第6話:クラフト部の本当の姿

「なんで試験クリアしても正式入部にならないんですか?」

 なんというか天国から地獄に落とされたような気分だ。

「聞きたい?」

「ぜひにでも」

 聞きたいに決まっている。なんで正式入部に届かないのか聞けないと夜も眠れない。

「あなたがクラフト部でやっていけるかどうかを、これから計るからよ。それがこの部の規則であり伝統なの」

 七樹先輩が冷ややかに言い放った。

「やっていけるかどうか……ですか?」

「ええ。工桜くん、あなたクラフト部はどんな部活動だと思ってる?」

「もちろん、クラフトをする部活動ですよね」

 不思議な質問だ。そんなもの考えるまでもない。他に何があるって言うんだ。

「ふふふ、それだけじゃ無いんだな」

 ハヤテ先輩が、どこから持ってきたのかホワイトボードをテーブルの横に設置する。

 僕と七樹先輩が話していた間に持ってきたらしい。

 音も立てずに持ってくるとか、忍者かこの人は。

「説明しよう、クラフト部の本当の姿を! 七樹くんオレが説明してもいいかな?」

「ご自由に。面倒なことはお任せします」

 七樹先輩がため息をつく。なにか諦めを感じる。

「クラフト部に仮入部がある理由、そして入部試験が異常に厳しい理由を説明しよう」

「あ、異常に厳しい自覚はあったんですね」

 まさか僕以外が全滅とは正直思わなかった。

 ハヤテ先輩はマーカーのふたを開けると、ホワイトボードに大きく書き殴る。字はとても綺麗で手先の器用さがうかがえる。

『理由その一。贈り物マテリアルは難しくてとっても危ない』

 字の綺麗さと、書かれた内容の雑さのアンバランスがひどいと思った。

「さあ、あそこを見て」

 その言葉にハヤテ先輩の指さす方を見ると、ガラス扉の大きな棚があった。中にはラベルの貼られた大小様々ななにかが入っている。扉には頑丈な鍵がかかっているようだ。

「あれは? ひょっとして……」

「そう、みんなクラフト部管理の贈り物マテリアルたち」

「あれが!」

 僕は立ち上がって棚につめよる。張り付くようにガラス棚にとりつき中をのぞき込む。

 ああ、これが憧れの贈り物マテリアルたちか。

 試験の時のもいくつかは見られたけど、あのときはほとんど見られなかったからなあ。

「せっかくなので、いくつか説明しておこうか」

 いつの間にかハヤテ先輩は隣にいた。どういう移動法ならこんなに気配が消せるのか。

「たとえば棚の右には何がある?」

 言われた先を見ると、何か大きなガラスの筒のようなものがあり、その中には液体が満たされていて、何かが浮かんでいた。

「ガラスに入った水か薬液に使った、赤い花……でしょうか」

「はい、その通り。その花はびんから出すと燃えます。超高温で」

「燃えるんですか!?」

「大変危険です。『フレアフラワー』っていう贈り物マテリアルだね。特殊な水につけていれば何も起きないんだ」

「いきなり怖すぎですよ!」

 なにげにこんな部室にあっていいのかこれ。


「じゃあ、次。二段目の左側にあるのは何でしょう」

 指定の場所には、武家屋敷にある刀を飾るような台の上に、大きくて真っ黒の円錐が曲がった形のものが置かれている。大型の生きものの角のように見えるが。

「えっと、なんとなくですけど牛の角とかそんなところでしょうか」

「残念間違い! これは『邪竜の角』だよ」

「いきなりファンタジーですね! これ本当に竜の角なんですか?」

「研究結果では異世界にいる竜の角じゃ無いかって言われてる。問題は、こいつに触れると触った人間の気持ちが激しくネガティブになること」

「たち悪いですね。こんなのもあるんですか……」

「触れなければいいんだけどねえ。言ったろ扱いが難しいって」

 贈り物マテリアルについては、詳しい情報が外に出回っているわけではない。もちろんこんなものが存在していることも知らなかった。

「なんか今更に贈り物マテリアルのやばさを認識しました。クラフトなんかに気軽に使えるものじゃ本来無いんですね」

「そういうことよ。贈り物マテリアルは便利なものも多いけど、こういう危険なものもある。だからこそ最初は仮入部で訓練してもらうの」

 七樹先輩の声は真剣そのもの。先輩たちもその訓練を乗り越えてきたのだろうか。

 僕にこんな危険物が扱えるようになるのだろうか。少しだけ不安になる。

 

