第18話:幻想学園は大混乱

 空間の穴はどんどんと大きくなり、空に向かって昇っていく。

 快晴の青い空の中に突然現れた不思議な色の穴は、いまいち現実感がないのに恐怖だけを与えてくる。

 その光景は他の生徒たちにも見えたようで、どこかからざわめきが聞こえる。

 今はただそれだけ。でもこれだけで終わるようにはとても思えなかった。

 ゆっくりと広がっていく空の穴。

 あの穴が異世界につながっているのだろうか。

 だとしたら、異世界とはとてつもなく怖いところなのではないだろうか。

 悪い想像ばかりが頭をよぎる。

 当然だ。それをやったのは僕なのだから。しかもたんに自分のクラフトが行き詰まっているからなんて理由で。

 どうにかしなくては。なんとかこの場を抑えなくては。

 そんなことばかり考えているから、僕は動くことすらできない。

 でも、どうすればあんな空の穴を塞ぐことができるんだ。手元にあるのは『次元斬りばさみ』だけ。

 これをどう使っても事態は悪化するだけだろう。

 そんなことばかりが頭をぐるぐると巡って、なんのアイデアも浮かばない。もう、異世界を見てみたいなんていう気持ちは吹き飛んでいた、

 見上げると、空間の穴の中に何か見えたような気がした。なんだろうと目をこする。

 何かが動いている。小さな何か。

 それは徐々に大きくなっているように思えた。何か生きもののようなものがいる。

 空間の穴は距離感がわからないので、どれだけ離れているかはわからない。でもそのなにかはこちらに近づいているように見えた。

 そして、何かはゆっくりと穴の縁に手をかけた。 

 そこから、何かが出てこようとしている……。


「下がって!」

 誰かにいきなり声をかけられた。

 訳もわからず下がると、僕の目の前に誰かが割り込んできた。

 割り込んだ誰かは細長い筒を肩に担ぎ、片膝をついた姿勢になる。

 それはハヤテ先輩だった。

「七樹くん! 距離は」

「想定90メートル。仰角75度」

「了解! 『空間遮蔽ネット』発射!」

 バウンという軽めの爆発音とともに、ハヤテ先輩の持つ筒から何かが球体のものが発射される。要はバズーカか、あれは。

 発射された球体は、空間の穴に到達すると、その場で爆発して何かをまき散らす。

 どうやらそれは大きな網のようだった。

 糸が不思議な虹色に光るネットで、空間の穴をすっぽりと覆う。

 どうやら、そのネットのおかげか、中にいた何かはそれ以上出てこれないようだ。

 それを確認して、ハヤテ先輩が僕の方を振り向く。

「工桜くん、大丈夫だった?」

 ハヤテ先輩が、転んでしまった僕に手を差し伸べる。

「あ、はい、とりあえずは怪我はありません」

 手を取り僕は立ち上がり、服の汚れを手で叩いて払った。

 先輩たちがきてくれたことはとても心強かったが、今の僕には後ろめたいことがありすぎて、まともに目を見られなかった。

「どれくらい持ちますかね」

 七樹先輩が空の穴を見上げながら言った。

 穴の向こうの何かはもがくが、ネットのおかげで今のところ出られる気配はない。

「あれが、どれほどの存在かにもよるけど、まあ、もって3・4時間ってところかな」

「なにか次の手を打たないといけないですね」

「そうだねえ、まずは、あの何かを穴の向こうに押し戻す。そして穴を塞ぐ。両方を時間内にやらないと」

「なかなかに大仕事になりそうですね」

「オレがクラフト部に入ってからは最大級かも」

 僕を無視して先輩たちだけで話が進んでいく。

「あの、僕も何か……」

 何かをしなくてはという思いで、僕はなんとか声を出す。その僕にハヤテ先輩はいつものような笑顔では無く、真面目な顔をしてこちらを見た。

「うん、その前に。工桜くんが持っているものを返してもらえるかな。ポケットに入っているだろ『次元斬りばさみ』」

 心臓が止まるかと思った。血の気は引き、きっと青ざめていたに違いない。

 僕は震える手でポケットから『次元斬りばさみ』をとりだし、ハヤテ先輩に渡す。

「すみません、僕……」

「何度も言ったはずだよ。贈り物マテリアルは危険なものだって、それを君は実体験もしているはずだ」

「はい、その通りです……」

「どうしてこんなことをしたの?」

 ハヤテ先輩の目が僕をまっすぐに見る。

「課題に行き詰まって、なんとか新しいアイデアを見つけたくて、それで……」

 うまく言葉が出ない。今のハヤテ先輩の前で何を言っても嘘になる気がした。

 ハヤテ先輩がため息をついた。

「クラフトに行き詰まって、か……。もし工桜くんが、この贈り物マテリアルに単純な興味があって使っていたのなら正直オレは何も言わなかった。でも、ネタに行き詰まって。課題に困ったから。そんな理由で使うとはね。残念だよ」

「あの、先輩、ごめんなさい。僕」

「管理が甘かったオレの責任もあるな。工桜くんはこの件に関わらなくていい。君はこの部には向いていなかったかもな」

「そ、それは……」

 その言葉は、僕にとって、何よりも辛いものだった。

 この部なら、自分のクラフトができるのでは無いか、それだけを思ってこの部に来て、課題をなんとか2つまで乗り越えて、最後の課題というところで、これとは……。

 悲しくて、悔しくて、情けなくて仕方なかった。

「七樹くんまずは対策を練ろう。おそらく初めての異世界生物の存在を調べるところから、そして、空間の穴を塞ぐ手立てについて」

「了解です。可能性のある贈り物マテリアルを調べます」

 もう二人は完全に僕のことを見ていなかった。

「くっ!」

 僕は走り出した。この場にいるのが辛かった。

 要は逃げたのだ。

 しかし、先輩たちは決して僕に声をかけてはくれなかった。


 僕は気がつくと、校舎の入り口まで来ていた。できるだけ現場から遠ざかりたかった。

 見ると辺りは大騒ぎになっていた。

 あれは何だとおびえる人、とにかく離れようと逃げ出す人、どこかに電話して情報を少しでも得ようという人。

 先生たちも出てきて、避難誘導のようなことが始まっている。放課後だから人は少ないだろうが、できるだけ早く安全な場所にと言うことなのだろう。

 はっきり言って、学園中がパニックになっていた。

 この原因は僕なのだ。

 そして、なにが起こっていて、なにが安全なのか、それをわかっている人はここにはいないのだろう。専門家を外部から呼ぶのか、そもそもここ以上に詳しい人などすぐ来てくれるのか。

 八方塞がりに見えた。

 そんな中僕は逃げるという選択肢を選んでしまった。

 怖い。もう近づけない。

 クラフトの課題のことなんて、もう考えることもできなかった。

 贈り物マテリアルと関わると言うことは、こういうことだったのだ。

 その怖さを僕は身にしみてわかってきていた。

 今も空には穴があき、その向こうでは何かがもがいている。かろうじて先輩たちのクラフトが穴を塞いでくれているが、この先はどうなるのか。


 僕はどうするべきなのだろう?

 こんな事態に僕は何ができるのだろう?

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