど、わたしたちの場合は『常に健康でいること』だ。

 節制を強要されたりはしないけど、毎回生活について専門家からアドバイスが入り、理想の食事を提案されたりする。

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