 ハヤテ先輩がうんうんと頷いている。

「工桜くんは無事に贈り物マテリアルの怖さを理解してくれたみたいだね」

「ええ、まあ」

「それじゃ次の講義内容に行こう」

 ハヤテ先輩がホワイトボードにまた何かを書き始めた。

『理由その二。贈り物マテリアルは割と危険物。トラブル解決の必要あり」

「えと……、これはどういうことでしょうか」

「基本的にこの学園では贈り物マテリアルの扱いをすべて学園内で対応してるんだ。贈り物マテリアルは時に危ないものも流れてくる。さて、どうなると思う?」

「……さっきみたいのが落ちてきたら、学園内で大問題になりますね」

「そういうこと! はっきり言ってこの学園、あっちこっちで贈り物マテリアルの引き起こした問題があってね。軽いものからやばめなものまであるけど、それを学園内部で解決しなければならないんだ。独立組織だからねこの学園は」

「対応はだれがやってるんでしょうか……、ってまさかハヤテ先輩、それ……」

 ハヤテ先輩が僕の肩をがしっとつかむ。目がキラキラしている。

「いやあ察しがいいね。この学園の贈り物マテリアル事件を解決する組織、それがこのクラフト部の裏の顔さ!」

「いやいやいや、聞いてないです! ここ普通にクラフトする部じゃ無いんですか?」

贈り物マテリアル使ってる時点で普通じゃないよ」

「そういうことじゃ無くて! 聞いた感じだと結構危ないことにも関わりそうじゃないですか。そもそもなんで一介の部活動がそんなことにしてるんですか」

 当然の突っ込みだ。単に楽しくクラフトをしに来たら、学園ものの漫画か小説にありそうな、事件解決団体だったなんて思ってもみなかったんだから。


「しいていえば、伝統と技術と実益かしら」

 七樹先輩の声は落ち着いていて、当たり前のことを僕だけ騒いでいるような気になる。

「理由聞きたいです、ええ本気で」

 七樹先輩が頬に指を当て小首をかしげて思案している。その姿はとても上品に見えるが、状況とマッチしていない。

「そうね。これは私から話します。まずは伝統。もともと落ちてきた贈り物マテリアルを探して遊んでいたのが、初代クラフト部のメンバーなの。異常な素材が落ちているってことで、研究が開始されて学園に報告されたのが最初に広まるきっかけ」

「そんな歴史的な部だったんですね、ここ」

 まさか贈り物マテリアルのスタートに関わっていたなんて、そんなことは一般には絶対に知られていないはず。

「だから、誰よりも贈り物マテリアルを扱った経験と、それを恐れもせずにクラフトに遊び倒した技術的な実績がここにはある」

「代々、恐れを知らない集団だったんですね」

「工桜くんもクラフト好きなら、気持ちはわかるでしょ」

「……まあ、確かに。最後の実益って言うのは? なんで事件解決に関わるように」

 ハヤテ先輩が割り込んできて言葉を引き継いだ。

「それは簡単、贈り物マテリアルの問題は大体贈り物マテリアルの力を使わないと解決しないから。そうなると、学園にいて、知識があって、対応する技術力があるなんてここしか無いわけ。いつかの先輩たちが、学園から事件解決の権限をこっそりもらったのがこの活動のはじまりさ」

「学園からじゃ無くて、クラフト部から首突っ込んだんですか?」

 ハヤテ先輩がきょとんとした顔をして、僕を見た。

「だって、大手を振って贈り物マテリアル使ってクラフトできるじゃない。こんな楽しいことないよ。おまけに解決した事件の贈り物マテリアルはうちが優先的に確保できることになってる。その結果がほら」

 ハヤテ先輩はさっきの棚を指す。

 なるほどこの危険物たちはそうやってこの部室にやってきた訳か。納得した。

「ちなみに倉庫にはまだ数倍の資材があるよ。後で説明するね」

「聞きたいような、聞きたくないような複雑な気持ちです」

「まあまあ、こんな危ないものばっかりじゃないから、君も入部試験で触ったでしょ」

「まあ、そうですが……」

「ということでクラフト部に入部すると、贈り物マテリアル事件解決作業のおまけも付いてくるわけだ。実力が無いとちょっと部活動が厳しい」

「それで、仮入部ですか」

「そういうこと、今ならまだ引き返せるけどどうする?」

 正直悩んだ。僕は楽しく最高のクラフトがやりたかった。贈り物マテリアルなんていう不思議な素材でクラフトが出来れば、さぞ楽しいものになると思ったから。

 この先の危険性と、これまでの僕の夢。

 頭の中で天秤にかける。だが、結論は一瞬だった。

「やります。なんとしても正式入部して望むクラフトつくってみせます」

「結構大変よ。大丈夫?」

 七樹先輩の言葉は本気で心配してくれているんだろう。言葉は冷ためでも面倒見はきっといい先輩なんだと思う。

「大丈夫です。事件解決で贈り物マテリアルの知識を習得できるなら、むしろ勉強になってありがたいです」

「素晴らしい! 見込んだとおりだ。君なら、贈り物マテリアル事件解決も、クラフトでもいい結果が出せる気がするよ」

 ハヤテ先輩の言葉は普通にうれしかった。

 よし、予定とはかなり違ってきたけど、やってやろうじゃ無いか。贈り物マテリアル事件どんとこいだ!

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