第5章\創也とクラフト
第19話:答えを探して
怖くて現場には近づきたくは無かったが、少しだけ残った責任感が、僕が学園から逃げることを許してくれなかった。
僕は避難誘導をスルーして、隠れるように学園内の裏道をとぼとぼと歩く。
気がつけば、目の前には部室棟。結局ここに戻ってきてしまった。
もうその資格は無いのかもしれないが、僕は重い足を動かしクラフト部の部室に戻る。
もう僕は、この部をやめるべきなのかもしれない。
いや、そもそも最初から部員ですら無いか……。
自分をあざ笑いながら、倒れ込むようにテーブルに突っ伏す。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
今の状況をまっすぐ見たくなくて、どうでもいいことを考えているうちに、いつの間にか、自分に起きたことを昔のことからちょっとずつ思い返していた。
クラフト大好きだった幼い頃、クラフトで痛い目にあった小学生時代、幻想学園を知ったあの日、必死の思いで入学してクラフト部の門を叩いた日、めちゃくちゃな課題を出されてなんとかクリアしていった日々。
そして、最後の課題を出された日……。
『君の思う最高のクラフトをつくること』か、最高のクラフトって何だろう。
そもそも、僕は何でクラフトが好きなんだっけ?
なんでこの学園の、そしてこのクラフト部に入ろうと思ったんだっけ?
僕は入部試験の時になんて言ったっけ……?
ふと視線をあげると、窓からさっき開けてしまった空間の穴が見えた。
きっと今頃、先輩たちがあの穴をふさぐためのクラフトをつくっている頃だろう。
あの二人のことだ。
僕には途方もないことに思えても、あっさりなんとかしてしまうのかもしれない。
うん、そうに違いない。だから僕が何もしなくても大丈夫。そのはず。
でも、たとえば、あの穴を塞ぐとしたら何をすべきだろう。あそこから出てくる何かを押し返すとしたらどうすればいいだろう。高さへの対応とかなりの力が必要に違いない。
穴を塞ぐといっても、紙や木に空いた穴じゃ無いんだから、何か特殊な方法じゃないと。やっぱり
なにを使えばいいのかな。
どんな形ならいけるかな。
どんな作り方ならできるかな。
あれなら、いけるかも、でも時間が足りないか……
……いやいや、違う違う。
そんなことを僕には考える資格がないんだ。だって、僕はあの事件の原因で、悪いのは僕で、ここの部員でもないし、関わらなくていいって言われたし……。
こんな状況でも、クラフトしたくなっている自分に気がついて、頭を振ってその思考を追い出す。
なにかが浮かびそうになっている。でも、それをしてはいけない、と僕の頭が必死にふたをしているのを感じていた。
なんだか泣きたくなってきた。自分の頭がさっぱり整理できない。もう、どうしたらいいのかわからない。
――ガラッ
大きな音をたてて部室のドアが開いた。
「おい! なんだか事件が発生したらしいじゃないか! ちょうどいい、勝負だ御造!」
ドアが開く音よりも、さらに大声で怒鳴る人がそこにいた。ふりかえるまでもなく根方先輩だった。
「今度こそ、俺が勝って
勝手に入ってきた根方先輩は、ずかずかと部室の中を歩き回っている。しまいには保管庫の中までのぞいていた。
相変わらず勢いだけで生きている人だ。
「……あの、ハヤテ先輩なら、今はいませんけど」
なんとかそれだけを言うことができた。
根方先輩はようやく僕に気づいたようで、勢いそのまま僕のところまでやってくる。
「おお、新人。この前はやってくれたな、次は負けんぞ。で、御造は不在なんだな」
「はい、あの件で出かけてます」
僕は空間の穴を指さして言う。
「む、そうか。いないのか。まあ、確かにあいつらなら、喜んで出かけていくだろうな。で、おまえは何でここにいるんだ? 行かないのか?」
さりげに痛いところを突いてくるなあ。
「いや、その……。先輩たちから、この件は自分たちでやるから関わらなくていいと言われてまして……」
しどろもどろになって答えを返す。
