第16話:創也の悩み、先輩たちのすごさ

 次の日、相変わらずアイデアはまとまっていなかった。

 制作期間も考えると、ネタ考案に使える日数はあまりなかった。

 クラフトってもっと楽しいものだったのになあと、ため息をつく。

 暗い気持ちで、部室のドアを開けた。

「おつかれさまです」

 自然と声も暗いものになる。

「お、工桜くんおはよう」

「おつかれさま、工桜くん。ずいぶんと暗い顔してるわね」

 普段は会釈程度の七樹先輩も、言葉をかけてくれた。

 そんなに暗い顔をしてるのだろうか。

「課題、うまくいっていないみたいね」

「いや、そんなことは……。いや、まあそうですね。行き詰まってます」

 変に嘘をついたところで、先輩方にはお見通しだろう。

「正直大変よね。フリーで放り出されて最高スペックを出せって言われても」

「七樹先輩の時もこの課題だったんですか?」

「私も部長も、課題は代々同じよ。あの時はけっこうしんどかったわね……」

 いつも冷静で、迷い無く作業をしているように見える七樹先輩でもそうだったのか。

 でも、この二人は課題を通過して今ここにいるわけだ。

「詰まっているようなら、アドバイスはするよ」

 普段マイペースなハヤテ先輩でもそんなことを言うあたり、行き詰まり感が相当顔に出ているか。うーんよくない。ここは素直に頼るとするか。

「あの一つ聞いてもいいですか? 二人のときは何をつくったんですか?」

 どの程度のレベルのものをつくるべきなのか、参考にしたいと思っていた。

「見たいかい? オレは別にいいよ」

「私はあんまり見せたくは無いわね……、過去の未熟さを思い知りそうだわ」

 七樹先輩は渋い顔をしているが、見せてはくれるらしい。

 二人は倉庫部屋に入ると、それぞれが大きな箱を台車に乗せて持ってきた。

「じゃあ、まず七樹くんどうぞ」

「いじわるですね。まあ、部長の後よりはいいか」

 七樹先輩は箱を開け中身を取り出すと、おおっていたカバーをとりぞのいた。

「うわあ……素敵です!」

 そこにあったのは大きなドールハウスだった。大きな洋館風のたたずまいは4階建て。石造りの建物で窓も壁も細かく細工が施されている。

 建物だけじゃない。庭園も再現されていて、生け垣や花壇、花畑に噴水。洋館を中心とした世界が広がっていた。

 窓から中を見ると、造りのいい家具やインテリアが一切の妥協無くこしらえられており、サイズを考えなければ本当に人が住んでいるかのようだ。

「あれ? これ人形はないんですか?」

「もちろんあるわよ。久しぶりだから動くかしらね」

 そう言って箱の中から多数の人形を取り出す。

「この洋館に住んでいる設定の人形を全員つくったのよね。つくるからにはこだわりたくて。実業家の両親。幼いお嬢様、執事にメイド。料理人から庭師まで。楽しくなってやり過ぎたのは否めないわ」

「すごいですね。これ全部一ヶ月で?」

 信じられない作業量とスピードだ。もちろん技術力もとんでもない。この細工が今の僕にできるだろうか……。

 と思ったところでふと気がついた。

「ところで、これ、贈り物マテリアルはどこに使ってるんですか?」

「あちこちよ。使ってないところがほとんど無いわね」

「え? そうなんですか?」

「たとえば、この人形勝手に動くわよ」

 そう言うと、七樹先輩は全部の人形にスイッチを入れ、所定の場所と思われるところに置いていく。

「みんな見事に動いてますね。なんて自然な」

 どの人形も、本当の人のように動いていた。

 お嬢様は、メイドに注いでもらったお茶をのみ、庭師は生け垣の刈り込みを行い。料理人が料理をつくっている。

 本当に生活をしているようだ。

「これには、『ミラーリングフレーム』という贈り物マテリアルを使っているの。いちど見せた動きを覚えて鏡映しに模倣する素材よ。いったんシナリオ作って、骨格つくってだから覚え込ませるのも一苦労だったわね」

 こだわりがすごい。

「他にもこの庭なんだけど、全部実際に育つのよ。植物のように見えるプラスチックのような素材『プラントレジン』を使ってるわ。造形した後は水をあげると本当の植物みたいに育つのよね。贈り物マテリアルってすごいわ」

「確かにこれはすごい……なるほど、課題通過できるわけです」

「一つ一つこう動いたら面白そうとか、ここはこのデザインである方がそれらしいとか、いろいろ考えながらつくっていくのが楽しかったのは覚えてるわ。今見ると恥ずかしいわね。直そうとは思わないけど」

 おもわず魅入ってしまった。こんなものが僕につくれるのだろうか。


 黙り込んでいた僕に七樹先輩が言った。

「部長のはもっとすごいわよ」

「お、僕の番かい。じゃあ、お見せするとしようか」

 そういうと七樹先輩よりもさらに大きな箱の覆いを取り外す。中からは布がかけられた大きなケースが出てきた。

「さあ、ご覧あれ!」

 そういってハヤテ先輩は布をマジシャンよろしく、さっと取り除いた。

「うわっ!」

「すごいでしょ」

 僕は言葉を失う。

 そこには異世界があった。生きて動く異世界が。

 街がある、街の中に人が暮らしている。

 僕らの世界では、見たことのないデザインの建物、そして見たことのない服装。

 そして街の外には、森があり、川があり、山がある。

 見たことがない木々や、植物が生えている。

 見たこともない生きものが動いていた。飛んでいるのは火の鳥だろうか。

 山の上にゆったりと休んでいるのはドラゴンだろうか。

 どれも見たことが無いはずなのに、調和を取って生きているそんな世界だった。

「これ、ジオラマなんですよね……」

「そうだね。もちろん本物の生きものじゃないよー」

「作り込みがおかしいです……作業量も工程も想像できません」

「いやあ、大変だった」

「あの、これは異世界を模したジオラマですよね? どうやって調べたんですか?」

「うーん、いろんな研究論文で得た知識とか、贈り物マテリアルの特性から僕自身が推測したものとか、あとはこうだったら楽しいなあとかで想像かな」

 クラフトに対する熱量と取り組み方が恐ろしい。レベルの違いを一言で感じさせられてしまった。

 それにしてもこのジオラマは動きがおかしい。

「あの、どこまでが贈り物マテリアルでできてるんですか?」

「うーん、そう言う意味では、ほとんど贈り物マテリアル製。何を使ったかとかは数が多すぎて、説明するのが大変だなあ」

 これ、全部!? どれだけの贈り物マテリアル知識をもってればこんなのができるのか!?


 聞けば聞くほどへこんでくる。先輩たちの作品なんて見なければよかった。

 こんなすごい作品をつくれる気は全くしない。遠すぎる。レベルが違う。

 いったい、僕は何をつくればいいんだろう……。

 自分が思考の迷路に迷い込んでいるのを感じていた。

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