言いつけは守ったよ(2)
勝負がついたら、順番を変えて紙を並べ直す。
裏に新しい指令を書くことで、レパートリーを増やしながら、わたしとエヴァンは繰り返し遊んだ。
「クリスッ!!」
「あっ、おかあさま」
外が騒がしいな、と思ったらセバスさんに連れられて母がやってきた。
「なにしてるの! 部屋で遊ぶって言ってたでしょ!」
「え? ずっとエヴァンと、おへやであそんでたよ」
「ああもう、この子ったら……!」
取り乱していた母は、眩暈を耐えるように手を額に当てた。
「お昼になっても下りてこないから、子供部屋に行ってみればいないし……勝手に外に出ちゃいけません、って言ってるでしょ」
朝ちゃんと宣言したのに、なかったことにされるなんて心外だ。
「エヴァンとおうちでお絵かきするって言ったよ」
わたしは頬を膨らませて抗議した。
「ああ、そう。あれは、そういうことだったのね……」
母はため息をつくと「ご飯準備できたからお暇するわよ」と告げた。
「……ほんとうにわかんないんだ」
「え?」
わたしたちの会話を眺めていたエヴァンが呟いた。
「おなじ家にいても、どこにいるかわからないことってあるんだね」
「そうだよ」
*
何を言っても無駄だと気づいたのか、母は「お隣のご迷惑にならないようにしなさい」と言った。つまり迷惑じゃなければ、エヴァンのところに遊びに行っていいということだ。
初日のように全身洗われるようなことはなかったけれど、それでも家に帰ると念入りに手洗いと歯磨き、着替えをさせられた。
いつもなら洗濯物はためておいて、週末にまとめて洗う。
だが脱いだばかりの服を、どういうわけか母はその場で洗った。
*
翌日。今日も今日とてわたしはお隣に突撃をかました。
連日の訪問でわたしのことを覚えていた門番のおじさんは、すぐに人を呼んできてくれた。
その日出迎えてくれたのはセバスさんではなく、昨日賽子を持ってきてくれたメイドさんだった。
「エヴァンおはよう! 今日はかくれんぼしよう!」
「いいの?」
「なにが?」
「……ぼくとあそぶの。おうちのひと、反対しなかったの?」
「なんで?」
「……」
黙り込んだエヴァンに、わたしは首をかしげた。
「あ! めいわくだったらダメって言われた! エヴァンは、わたしがおうちに行くのめいわく?」
「ううん。来てくれてうれしい」
白い頬が赤く染まるが、初日のように危険な感じはしない。
「よかった! そうそう。今日は二人でエヴァンのおかあさまをさがそう!」
広い屋敷なので探し甲斐がある。鼻息荒くわたしは提案した。
*
「どこに行かれるんですか?」
廊下に出ると、昨日と同じように扉の外にメイドさんが待機していた。
ただし昨日とは違い、わたしたちを前にしても狼狽えたりはしない。
「かくれんぼ中なの!」
「おふたりで?」
「そう!」
不思議そうな顔をしたが、子供のすることに理屈を求めても無駄だと思ったのか、それ以上質問することはなかった。
「エヴァン。どっちからいく?」
右にも左にも廊下が広がっている。
「えっと、こっちはたぶん違うから。あっち」
右を指さしたので、手を繋いで歩く。
「もしお客さんがいたら叱られるから、そーっとドアを開けようね」
「う、うん」
「しーっだよ」
エヴァンの部屋は中央にある階段の左側、端から二番目だった。
わたしたちは右に移動するたびに、こっそり部屋をあけて中に人がいないか確認した。
どの部屋も上品で豪華な内装だった。
客間のようなものから、何に使うのかわからない部屋まで、扉を開けるたびに何が出てくるのかわからないのが楽しい。
「エヴァンはぜんぶのおへや見たことがあるの?」
「ううん……。ぼくの部屋だけ」
「すごいおやしきに住んでるんだから、たんけんしないともったいないよ!」
二階の突き当たりに到達したので、引き返して三階に上がる。
「またあっちから見る?」
「うん――!」
下の階と同様に、右側に進むと奥の扉からセバスさんが出てきた。
「あっ、セバスさんだ!」
「おや。お二人ともこんなところまで、どうなさったんですか?」
距離をあけてわたしたちの後をついてきていた、メイドさんにちらりと目配せする。
「かくれんぼしてます!」
「どちらが鬼か存じませんが、見つかったのであればお部屋にお戻りください。歩き回ってお疲れでしょう、ジュースをお持ちしましょう」
「まだ見つかってないです」
わたしのことばに、エヴァンもうんうんと頷いた。
「はて、誰を探されているので?」
「エヴァンのおかあさま!」
「――――!」
わたしの言葉に、大人二人が息をのんだ。
「……坊ちゃま、クリスティナ様。奥様のお部屋は三階にございますが、頭が痛くて寝ていらっしゃるのです」
「それ知ってる! 『へんずつう』って言うんでしょ。おばあさまといっしょ!」
眉間に皺を寄せて痛みに耐えていた祖母の姿が思い浮かんだ。
「すごくしんどい、って言ってた。……こっそり見るのもだめ?」
落ちこんだように顔を伏せるエヴァンを見て、わたしは一目見るくらいは許されるのでは、とセバスさんに聞いた。
「申し訳ございません。奥様は敏感な方なので」
残念ながら、わたしたちの探検――もとい、かくれんぼはここまでのようだ。
セバスさんが持ってきてくれたりんごジュースは、甘いのになぜかあまり美味しくなかった。
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