よーく考えようー 自衛は大事だよー(2)

 ひとつのデザインにつき、男女両方のパターンが作られるので、わたしとエヴァンは対になった服を所持している。

 ワードローブが同じだからか、かなりの確率でわたしたちは服が被っていた。


 両家の親はなにも言わないが、きっと麻痺しているんだろう。

 幼い子どもが、お揃いの服を着ている光景は微笑ましい。

 兄弟姉妹で色違いの服を着たり、柄を合わせるのはよくあることだ。

 親にとって子どもはいつまでも子どもだと聞くけど、わたしは十七歳、エヴァンは十九歳だ。

 この年でお揃いってどうなの。

 試作品だから共布になってるけど、これって普通は婚約者とか夫婦が着るものでしょ。

 その人たちだって、ここぞという時だけで普段は別なはずだ。


 エヴァンの好意に乗っかっておいて「わたしはこれを着るから、エヴァンは別のを着てね」とは言えないので、前に彼になにを着る予定か聞いたことがあった。

 その時の答えは「その日の天気や気温に合わせてるから、事前に決めてない」だった。

 それはそうだ。わたしだってそうしている。

 晴れた日は明るい色を着るし、雨の日は濡れても構わないデザインを選んでいる。


 町から離れているから、出かける時は基本馬車だ。

 エヴァンの服装を確認してから着替えていては、かなり待たせることになる。

 気にしているのはわたしだけなのだ。こんなことで周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。



 わたしが手短に説明すると、三人とも苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「……いや、おかしいでしょ。あたしが知る限り、あんたたち毎回お揃いじゃない」

「ケニーについて相談にのってくれたお礼に、私からもアドバイスするわ。なんで教えてもないのに服が被るのか、ちゃんと考えなさいよ」

「クリスティナこそ、一度エヴァンを話した方がいいわ」



 わたしとエヴァンが乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。

 カッポカッポと、のんびりした蹄の音が車内まで聞こえてくる。


「ティナ。浮かない顔だね。何かあった?」

「ちょっと考えごとをしてるの」


 外した眼鏡を懐にしまいながら、エヴァンが問いかけてきた。

 これもまたエヴァンの日よけ対策のひとつだ。

 視力矯正のレンズではなく、薄く色がついたガラスがはまった眼鏡は、晴れの日の必需品。

 しかしエヴァンはこの色つき眼鏡が好きじゃないようで、日陰や建物の中に入ったらすぐに外してしまう。

 視界にレンズの色が重なるので、本来の色で見れないのが嫌らしい。

 わたしも試しにかけさせてもらったことがあるけど、世界が薄暗くて不思議な感じがした。

 眩しくはないけど、あの状態で生活するのは確かに不便だろう。


「なにか悩み?」

「悩みというほどでもないんだけど……、どうして毎回服がかぶっちゃうのかなって」


 誰の、とは言わなかったがエヴァンには通じたようだ。


「条件が同じなんだから、選択が似るのは当然だと思うけど」

「うーん」


 本当にそうだろうか。

 例えば薄手の長袖の服。明るい色だけでも何着かあるのに、そこまでピンポイントでかぶるのは、やっぱりおかしい。

 三人はなにか気づいたみたいだったけど、教えてくれなかった。

 きっとわたしが自力で答えをださなきゃいけない問題なんだろう。


「あまり気にする必要はないと思うな。僕とお揃いでなにか不都合があるの?」

「不都合はないけど、ちょっと気まずいかな」


 ジャクリーンの反応も微妙だった。

 やっぱりいい歳してお揃いなんて、他人から見ておかしいのだ。


「嫌なの?」

「嫌って言うか、小さな子どもみたいで恥ずかしいの」

「大人でも衣装を揃える人たちはいるよ」


 それは婚約者とか夫婦の話だ。


「……エヴァンって天然だよね」


 頭はいいのに、こういうところが心配になる。

 特に男女の機微については、かつての物を知らなかった頃の名残がある。

 昔と違うのは、わたしもまた経験が乏しくてうまく教えられないこと。


「天然なのはティナの方だと思うけど……」

「じゃあ、わたしたち似た者同士なんだね――ハッ。そうか! センスが似てるんだ!」


 お洒落なエヴァンとファッションセンスが同じなんて、わたしも中々やるではないか。

 きっとブティックで最先端のデザインに触れているから、知らないうちにセンスが磨かれたに違いない。


「うん。なら仕方ないね」

「解決したみたいで、よかったよ」



 ここ最近頭の片隅にあった問題が解決したことで、わたしはご満悦状態になった。


「そうだ。今年もハーベイに行くことになったから、準備しておいてね」


 ハーベイは人気の保養地だ。

 美しい海に、白い砂浜。海岸沿いには、富裕層向けのホテルが建ち並ぶ。シアターでは人気の劇団が連日公演を行い、ハイシーズンにはサーカスなどの移動興行もやってくる。


「それだけど、小さな頃ならともかく、この歳になって他所のお宅の、家族水入らずにお邪魔するのはどうかと思うの」


 どういうわけか、わたしはロイド家の家族旅行にかれこれ十年前から毎回同行している。


「ティナが来てくれないと、父は困ったことになるし、母は時間を持て余すし、僕だって寂しい思いをすることになるよ」


 どうしてロイド卿が困ったことになるんだろう。

 内心首を傾げながら、わたしは初めてのハーベイ行きを思い出した。

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