姉の教えとお隣さん(3)

 突如牙をむいたブランコ。

 奇襲をうけたわたしは後ろに転がった。

 わたしとぶつかった衝撃で、エヴァンもブランコから落ちる。


「………」

「ッ――――あの、」


 突然の出来事に、情報処理が追いつかないでいると、エヴァンが不安そうに声をかけてきた。


「今のみた!? ごろんって、一回くるってしたよ!!」

「え!?」

「すごかった!! あ、エヴァンも落ちちゃったの?」

「……」

「どうしたの? もしかして、けがしちゃった?」


 地面に四つん這いになったまま、泣きそうな顔をしているエヴァンに近づく。


「血が出てないから大じょうぶだよ!」


 なめらかな手のひらも膝も土で汚れているけど、傷はない。


「もう一回やろう!」

「でも……」

「足いたい? ブランコたのしくなかった?」


 フルフルと首を横に振るエヴァン。


「次はよこから押すからね! さっきはしっぱいしたけど、こんどは大じょうぶだよ!」


 押した後に後ろに下がることをせず、同じ場所に立っていたからぶつかってしまったのだ。

 姉と違ってタイミングをはかる自信がないので、わたしは横からブランコを動かすことにした。


「わたしが押さなくても、じぶんでのれるようになろうね!」

「どうやったらいいの?」

「足をうごかしたり、体をたおしたりするんだよ」

「よくわかんない」

「じゃあ、お手本みせてあげる!」


 立ち位置を交代すると、わたしは意気揚々とこぎだした。

 ひとこぎする度に、ブランコはぐんぐん高くなる。楽しくこいでいると、ぽかんと見上げているエヴァンの姿が視界に入った。

 すっかりいつものように遊んでしまった。

 我に返ったわたしは、慌ててこぐのをやめた。


「おんなじようにやってみて!」

「う、うん……」


 二度目のチャレンジ。動き出す時はわたしが押す必要があったけど、あっという間にエヴァンはブランコをマスターした。

 ひとが楽しそうに乗ってると、段々自分も乗りたくなる。

 交代してもらおうと思った瞬間、わたしは閃いた。


 湖畔にある叔母の家にもブランコがある。うちよりもずっと大きなブランコだ。

 昔、家族で遊びに行ったときに、わたしが座り、姉は立ちこぎすることで二人乗りをした。

 うちのブランコで同じことはできなかったけれど、それは姉が大きかったからだ。

 わたしとエヴァンならできる気がする!


「エヴァン。ちょっと止まって!」

「え? わあ!?」


 後ろからブランコに乗り込み、エヴァンの身体を足で挟むようにして立った。


「クリスティナ、なにしてるの!?」

「ふたりでのる方法だよ。おねえさまとやったことあるから、だいじょうぶだよ」


 当時のわたしは座っていただけだが、エヴァンに比べたらわたしはブランコのプロだ。

 問題ない。たぶん。


「せーの、でいっしょにこいでね!」


 叔母の家とは違い、我が家のブランコは素人である父のお手製。無茶な遊び方をしたことでロープがちぎれかけ、後日わたしは父に怒られた。



 ブランコで遊んでいると、エヴァンがしぱしぱと瞬きしていることに気づいた。


「つかれちゃった? そうだ、レモネードあるよ!」


 ずっと外にいたので、喉が渇いた。


 町の子とできなかったことその2。自家製レモネードを振る舞うこと。


 我が家は毎年レモンの季節になると、レモネードのシロップを手作りしている。

 それを地下からくみ上げた水で割ると、冷たくてとっても美味しいのだ。

 ファーマーズマーケットでも、レモネードは売られているが、ラザラス家謹製の逸品はそれとは比べものにならないくらい美味しいので、一度誰かに飲んでもらいたかった。

 冷たい状態じゃないと美味しさが半減するので、町の皆には飲ませることができなかった。


「おかあさま、のどかわいた! レモネードつくって!」

「クリス。手洗いしたのよね――っ!?」

「そうだった! エヴァン、こっちきて! お外にいったら、手をあらわなきゃいけないんだよ」


 井戸のところまでエヴァンを連れて行き、ポンプを押すと勢いよく水が出た。


「つめたいでしょ!」

「……うん」


 家に連れて行った途端、顔を曇らせたエヴァンを「手を洗うの嫌いなのかな」とわたしは勘違いした。



「うちのレモネードはね。ちょっぴりお塩をいれてるの」


 緊張した面持ちでレモネードを用意した母は、まるで身を守るように、身体の前で腕を組むと、一歩下がった場所でわたしたちを見ていた。


「わたしレモンすき。エヴァンは?」

「えっと……、ぼくもすき」

「ほんとーに?」

「う、うん」


 目を泳がせるエヴァンを、わたしはジト目で見た。あやしい。わたしに気を遣って、話を合わせてるんじゃなかろうか。


「――あれ? エヴァン、赤くない?」


 じっと見つめたことでわたしは気づいた。真っ白だった肌が、全身真っ赤になっている。

 顔だけじゃない、首や腕など肌が出ている場所がもれなく赤い。

 まるで熱を出した時のようだ。

 わたしの指摘に、はっとした母はお隣に知らせにいった。



 エヴァンは、隣の使用人に回収された。

 驚くべきことに、お隣の使用人たちはエヴァンが抜け出したことに気づいていなかった。いつも部屋で大人しく過ごしているので、近くに待機していなかったらしい。


 エヴァンが帰るなり、母はわたしをお風呂場に連れて行った。

 全身洗われて、ご飯をたべたわけでもないのに歯磨きをさせられた。



 夕食の席で、母は昼間の出来事を父に報告した。


「――……あちらは『うつるようなものではない』と言ってましたけどね、口で言われても信用できませんよ」

「権力者だからなぁ。不都合を誤魔化してる可能性はあるだろうね。こんな辺鄙な場所に館を建てたのも、人にうつさないためかもしれないな」


 両親の会話に耳をそばだてていたわたしは、話がよくない方向に進んでいると肌で感じた。


「……わたし、エヴァンと友だちになったの。またあそびたい」

「クリス……。いいかい、彼は身体が弱いんだ。お前といっしょにあそぶのは大変なんだよ」

「ちょっとブランコに乗っただけで、あんな状態になるのよ。もし何かあったら、うちじゃ責任とれないの。もうあの子を外に連れ出しちゃいけません」

「……わかった」


 わたしが駄々をこねると思っていたのか、両親は拍子抜けしたような表情で、わかればいいんだよと言った。

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