第17話:クラフトの壁、創也の失敗

 さらに数日経った。

 実作成作業時間を考えると、さすがに設計が固まっていないといけない頃だ。

 何をつくれば認めてもらえるのか、どうつくればすごいと思ってもらえるのか。

 不安と迷いがごちゃごちゃに混ざり合って、アイデアを書いては破り、設計を書き起こしては捨てる。そんなことばかりを繰り返していた。

 ゴールが見えない。僕のクラフトがわからない。

 自分には何ができるのだっけ?

 クラフトって何をすることだっけ?

 間違った哲学のような問いだけがぐるぐると回る。

 すごいものを造らなくちゃ、そんな言霊がもはや呪いの領域だ。

 何かのヒントにならないかと、贈り物マテリアルの保管庫に入り浸り、素材を触ってみては、何かが違うと置き直す。そんなことを繰り返していた。

 今思いつくすべてのアイデアが、つまらないだめなものに見えて、その先に進めない。

 ああ、なにか、今の僕を突破させてくれるそんな何かはないだろうか。


 そのとき僕の目に、ふと奥にある重く頑丈な扉の付いた箱が目に入った。

 扱うには危険な贈り物マテリアルをしまうためのシークレットボックスだ。

 特別製とかで12桁のパスワードを入力する形式。

「あれは、普段のクラフトでは絶対に触ってはいけないよ。何が起こるかわからないし、いかんせん効果が強力すぎる。クラフトで扱えるようなものではないからね」

 ハヤテ先輩がそんなことを言っていたのを思い出す。

 もちろん開けてはいけない。そう思っていても、ついそちらに目が行ってしまう。

 あそこにある贈り物マテリアルなら、新しい発想を見せてくれるのでは、その考えで頭がいっぱいになる。

 さらに僕はふとしたことから、シークレットボックスのパスワードを知っていた。

 たまたまハヤテ先輩が、採集した贈り物マテリアルが危険物判定された件で、ボックスに格納するときに出くわしたからだ。

 僕は目と記憶力には自信があったので、そのときになんとなくパスワードを記憶してしまっていた。もちろん開けようなんてそのときには考えていなかった。

 だが今なら……。

 先輩たちは今日は別の用事とかで、部室にはいない。

 今なら開けられる。

 少しだけ、少しだけ。

 よくない思考にはまっていることに薄々気づいていたが、自分を止められなかった。


 誰も来ないことを一応確認する。電子式のパッド入力端末にパスワードを入力し、確定ボタンを押す。

 ピッと軽い音を立てた後、ガチャンと重い音がした。ボックスの鍵が外れたようだ。

 扉を開ける。

 中は数段の棚のようになっていて、それぞれがさらに頑丈な箱に格納されている。横にはラベルも貼ってある。

 『爆炎の木の実』『幽体化ガス』『消失ペン』

 内容まではわからないが、なんとなくどれも物騒な名称が名付けられていることで危険性が伝わる。うっかり使えなそうな素材ばかりだ。

 そんな中、上段真ん中に入っていた箱に目がとまった。

 『次元斬りばさみ』

 名前にひかれて手に取る。

 箱を開けると入っていたのは、小さなはさみのようだった。

 説明書きも入っている。僕はその紙を開いて読んでみた。


 『次元斬りばさみ。このはさみは、物質では無く世界を斬ることができる。うかつに使うことで世界に穴を開け、異世界につながる可能性があるため。絶対に使わないこと』


 危険。本来ならそう考えるべきなのだろう。でも僕は一つの言葉に心を奪われていた。

 『異世界につながる』

 ハヤテ先輩のジオラマは、異世界を模したものだった。

 贈り物マテリアルがやってくる元の世界。

 この世界の法則や文明とは違う理論で造られた世界。

 そこになら僕のクラフトにつながるアイデアがあるのでは? 

 このはさみなら……。

 そう思っていたとき、部室のドアを開ける気配があった。

 僕はあわてて『次元斬りばさみ』をポケットにしまってしまった。そのままシークレットボックスのドアを閉める。オートロックがかかる音がした。

 この音すら僕には怖かった。

 やってはいけないことをやってしまった恐怖だった。

「工桜くんどうしたの電気もつけないで。贈り物マテリアル探しかしら?」

 保管庫に入ってきたのは七樹先輩だった。

 僕は心臓が飛び出るかと思うくらいにドキドキしていたが、なんとか答えられた。

「あ、あの、はい、そんなところです」

「何か見つかった?」

 何も見ていないはずの七樹先輩の言葉が、思いっきり突き刺さる。

「いや、いまいちです。まだなにも考えつかなくて」

「……そう、なにか困っていたら相談くらいには乗るから遠慮無く言って。私だって、工桜くんには是非クラフト部に入ってほしいと思っているんだから」

「そうなんですか?」

 少し意外だった。七樹先輩はあまりそう言うそぶりをみせなかったから。

「ええ、少し迷いがあるような気がするけど、クラフトのセンスは嫌いじゃないし、なにより部員が増えて、競い合える仲間がいるのは悪いことじゃないわ」

 七樹先輩の言葉は胸に来た。僕は期待されていたんだ。

 なのに、僕が今やっていることは……。

「すみません、少しつまったので気分転換してきます」

 いたたまれなくなって、急ぎ足で僕は部室をでた。七樹先輩の顔は見られなかった。

 

 僕は勢いのまま裏庭の庭園まできていた。

 途中の自販機で缶コーヒーを買い、庭園の椅子で一気飲みする。

 少しだけ落ち着いた僕がポケットに手をやると、そこにはさきほど盗ってきてしまった贈り物マテリアル

 部室外に持ち出すのも厳しいのに、今回は触ることすら許されないアイテムときた。

 憂鬱さが加速するが、僕はこのはさみから目が離せない。

 このはさみで異世界を見られたら。新しい世界で新しい発想が見られたなら……。

 僕は箱を開け、はさみを手に取っていた。

 深い黒曜石のような黒い刃が二つ交差している。持ち手には基盤のように細かい部品が大量に取り付けられている。ファンタジー世界の刃に、未来のSFのような持ち手。

 指を通す。手が震える。

 形ははさみだ。どう使えばいいのかはわかる。きっと切った空間に穴が空くのだろう。

 そこから見える世界はどんなものになるのか。

 少しなら、少しのぞくくらいなら。

 辺りを見回し、誰も来ないことを確認する。

 僕は、ゆっくりとはさみをひらいた。

 そして目の前辺り、向こう側に見える校舎との間の空間を断ち切った。


 ――パチン――


 空間に穴が空いた。そうとしか思えなかった。

 切った場所がゆっくりと開く。そこから見えるのはさっきまでの校舎では無く、どこか、別の……。

 中をのぞき込もうとしたとき、僕は何かに弾き飛ばされて激しく吹き飛んでいた。

 転がり飛ばされるのをなんとか止めると、さっきの場所から遠く離されていた。

 言葉を失った。

 そこには先ほどとは比べものにならない大きな穴が空いている。むしろまだ広がっているように見えた。

 その先には、期待していたような異世界の風景では無く、深い色が波打つような、幻想的な海のようなそんな光景が。

 僕はそのときになってようやく我に返った。

 とんでもないことをしてしまった。血の気が引く音が聞こえるような気がした。

 あんなに贈り物マテリアルは危険だと言われていたのに……。

 あんなに贈り物マテリアルの不思議さや、予測できない様を見ていたのに。

 何かが始まってしまった。これから何が起こるかは全くわからない。

 だけど、なにか大変なことが起きること。それだけは理解できた。

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