「髪切った?」の上位互換(2)
「…………え?」
周囲が動きを止めて、見つめてくる。
ぽかんと口をあけたジャクリーンに、わたしは説明をつづけた。
「実は昨日の晩、爪に横から亀裂が入っちゃって……そのままにしていたら、うっかりひっかけて爪が剥がれる可能性があるでしょ。かなり深爪になるけど、最悪の事態になるよりはマシだと思って切ったの。普段はそんなこと指摘しないけど、右の親指が不自然に短くなってたから気になったみたい」
「あっ、ああ……そういう……」
「……うん。……それなら、まあ?」
ジャクリーンに続き、アンも酸っぱいベリーを口にしたような顔をして頷いた。
無言のマリーに至っては、さっきまで元気そうだったのにずいぶん顔色が悪い。
「まあエヴァンの場合は細かいところに気がつくタイプってだけじゃなくて、名探偵の素質があるから」
エヴァン曰く、わたしは月に2回のペースで爪を切っているようだ。
それが予定外にない爪切りをして、更に1本不自然な爪があることで、彼は親指に何かあったんじゃないかと推理したらしい。
すごいわ!
当のわたしですら、自分がどんなペースで爪を切ってるかなんて把握していないのに、そんなことまでわかるなんて!
今まで伸びた爪が気になったら切る、としか考えてなかったけど、爪が伸びるペースって一定なのね。
名探偵の必須条件、記憶力、洞察力をかねそなえているなんて、まるで推理小説の主人公みたい!
「観察力が高いから、単なる幼馴染みに対してもこんな感じになるんだと思うの」
「単なる幼馴染みって……今日もあなたの作品、根こそぎ買っていったじゃない。たとえ仲が良くても、普通はつきあいで1個買う程度よ」
そうなのだ。
チャリティーバザーでは、各自手作りの品を出品する。
若い娘は主に刺繍した小物だ。
「ティナの手作りを、他人が手にするなんて耐えられない」なんて冗談で誤魔化していたけれど、売れ残ったらわたしがショックをうけると思っているのだろう。エヴァンは毎回出品した分をすべて買い占めている。
しかしこの幼馴染みの気遣いは、一部の女子の反感をかってしまった。
彼女たちは、わたしが彼にねだって買ってもらっていると思ったらしい。
ご先祖様に誓って断言するけど、わたしは何を作ったかエヴァンに言ったことは一度もない。
なのにわたしが何をつくったのか、いつもつつぬけなのだ。
複数人が不満を訴えたので、今年は例年通りの各自自由ではなく、誰が制作者かわからないよう図案を統一することになった。
今回わたしが手がけたのは、ナプキン、コースター、ハンカチを五枚ずつ。
父親の代理として、去年から大人たちの集まりに出ているエヴァンは、今日は用事があるとかで、開幕と同時に手早く買い物だけすませて去っていった。
彼の父親であるロイド卿は貴族院の議員なので、基本的に首都にいる。
一人息子のエヴァンは母親と二人で、片田舎のカントベリーで暮らしていた。
「迷いのない動きで買ってるな、とは思ったけど。あれ、わたしの作品なの?」
遠目に見たエヴァンの姿を思い出す。
裏返しては素早く取捨選択していた。まるで熟練の技を持つ匠のようだった。
「間違いないわ。だってお会計の時に、本人から直接聞いたんだもの。糸の始末に特徴があるんだって」
業者かな。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。検品した時には特に変な仕上がりにはなってなかったわよ」
「うん」
得意とまではいかないけど、それなりに縫える方だと思っていた。
素人のエヴァンでも気づくくらい変な仕上がりなのか、と顔を曇らせたわたしをアンが慰めてくれた。
裁縫の達人どころか釦つけすらしたことがないはずなのに、制作者も気づかないような癖を把握してるってどういうこと?
エヴァンはあらゆる分野での能力が軒並み高いのに、少し天然なのでズレた行動をする。
このあいだも「僕の夢は、『同日同時刻にティナと手を繋いだ状態で老衰で死ぬこと』なんだ」なんて言っていた。
夢って将来なりたい職業とか、人生かけて達成したい目標とかのことでしょ。
確かにうちは健康で長生きな家系だ。
この国の平均寿命は六十年なのに、わたしの知る限りでは母方も父方も代々九十くらいまでピンピンしてる。
すなわち私も同じくらい生きる可能性が高いということ。
健康で長生きしたい、なんて十代の若者の夢じゃないよ。
慎ましすぎる。
今は色々工夫してなんとかなっているけれど、幼い頃のエヴァンは健康とは言いがたかった。
持病というのは少し違う。
最近国立大学の教授が論文を発表したのだが、エヴァンのような存在をアルビノというらしい。
髪や肌が白いのは色素が薄いから。目の色だって、血の色が透けているから瞳孔も含めて赤いのだ。
光から身を守る術が欠如しているので、肌も目も強い日差しに弱い。
人間動物関係なく、突発的に生まれるらしい。
わたしはエヴァンと出会った頃のことを思い出した――――
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