姉の教えとお隣さん(2)
エヴァンの父親――ロイド卿は赤毛に青い瞳。そして母親の夫人は、黒髪に緑の瞳の持ち主。
なのに産まれた息子は、雪のように白い髪と、ルビーのような赤い瞳だった。
髪も瞳も、両親どちらの一族にも同じ色をした人がおらず、子供が産まれてから夫婦の仲は険悪になった。
夫は妻の不貞を疑い、妻は疑われたことに激怒した。
奇異の目で見られないように、母子は都会を離れて田舎にやってきた。
夫を首都に残し、夫人は息子をカントベリーに連れてきたが、そもそもの原因である子供には近づかなかった。
わたしの周囲の大人は、エヴァンは何かの病気で、あの容姿なのだと考えていた。
その証拠に彼はとても身体が弱い。
生まれつき視力が弱く、日中外に出るだけで目も肌も痛くなる。
裕福な家なので、子供用の眼鏡を作ろうとしたが効果がなかったらしい。
確かにエヴァンは町一番のお年寄りよりも真っ白な髪と、母の持つ口紅のような赤い瞳をしている。
だがそれよりも注目すべき点がある。
わたしは、あの日の教えをちゃんと覚えていた。
彼は誰よりも白くて綺麗な肌をしているのだ!
*
朝ご飯を食べたら外に出て、隣家との境を往復する。そして北側の生け垣付近に陣取り、隣家の庭を観察。収穫なしと判断したらブランコに乗りに行く。
これが当時のわたしのルーティンだった。
今日も収穫なしか、と家に引き返そうとしたときにそれは起きた。
「ねえ、いつもなにしてるの?」
高く澄んだ声が頭上からふってきた。
地面にしゃがみ込んでいたわたしは、俯いていた顔をあげると、そこには遠目に見ることしかできなかった天使がいた。
「おとなりのクリスティナよ! お友だちになって!」
「……」
質問に答えるよりも、この機を逃してはいけないと前のめりになった。
「あなたエヴァンでしょう? このへんに同じくらいの子どもはいないのよ。わたしとお友だちになるべきよ!」
わたしは必死だった。
エヴァンと友だちになったら、どんなことをして遊ぶか毎日考えていた。
それにエヴァンでなければいけない理由もあった。
「ぼくといっしょにいたら、君もびょうきになっちゃうかもしれないよ」
「いいの!」
「え?」
「うつして!」
肌が綺麗だと三倍美人。
たかが五歳。されど五歳。幼くても女は女。
一緒にいることでエヴァンの美しい肌がわたしにうつるのなら望むところだった。
エヴァンじゃなきゃいけない理由とは、それだ。
もちろん近所に子供がいなくて、友達に飢えていたのも嘘じゃない。
町には友達がいたけれど、彼らと遊ぶには大人に町まで連れて行ってもらわなければいけなかった。
町に用事があり、ついでに連れて行くくらいならわけないが、子供を遊ばせるためにわざわざ町と丘を往復するような暇な人間は我が家にはいない。
町に住んでいる子供たちは毎日いっしょに遊んでいるのに、わたしはたまに参加するだけ。
「この間のあれ」とか、知らない話題がポンポンでてきて、気にしないように振る舞っていたけれど、あまりいい気分じゃなかった。
でもお隣さんなら、毎日会える。
それに町の子とは、できなかったこともできる。
「エヴァンはきれいだから、うつしてほしい! ずっといっしょにいようね!」
「!?」
人と接することに不慣れなエヴァンにたたみかけ、半ば無理矢理押し切った。
*
「うちにブランコがあるの! いっしょにのろう!!」
「ブランコ?」
「すっごくたのしいよ! きて!」
町の子とはできないことその1。自慢のブランコに乗ってもらうこと。
「ブランコがあるから乗りに来て」と誘いたくても、距離があるので今まではできなかった。
両家の境は植えたばかりの若木なので、結構スカスカだった。
子供の身体であれば、簡単に通り抜けられる。
手を引こうとしたら、エヴァンはビクッと体を強張らせた。
「手つなぐのいや?」
わたしの言葉に、大きな目が狼狽えたように揺れる。
さくらんぼのような唇を、キュッと閉じたエヴァンは小さく首を振った。
気をよくしたわたしは、傷ひとつない手を握りしめるとずんずん歩いた。
「わたしは毎日のってるからね。エヴァンが先にのっていいよ!」
「……どうやるの?」
「もしかしてブランコのったことないの?」
「うん……」
「じゃあ押してあげる!」
戸惑うエヴァンを座らせると、わたしは彼の背後に立った。
「せなか押すから、おちないように気をつけてね!」
町にはブランコはない。
誰かとブランコで遊ぶのは、姉以来だ。
かつて姉にしてもらったように、わたしはエヴァンの背中をおした。
小さな背中は、あたたかくて、やわらかかった。
夢中になって押しているうちに、ブランコは勢いを増し――
「!?」
わたしの顔面をエヴァンのお尻が直撃した。
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