第4話:入部試験開始! そして結果は?

 

 時計を確認する。残り時間は10分と言ったところ。

 普通だったら、こんな時間じゃ何もつくれないところだけど、なにも凝って複雑なものだけがクラフトじゃない。

 簡単でも時短でも、何かを自分でつくって楽しければそれがクラフトだって僕は思う。

 楽しいからこそクラフトなのだ。だって趣味だし。

 他のテーブルから不合格とおぼしき悲鳴が漏れているが、合格の声は聞こえない。

 見れば自分のいるテーブルでも、頭を抱えている生徒が何人かいるようだ。

 贈り物マテリアルの扱いに困っているか、何をつくるか思いつかないか、時間が足りないと言ったところか。

 僕は自分のアイデアを形にする材料を探す。

 まずは少し大きめの折り紙を一枚だけ。色は白がいいかな。

 そしてさっきの贈り物マテリアル『スローインク』のこびん。

 あとは道具箱の中から小さめのハケを手に取った。

 材料はこれだけ。これでいい。

 テーブルにはビニールシートが敷いてあるので、はみ出ることはあまり気にしなくても良さそうだけど、念のためもう一枚ビニールシートを敷いておこう。

 折り紙をシートの上に置き『スローインク』のふたを開ける。透明で水のよう。

 傾けてもあまり揺れない。ハケでとれるだろうか。

 びんの中にハケを差し込み毛先にまとわせる。ねっとりとしていてスライムのような感触だけど、案外すっと吸い取ってくれた。

 たっぷりと『スローインク』をハケにとり、折り紙の全体に塗り込んでいく。一瞬キラリと光ったあと、なにごともなかったようにあっというまにインクは乾く。

 折り紙を裏返して同じように塗り込む。インク自体が重いわけでもないのに、ひっくり返す手応えがやたらに重かった。ずっしり重い金属板でも持っているみたいだ。

 次は折り紙を折っていく。

 まず半分に、そして開いた後、両側から角を真ん中の線にあわせて三角に折り込む。

 うわ、これすっごい抵抗あるな。折るだけなのにめっちゃくちゃ重い。簡単な行程のはずだったのに思った以上に時間かかる。

 時計を一応確認。なんとか大丈夫そうだ。簡単なものにしておいてよかった。さすがに異世界素材。何が起こるか読めない。

 最後に、もう一度両側から真ん中の線にあわせて折っていく。そこまで出来たら真ん中の線でもう一度二つに折って、左右を折り広げる。角度はまあ好みがあるが、何度もつくり慣れているこの角度でいいかな。