根方先輩はその僕の答えに、不思議そうな顔をした。
「言われたから? なぜ、遠慮する必要がある。あんな楽しそうなクラフトの場があるというのに」
「え……?」
「クラフトなんてのは、楽しいからやるもんだろう。楽しそうなクラフトの場があって、テーマがあって、面白そうな素材がある。これで十分だ。他人に言われたごときで引き下がってどうする?」
「いや、でも、あれ実は僕の失敗が原因で起きちゃった現象で、僕には資格がないって言うか、先輩たちだけでなんとかしてくれるだろうから、それで安心ですから」
自分で言っていても、これは違うなと感じていた。自分はこんなことを本気で考えていない。僕の思いはもっと別のところにあるって。
「失敗がなんだ。クラフトしていて失敗なんていくらでもあるだろう。迷惑をかけることだって嫌な顔をされることだってたくさんある。俺だってそうだ」
ああ、この人なら本当にたくさん迷惑かけたんだろうなと思う。
「だけど、そんなものクラフトが好きで、やりたいのだという事実の前に何の意味がある。しかもここには、競い合えるハイレベルなライバルがいるのだぞ。自分の発想で技術で、それを越える最高のクラフトをつくってやりたいと思って何が悪い」
その根方先輩の言葉に衝撃を受けた。
そうだった。僕は、いっしょのレベルでクラフトをやれる仲間を、自分のクラフトを見せて反応をくれる、そんな環境がほしかったんだ。
そして、
なんでそんな大事なことを忘れていたんだろう。
自分でも、なんども言っていたはずのことを、なんで思い出せなかったんだろう……。
でも、僕は迷惑をかけた。そんな僕がクラフトして本当にいいのだろうか……。
思い悩んでいる僕を見て、根方先輩がわからんと言わんばかりに頭を掻いた。
「なあ、新人。おまえ何か勘違いしていないか?」
「勘違い?」
「クラフトの失敗がどうだとか、迷惑をかけただとか。クラフトは楽しいが、はっきりいって趣味だぞ。あえて悪く言えばたかがクラフトだ。つくること以外を考えてなにが楽しいのだ。全部余計だそんなもん。ただ、本気でやること、それだけが肝心だ。勝負にしてもそうだ。俺も本気、やつも本気、だからこそ御造との勝負は楽しいのだ」
僕は雷に打たれたような気がした。
ああ、そうだった。クラフトはただの趣味だった。
大好きな大好きな、たががクラフトだった。
涙がでてくる。さっきとは違う涙。
心の中のへどろが流されたような、重しを外されたような。
「根方先輩……」
「なんだ、新人」
「あなたってすごい人だったんですね。はじめて尊敬しました」
「はじめてとは何だ! まったく無礼な新人だ。さすがクラフト部員だな」
「今は、部員じゃありません。でも、次に勝負するときは部員になって見せますよ。そのときはもう一度勝負してもらえますか?」
「当然だ。勝負を挑まれて逃げるわけが無かろう。我々が上なことを教えてくれる」
僕は思わず笑ってしまった。この人は本当に純粋にクラフトを楽しんでいるんだ。ふざけて見えるけど、それは本気だから、本気で面白いと思っているから。
そしてそれはきっと、ハヤテ先輩も七樹先輩もそうで。
だからこそ、僕はさっきこの件に関わるなと言われた。
クラフトを義務にしてしまったから、楽しんでいなかったから。ああ、さっきまでの僕は、確かにクラフト部失格だった。
涙を拭う。そしてあらためて考える。
確かに今は、これまでにないクラフトをやれる機会だ。
こんな楽しいテーマで、自由に素材を使えて、最強の相手と競いあえる機会だ。
僕は今最高の環境にいた。ようやくそれがわかった。
入部試験の時の言葉を思い出す。
『僕は、面白いクラフトがつくりたくて、このクラフト部に入ろうと決意しました。
そうだ、今なら誰にもできないクラフトをつくれる。
それはきっと最高に楽しいクラフトに違いなかった。
僕は答えを見つけたから。
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