言いつけは守ったよ(1)

「おかあさま! 今日はおうちの中でお絵かきするね!」


 メイドのハンナと二人で納屋の整理をしている母に声をかけた。

 昨日のことがあったからか、わたしの宣言に母は、ほっとした顔をした。


「おとなしく遊ぶのよ」

「わかった!」


 部屋に戻るとわたしはお絵かきセットを抱え、家を飛び出した。



「こんにちは」

「こんにちは?」


 門のない我が家と違い、エヴァンの家の前には大人の身長よりも高い塀がそびえている。

 アーチを描く門扉の側には、人が一人座れるだけの小さなスペースがあった。

 わたしはその小さな空間に収まっている男性に声をかけた。


「おじさんは、エヴァンのおとうさまですか?」

「え? 違うよ。お嬢さんはどこから来たのかな?」

「おとなり!」

「ああ、ラザラスさん家の娘さんか」


 相手が子供で、しかも隣人。門番のおじさんは、腰をかがめてわたしと目線を合わせてくれた。


「クリスティナです」

「こりゃご丁寧にどうも。クリスティナお嬢さん、何か当家にご用ですか?」

「エヴァンとあそびに来ました!」

「えっと……」

「お外であそぶのはだめだって、おかあさまが。だから今日はおうちの中でお絵かきします!」

「ご両親が了承してるのか。まいったな、ちょっと待っててね……」


 困った顔をしたおじさんは、駆け足で屋敷に入っていった。



「ようこそいらっしゃいました、クリスティナ様」

「あっ! 昨日のおじいさん!」


 門番のおじさんは、初老の男性を連れてきた。


 埃ひとつない真っ黒なジャケットとトラウザーズ。皺ひとつない真っ白なシャツと手袋。ピカピカの革靴。

 門番のおじさんとは出で立ちがまるで違う。

 灰色の髪をなでつけて、タキシードを身に纏った男性には見覚えがあった。


「覚えておいででしたか。ロイド家の執事を務めております、セバスと申します」


 丁寧に腰を折った彼もまた、わたしに視線を合わせてくれた。


「セバスさん。エヴァンはもう赤くない? おうちの中なら、あそんでもいいって言われたの!」

「坊ちゃんのお体のことでしら、大丈夫ですよ。そうですか。ご両親が許可されたのですね」


 わたしの中で昨日の会話は、すっかり「外で遊ぶのはだめだけど、家ならOK」ということになっていた。



「エヴァン、こんにちは!」

「クリスティナ!?」

「あそびにきたよ! おうちの中なら、赤くならないんでしょ?」

「うっ、うん! ……もう会えないかとおもった」

「え!? おとなりなんだから、いつでも会えるよ?」

「そっ、そうだね……!」


 もしかしたら隣の家に行くのも大変なほど身体が弱いのかもしれない。

 家の中でも激しく動き回るような遊びは止めよう、と心に誓った。


「お絵かきするの?」


 わたしの手元を見て、エヴァンが疑問を口にする。


「ちがうよ。きょうは、わたしが考えた新しいあそびをするの!」


 これもまた、町の友達とはできない遊びだ。

 わたしは自信満々に、準備として一枚だけ描いてきた画用紙を掲げた。


「さいころを作りたいから、エヴァンのおかあさまに切ってもらおう! どこにいるの?」


 ラザラス家では子供は七歳まで、勝手に鋏を使うのは禁じられている。ロイド家も同じだろう、とわたしはエヴァンに訊いた。


「……わかんない」

「このおやしき広いもんね! 大人ならだれでもいいから、門のおじさんにお願いしようか!」


 わたしをエヴァンの部屋に送り届けて、セバスさんはどこかへ行ってしまった。

 確実に居場所がわかる大人は、門番のおじさんだけだ。

 あっけらかんとしたわたしの反応が意外だったのか、目を丸くしたエヴァンの手を引き部屋を出た。


 深刻な顔をした両親の手前言い出せなかったが、わたしはエヴァンの綺麗な肌がうつるのなら本望だった。



「わっ、びっくりした!」


 扉を開けると、廊下に一人のメイドさんが立っていた。

 通りがかったという感じではなく、ずっと扉の外に待機していたようだ。

 そういえばセバスさんが、この部屋へ連れてきてくれた時にも彼女はこの場所にいた。


「おねえさん、どうして中にはいらないの?」


 昨日のことがあるから子守についているのだと思うが、部屋の外では意味がない気がする。


「あのっ、えっと……」

「まあいいや。おねえさん、これ切ってください!」


 わざわざ外に出る必要がなくなってラッキーだ。


「これは……?」

「さいころを作るの」

「えっと、これを切っても賽子にはなりませんよ」

「うそ!?」


 ちゃんと六個の四角と、目をかいたのに作れないとはどういうことだ。


「フリーハンドで大きさも滅茶苦茶ですし……。あの、賽子なら持っている人間がいるかもしれないので、借りてきましょうか?」


 ためらいがちに提案されて、わたしは食らいついた。


「おねがいします! ほら、エヴァンも言って!」

「おっ、おねがいします」

「!? はっ、はい。お部屋でお待ちくださいね」


 彼女の背中が小さくなるのを見届けると、エヴァンを連れて部屋に戻った。


「メイドのおねえさんがもどってくるまでに、じゅんびしよう!」

「なにするの?」

「えっとね……」


 これはわたしが考案した遊びで、実際に遊ぶのはその日が初めてだった。


 まず画用紙に色々な指令を書き、部屋に並べる。

 賽子の目にしたがって進み、止まった場所の指示に従う。先にゴールについた方が勝ち。

 広い部屋の中でしかできない遊びなので、基本外で遊ぶ町の子とはできない。


「――たとえばね。これは『3回ジャンプする』。エヴァンも何かかいてね」


 ルールを理解したエヴァンは、渡された画用紙に『4回ジャンプする』と書いた。


「つぎは、なににしよっかなー。あっ! 『イヌのものまねをする』にしよっ」


 わたしの手元を覗き込み、エヴァンは『ネコのものまねをする』と書いた。


「……『5びょうかん、ぎゅーってする』」

「!?」


 さっきからわたしの真似をしていることに気づいたので、悪戯心が出た。

 どう返すのかわくわくしていると、エヴァンはためらいながら『3びょうかん、あくしゅする』と書いた。逃げたな。


 わたしたちはどんどん書き進め、持ってきた画用紙をあっという間に使い切ってしまった。

 できあがった紙を部屋に並べていると、メイドさんが帰ってきた。

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