はじめての汽車
初めての駅は、驚きに満ちあふれていた。
大きな倉庫のような建物の中に、プラットフォームが整然と並んでいる。
木で作った玩具の汽車しか見たことがなかったわたしは、本物を前に口を開けっぱなしだった。
あまりに大きいものだから見上げるうちに、ひっくり返りそうになった。
まるで玩具箱の中に入ったみたいだ。
「ねえねえ、エヴァン。あれどうなってるのかな?」
車輪に何本も鉄骨がくっついている。馬車の車輪とは全然違う。
全ての車輪についているので、邪魔にしかみえないけど、きっと意味があるんだろう。
「たしかうでみたいに動くんだよ。一個が動くと、他のも動くようになってるんだ」
エヴァンはハンドルを回すように腕を動かしてみせた。
なるほど、全然分からない。これは実際に動いているところを見る必要がある。
「二人とも早く乗りなさい」
夫人に急かされたので、手を繋いで車内に乗りこんだ。
停車しているのに、足下から僅かに振動が伝わってくる。まるで巨大な生き物のようだ。
細い通路は一直線なのに、どこか迷路のようだった。
うっかりフラフラしたら、迷子になってしまいそうだ。
絶対にはぐれないぞ、とエヴァンの手を強く握れば、彼も同じように握り返してきた。
*
「お部屋だ!」
貸し切り状態のコンパートメントは、馬車というより宿屋を彷彿とさせた。
「勝手に出て行っちゃダメよ。手洗いに行きたい時は、マックスに言いなさい」
今回セバスさんはお留守番で、夫人の隣に控えているのは、従者のマックスさんだ。
注意事項を告げた夫人は、そのまま目を閉じて黙り込んでしまった。
「また頭が痛いのかな?」
「眠いのかも」
「お嬢様、お坊ちゃま。夫人は乗り物酔いをなさるんですよ」
こそこそとエヴァンと話していると、荷物を上げ終えたマックスさんが説明してくれた。
「気分が悪くなる前に寝てしまえば、やり過ごせるんです。ですから車内では、静かに過ごしましょうね」
*
ほっぺたを硝子に押しつけて、わたしは限界まで窓にへばりついた。
「ティナ。あぶないよ」
「車りんが見たいんだけど、ぜんぜん見えない……」
「それなら、別の線路を走ってる汽車を見ればいいと思うよ」
「それどこにあるの?」
「今はないけど、ときどき線路が二本になってる場所があるよ」
「もし見つけたら教えてね」
眠る夫人を起こさないよう、わたしたちは小さな声でおしゃべりした。
「線路を探すぞ」と意気込んだものの、気を抜くとすぐ飛ぶように流れる景色に目を奪われてしまう。
動くものに目がいくのは仕方がないと思う。
汽車は町を走り抜け、一面畑が広がる場所を通り過ぎ、時にトンネルを潜ったり、橋を渡った。
*
朝一番に家を出て、ハーベイの駅に着いたのは夕日が沈む頃だった。
太陽はもう見えないのに、とても明るい。
夫人が「今日はもう乗り物に乗りたくない」と言うので、馬車は使わず歩いてホテルに向かうことになった。
連れ立って歩いていると、ビーチが見えた。
「すごい! 本当にぜんぶ砂だ!」
海よりも浜辺に感動したわたしは衝動的に走り出し、見事に足を取られて転んだ。
土とは違う、細かな砂で構成された大地は、柔らかくて足が沈む。
豪快に顔からいったわたしを、ロイド親子が引き起こした。
「かってに走っちゃだめだよ」
「急に走り出すんじゃありません。怪我をしたらどうするの」
エヴァンが服についた砂を払い、夫人がわたしの顔をハンカチで拭う。
二人とも同じ顔をして、同じことを言っている。
「エヴァンと夫人はそっくりですね」
わたしは砂まみれで笑った。
「……全くもう」
全然反省していないわたしに呆れたのか、夫人はぷいと顔を背けてしまった。
*
首都に住んでいるロイド卿は、わたしたちとは別の汽車でハーベイにやってくる予定だった。
ホテルの近くにあるレストランで食事をした後、夫人はやっぱり少し気持ち悪かったようで横になって休んでしまった。
わたしとエヴァンは、ホテルを探検して過ごした。
今まで旅行といえば親戚の家に行く程度だったので、生まれて初めて泊まるホテルは、ロイド邸並みに見応えのある建物だった。
わたしのお気に入りはエレベーターだ。
箱に入ると、勝手に動いて別の階につれていってくれるのだ。
すごくワクワクする、ずっと乗っていられる。実際に乗り続けようとして、マックスさんとエヴァンに止められた。
悪戯するつもりなんてない。わたしがボタンを押さなくても、他のお客さんが押すから、隅の方でじっとしてようと思ったのに。
ちなみにエヴァンのお気に入りは階段だ。
ロビーにある大きな螺旋を描く階段の前で動かなくなった。
ほらエヴァンだって、好きなものはずっと見ていたいんじゃない。
階段は動かないので、わたしは「凄いな」とは思ったけど、あまり興味を持てなかった。
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