 よし完成。さあ、面白いクラフトになってくれたかな。


「御造先輩! 工桜創也できました」

 部長を呼び止める。今は他の審査はしていなかったみたいで、すぐに来てくれた。

「えーっと、スタート時間がここだから時間は問題ないね。で何つくったの?」

「これです」

 僕はテーブルに置かれたクラフトを指さす。

「え、これ……?」「嘘でしょ? こんなの」

 僕の審査に興味を示していた他の生徒たちがざわついている。

「工桜くんこれは、ひょっとして……?」

「ええ、紙飛行機です」

 そう、僕がつくったのはありふれた見た目の紙飛行機だった。

 おそらく作ったことのない人はいないんじゃないか、ってくらい有名な折り紙のレシピの一つ。幼稚園児だってつくれるだろう。

「紙飛行機かよ! あいつあきらめたのか?」「もっと真面目にやってよ」

 などなど、あちらこちらで、馬鹿にしたり怒ったり笑っている生徒がいる。

 だが、もちろん僕は本気。行程は簡単かもしれないが、アイデアと思考過程に一ミリも手を抜いたところはない。

「へえ、なるほど。なんでこれをつくろうと思ったの?」

 他の生徒とは違って、部長は真剣な目で僕を見ている。視線は鋭く、でも口元は面白そうにニヤリとしているように思えた。

「もちろん面白いからですよ。よくある折り紙工作と、贈り物マテリアルの組み合わせで常識を覆すそんなクラフトにしたつもりです。そうでないと意味ないですからね」

「なるほど、制作意図は理解。紙飛行機と言うからには飛ばすんだよね? ちょっと実演してもらえるかな」

「もちろんです」

 僕は紙飛行機を手に持つと、人のいなそうな広い空間にむけて方向を定める。

 紙飛行機の下、やや前方側を持ち、ゆっくり大きく振りかぶるとまっすぐ地面に平行に強く押し出した。

 紙飛行機は伸ばした僕の指を離れ、そして……。


「え……?」

 ギャラリーの誰かがつぶやいた。

「とば……ない?」

 他の誰かもつぶやいた。

 そう、僕の紙飛行機は飛んでいない。

 指を離した位置で浮いている。かといって、止まっているわけじゃない。

 本当にゆっくりゆっくり、カタツムリより遅く進んでいる。

 あんなに力強く押し出したのに、この世には重力という絶対的な力があるのに。

「なるほど、どんなに飛ばしても飛ばない紙飛行機か。これは逆転の発想で面白いね」

 じわりじわりと進む紙飛行機を、御造部長は指でつついて遊んでいる。

「これも『スローインク』の効果って訳だね。なまじ力強く飛ばし始めたからか、横から押しても全然動かないや。ただただまっすぐゆっくりと。忙しい現代社会へのアンチテーゼって感じだね」

「いや、そこまでは考えていないんですけど」

 なんにせよ、最初のもくろみはばっちりだ。そして次の仕掛けもそろそろか。

「あ、紙飛行機が」

「光ってる……」

 そう、僕の紙飛行機はゆっくりと光り始めていた。

 『スローインク』の特性、飛ばしたときの加速を光エネルギーに変換する効果で、スピードが光に変わっている。「綺麗……」誰かがつぶやく。

「これ、面白いな」他の誰かもつぶやく。

「風情があっていいねえ」部長もつぶやいた。

 僕のクラフトは部室の中をゆっくり光りながら飛んでいく。それはまるで宇宙空間を飛んでいるかのようだ。世界がスローモーションになったかのよう。

 そして紙飛行機は壁にぶつかると、なんとそのまま停止していた。エネルギーが無くなるまでこのままなのか。

 僕は想像通り、いや想像以上の出来に満足し、興奮していた。

 これが贈り物マテリアルを使ったクラフトか。簡単なものでこの感動。

 他の贈り物マテリアルも使えたらと、僕の胸は高鳴っていた。


「なんでこれをつくろうと思ったの? もっと凝ったものをつくることも出来たでしょ」

 部長が僕に聞いてくる。試験の講評ということかな。

「僕は、面白いクラフトがつくりたくて、このクラフト部に入ろうと決意しました。贈り物マテリアルが使えれば、これまでにないクラフトができる。普通のクラフトじゃできない楽しさがみられるから。だったら、まず普通のクラフトが贈り物マテリアルでどれだけ面白くなるのかやってみたかったんです。面白いものをつくってやる、その意気込みを見せたくて」

 そして一呼吸おいてこう言った。

「だって飛ぶはずの飛行機が、飛ばなかったら楽しいじゃないですか!」

 そう言った途端、一瞬辺りが静まりかえった。

 そして次の瞬間、

「はははは! なるほど、飛ばない飛行機とは面白いよ、なかなか思いつくもんじゃない。これは一本取られた。技術や知識を披露する希望者はたくさんいたけど、アイデアの面白さ一本でここまで押すのは君だけだったね」

「試験結果は、どうでしょうか……?」

 ドキドキしながら結果を待つ。自分のやりたいクラフトは見せることが出来たと思う。何より自分が楽しんだ。さて、結果は……。

「オレは、この紙飛行機好きだなあ。面白かった。よし、工桜創也新入生、幻想学園クラフト部の入部権利を与える! 要は合格!」

「やっったあああああ! ありがとうございます!」

 僕は大声を上げた。周りの生徒たちも歓声を上げる。

 憧れの幻想学園クラフト部、僕が夢見たクラフト活動はここから始まるんだ!

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